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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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私だけのステキ女子

 レコーディングのカロリー管理を始めてから三週間が過ぎた。

 最初こそ 胃が大きくなっていて、なかなか通常の量じゃあ納得できなかった私のお腹も、今では少量でも大丈夫になった。

 少量と言っても成人男性以上は食べているが。


 今日も朝から体重計にのってみる。




 123キロ。





 二キロ減っている!

 えっ、すごい!カロリー落とせてから二週間で二キロ!


 やった、私ついに痩せ始めた!?




 ....いやいやいや、まて落ち着け私。

 コレはアレだ。

 何時ものパターンだ。

 すぐに元に戻るやつだ、きっと。

 戻らないと信じたいけど、これまでのパターンからすると、実はちょっとお腹が下っただけとか、女の子の日だったとか、何かそんな理由だ。

 思い当たらないけども!

 でも減ったと喜んだ後、

 またドーンと戻ったら悲しい。

 なので私はアナログ秤の調整ダイヤルをクルクルっと少し回して、体重計に乗った時、いつも通りの125キロが標示されるようにした。


 これぞ必殺!「ワタシまだまだ痩せテ無いアルヨー。もっと頑張ルアルヨー」作戦だ!

 気を抜かない為には有効だ。

 さすがアナログ体重計。コレを買った私はやっぱり先見の明あり、だわ。


 私は体重計に乗って、記憶の補正をかける。

 自分が増やしたという記憶は消去。

 125キロ。よし、今日も頑張るぞ!

 こんな時は記憶力が悪くて良かったなと思う。

 意外とチョロく記憶操作できた。




 接種カロリーは何だかんだで2000から2500の間を行ったり来たりしている。

 おかしいな、何で収まらないんだろう。多目の設定なんだけどな....。

 でも成果が出てるのがすごい!

 普段からどんだけ食べてたんだって感じだ。

 頑張ってるなぁ、私。

 そろそろコンビニフィーバーやらかしてもいいかなぁ....

 ちょっと減ったわけだし、今食べても太らずに元に戻るだけだし....

 って、今すっごい恐い事考えた私!

 ダメダメ!絶対ダメ!

 悪霊退散!悪霊退散!!




 そう、私は今とても順調なのだ。

 しかし破滅の影が近づいても来ている。

 レコーディングは我慢じゃなくて楽しんでするって決めてたのに、今はもはや我慢しかない状況だ。

 おそらく、人間の『元の状態に戻そうとする力』のせいだと思われる。


『続ける技術』系の本をたくさん読んだ結果、人にはそういう習性があると知った。

 運動を始めようとすると『運動を始めてなかった頃の状態』に戻ろうとしたり、コンビニに通い続けていると不必要でもコンビニに行かなきゃいけなくなるらしい。

 何それ、厄介な。

 でも、私が特別怠け者だったり意思が弱いダメ人間だったからじゃないって分かった時は嬉しかったなぁ。

 ....ない、よね?

 うん。ないない。



 とにかく、今私は崖っぷちに立っているのだ。

 コンビニ弁当を三人前くらい買って掻き込みたいし、ポテチをわざわざお皿に盛らずに飲むように口に流し込んでバリンバリンしたい!

 スイーツとポテチを行ったり来たりもしたいっ!

 でもでも!

 せっかくここまで続いているのに、しかもちょっと痩せたのに、このまま流されて食べたら無駄になっちゃうよー。


 どうする?

 どうする?


 そんな時は....



 よし、本屋に行こう!



 私は手早く部屋をウェットティッシュ拭きすると、身支度を始めた。

 偉いもので、たかが二キロされど二キロ。

 こんなにおデブな私でも、少しでも減ると服のシルエットが替わる。....気がする。

 Tシャツの腹部分のピッチリ感が少しだけましな気がするのだ。

 まあ、だからと言ってサイズの小さい服が着られるようになったわけでもなく、絶対誰も気づかないんだろうけどね。

 でも嬉しいなぁ。


 春の日差しは強いらしいから日焼け止めをしっかり塗って....、やだ、私ったら女子力高め?

 でも目標は「常に」日焼け止め女子、だ。

 バイブルのステキ女子は、ちょっとベランダに洗濯物取りに行くだけにも日焼け止めをするらしい。

 と言うか、蛍光灯から出ている紫外線すら気にしているようだ。

 まあ、確かに本の背表紙とか褪せてボロくなってるのを見ると、大事かなって思う。

 でも、日焼け止めって何か....こう、顔に薄ーいまくを貼ってるみたいで、なんと言うか....息苦しい?感じがするんだよね。

 だからずっとつけてたくないんだよねー。

 家では楽な格好でいたくない?

 私は家に帰ったらまず最初に靴下を脱ぐ派なのだ。


 開放感と美容、どちらをどこまで取るか。

 難しい選択だ。




 私は準備万端で本屋に向かった。

 隣の市の大型本屋だ。最近店中にカフェも併設されてすっかり人気店になった。

 本を読まない人も大勢カフェ目当てで訪れており、根っからの本好きの私としてはちょっと面白くなかったりもする。

 でも「ステキ女子」と「インドア趣味読書女」の垣根が下がったような気がするので、まあコレはコレでありか。


 私は上から目線で 「にわか趣味読書」どもをちらりと見る。今日も満席か。あーあ、残念過ぎる....。

 ふと目の端にカフェ内の雑貨コーナーが目にはいった。

 キラキラと輝く様なピアス、イヤリング、ネックレス、ブローチ....


 中でも手作りイヤリングは私に、子供の頃には絶対に買ってもらえなかったアクセサリーに対するトキメキを呼び覚ましてくれる。

 27歳にもなって恥ずかしいが、アクセサリーを買うのは勇気がいる。子供の頃には祖母から「子供がお洒落なんて、不良のやること」と戒められていたせいだろうが、大人になってもてが出せなかった。それを買うのは、何か悪いことをしているような気がした。

 祖母は他界し私はもう27歳になった。

 母に言わせると、化粧も飾り気もない女は大人の女性の身だしなみとしてはアウトらしい。

 もっと早く言ってくれればいいのにとは思うが、まあ母にしても25を過ぎるまでは好きにさせていたのだろう。

 それでは誰憚ることなくアクセサリーを買おう!と思うも、20年以上お洒落をするのは恥ずべき事と己を戒めてきた私には、お洒落が全く分からなくなっていた。

 それに今の私がアクセサリーを買うのって、わまりの人にはどういう風に見えるんだろう?

 百貫デブのおっさんみたいなおばはんが、こーんなに華奢で可愛らしいイヤリングを買う....。

 私は想像して身震いをおこした。

 いやだ、絶対に笑われる!

 私は縫い止められたように雑貨コーナーを見ていた目を意思の力で引き離すと、本来の目的の方へ足を進めた。





 改装された綺麗な店内の女性向けのバイブルコーナーで、私は新たなるバイブルを探す。

 やる気を失う前に、次なるモチベーションUPバイブルを見つけたいと思ったのだ。

 とは言え、今の私のダイエットとあんまりかけ離れていない物がいい。

 混乱したあげくに、あらぬ方向に暴走する自分が目に浮かぶ。



 バイブルコーナーにはちらほらと女性が数人立ち読みをしていた。

 むむ、てを出しにくい。


 私はとりあえずその辺の暮らしの工夫特集的な本を手に取り、お茶を濁す。

 本当に取りたい本は人目が気になって手にできない。

 早くどっか行け~~どっか行け~~


 古くなった服の使い方的なページを斜め読みしつつ、チラチラと回りを気にして見ているが、なかなか移動してくれない。

 邪力が足りないようだ。

 仕方ないので私は諦めて手元の本を見る。


 なになに?

 古くなったタオルや服を鋏で切って、ウエスにする....?

 ウエスってなんだ??

 ....ああ、雑巾の事か。

 じゃあ雑巾って書けよ、分かりにくいな。

 それで?

 ふーん、掃除に使うのかー。

 うん、いい考えかなぁ。でも私の部屋では無理だな。

 濡らさなきゃいけないからね。

 この怠け者の私がわざわざ端切れ雑巾を取って1階に濡らしに行き、部屋に戻って掃除をする....。

 だめだ、考えただけで面倒くさい。

 そして、そんな面倒くさい事は私は絶対にしないだろう。


 私は学習していた。何かを成し遂げたいのなら、ハードルはできるだけ下げるべきだと。

 ウェットティッシュなら、気になった瞬間に手に取って、即!拭ける。

 洗えないから洗わなくていい。

 使ってポイ!使ってポイ!だ。

 お陰で私の部屋は今ではそれなりにきれいだ。....と思う、たぶん。



 とは言え、このアイデアは後々きれい好きになった私が活用するかもしれない。知識として頭の隅に入れておく事にする。

 それに私にはダメでも、母にはいいかもしれない。

 ボロボロのどこぞの会社名入りタオルを「まだ使えるから」と蕩けるまで使いつくす。

 かぴかぴになったタオルはフンワリ感とは無縁で、干した形に干物の様にかたまり、もはや柔軟剤など何の役にもたたないほどだ。

 押し入れの中には出番を待っているタオルが段ポール箱に二つも待機しているというのに、だ。

 何とかボロタオルとの折り合いがつけられる様に誘導したいものだ。




 思考に沈んでいた私がふと横を見ると、人気が無くなっていた。

 チャンスだ!

 私は横目でチェックしていたダイエット本を素早く手に取りぱらぱらと捲ってみる。


 ほうほう、ステキ女子の真似をするのか。

 これ、今私がやってることに近いな。

 読み物としても面白そう。

 私が気づかなかった未知の発見とかも有りそうだ。

 よし、ゲットゲット~~。



 テンションが上がった私は、さらなる活字を求めて店内を物色する。


 あっ、あれも面白そう!

 これまだ見たことないなぁ。

 あっ、この漫画いつの間にか7巻まででてんじゃん!ゲットゲットー!


 ああ、楽しい!

 本狩り最高!!

 ハアハア



 結局立ち読みをしていたウエスの雑誌も買ってしまった。さりげなく母の目につくところに置いておこうと思う。






 思いの外時間を潰してしまった私は、帰りにちらりと併設カフェを覗いてみた。カフェはピーク時間が過ぎたのか、客数が半分くらいに減っていた。

 ラッキーだ。

 私は素早く席を取ると、アッサムティーを注文した。

 ここのカフェでも常連をめざしてみようかなぁ。

 あ、でもここハーブティーとかも有るんだよね。

 デザートドリンクの種類も豊富だし、一度試してみたい。

 デザートドリンクは飲み方がイマイチ分からないけどね。

 あれって上を食べてから下のドリンク飲むのかな。

 でも味のバランスを考えて作ってあるだろうと思うと、混ぜ混ぜして飲むのが正解?

 でも混ぜると台無しになっちゃう気がするんだよねー....。



 思考に耽りつつ、買ったばかりのバイブルを取り出す。

 テーブル掛けの席を陣取ったので、隣の席の視線はあまり気にならないが、一応本のカバーをひっくり返してつける。

 本好きの私としては本が痛むのは良心が痛むのだが、バイブルを外で読む時は必ず裏返す。

 本よりも良心よりも、プライドが傷つくのが一番痛い気がするからだ。





 それからしばらく、私は店員さんがアッサムを運んできてくれていたのにも気がつかず本にのめり込んで読みふけっていた。


 バイブルには、作者のステキ女子の真似っこ生活が綴られていた。

 すっごく楽しそうだ。

 あー、私もこれやりたーい!

 すでにちらほらはやっていたので、脳内ステキ女子生活に抵抗はない。

 むしろ妄想は得意分野だ。


 あ、でもただ妄想するだけじゃなくて、指標にする妄想像が有った方がぶれなくていいのか。

 うーん、私がなりたいステキ女子はタンスに隠している白のフレアスカートを履きこなす人だ。

 そういう人は、どういう生活をしているんだろう。

 今まで読みまくっていたバイブルのステキ!と思った事をやってるのかな。

 でもあれ、私にはとてもじゃないけど真似できないくらいに生活環境が違いすぎてるんだけどな。

 会社の拘束時間なんて労働基準法ほぼ無視だし。

 真夏にクーラーぶっ壊れても、厨房なら直さない社長の方針で化粧なんぞ無意味なくらいに汗かくし。脇汗なんて気にしたことないわー。

 体臭は臭いし、飲食店だから香水とか使えないしなぁ。

 ....あ、でも私自身 香水の匂いとか嫌いたからそれはなくていいのか。


 ん?


 まって。

 じゃあそもそも香水の匂いのする女性は私の目指すステキ女子じゃないってことになるよね。



 やばい、今大事なことに気がついた気がする!

 メモメモ!早く手帳出さなきゃ!

 私は慌てて鞄の中をごそごそする。


 もぉ~~~~~~!はーやーくー出てこいよー!


 鞄の中で手帳が迷子だ。

 あっ、あった!


 勢いよく引っ張り出した手帳にくっついて、ペンケースとかレターセットとかメモ帳とかがバラバラと床に落ちる。

 ひぃっ!最悪!

 私は落ちた鞄の中身を慌てて拾った。

 恥ずかしい。どうして私はいつもこう....


 何とか体制を立て直して、すっかり冷えた紅茶のカップを空ける。


 落ち着け。

 まずはメモだ。

 手帳を開いて書き込む。



 《私の妄想ステキ女子》


 ・香水は使わない。



 ふむ。

 これバイブルにはない、私だけのステキ女子像だ。

 ....そうか。もしかしてこれ、ここに私の妄想ステキ女子像を書き出していけばいいんじゃないかな?

 私の感じる、私だけのステキ女子だから、無理もないだろうし。バイブルは参考程度にして。

 あ、これレコーディングダイエットの時も思った事だ。

 バイブルをうのみにするんじゃなく、考えてダイエットするってやつ。

 やだ、やっぱり私ってば進化してる。

 すぐに思い浮かばないのはご愛嬌だとしておこう。




 私はカップに手元のポットから並々と少し冷めた紅茶を新に注いだ。ポットに残った紅茶は最後の一滴まできっちりとカップに注ぐ。

ゴールデンドロップと言って、一番美味しいとされているからだ。ただし通常カフェでは茶葉が取り除かれているのであんまり関係は無いのだが。


 よーし、ここにドンドン思い付いた事を書いていくぞー!


 思いも新に手帳に向かった私は、さらなる長居をするべく通りすがりの店員さんに声をかけて、ステキ女子っぽくカモミールティーを追加で頼んでみた。


 しばらくして運ばれてきたカモミールティーを飲んで、激しく後悔した。無理。私コレ無理。

 でもステキ女子は一度の失敗では諦めなさそう。

 次はローズヒップを頼んでみよう。


 そんなことを考えながらその日、お残しができない私がチビチビカモミールティーを飲み終わるまで、私は私だけのステキ女子像に思いを馳せたのだった。


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