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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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冥王のいない日

 朝起きた私には、新しい習慣が1つできていた。

 ウエットティッシュで床の角を拭くというものだ。


 可愛いペンギンケースのウエットティッシュを見つけて衝動買いしたのだが、これがなかなか優秀だった。

 シュッと1枚取り出しては壁沿いに拭く。

 夜のバライティー番組でホテルの掃除方法をやっていたとき、部屋の隅を綺麗にすると部屋の清潔かんがグッと上がると言っていたのだ。

 試しに拭いてみると、少し拭いとだけでもっさりと汚れが取れた。

 どうもフローリングなので隅に埃やゴミが吹きだまるようだ。


 気をよくした私は毎朝起き抜けに拭くようにした。

 本来は綺麗に部屋を掃除した後の仕上げの隅っこ拭きだが、汚部屋の住人としてはこれでも十分に達成感がある。


 だいたい何でこんなに早く部屋が汚れるんだろう?

 つい1週間前に掃除機をかけたばっかりなのに。

 気分転換に片付けをするようになってから、マメに部屋のリセットをするようになったのだ。

 以前のとッ散らかった部屋に比べれば断然綺麗にしているんだけどなぁ。


 そういえば高校生の時智子の家に遊びに行こうとしたら、「昨日の夕方に掃除機かけただけだから、部屋が汚くて....」と断られた事があったなぁ。

 超きれいじゃん、と思ったもんだが、もしかして世の中の人たちは毎日掃除機をかけているのか?

 ....いや、いくらなんでもそれはないだろう。きれい好き過ぎだ。ないない。


 ついでに落ちている髪の毛をウエットティッシュでまとめてゴミ箱にポイっとする。

 如月の真似をして朝晩ゴミ箱を抱えて髪をといているお陰で、地面に落ちている抜け毛の量はけっこう減ったのだが、髪の毛が長いせいで少し落ちているだけでもすごく目立つ。

 以前は「髪の毛が落ちてるくらいがなんだ!」と思っていたのだが、どうも世の中の的には髪の毛が落ちているのは気持ち悪いらしい。

 どうにも私の清潔感は世間一般の感覚とずれているらしい。うっかり不潔女と露見する前に自分を躾ておくことにした。


 でも髪の毛くらいで大袈裟だよねー。

 だってかってに抜けるんだもん。しょうがないじゃんねー。神経質すぎでしょー。





 身支度をして職場に向かう。

 昨日読んだバイブルの「会社と家の往復という、単調な生活になっていませんか?」という文字が頭を過ったが、深く考えると会社の奴隷なんてやってられなくなるので頭の隅に追いやる。

 運転しながら自然と哀愁を帯びたドナドナが口をついた。

 やばい、感情移入し過ぎて涙出そう。





 職場につくと今日のポジションは長谷川と連携だった。

 ラッキーだ。

 長谷川と話ながら仕事をするのは楽しい。

 ノリが上手いこと噛み合うと、仕事の効率とテンションが倍々で上がっていく。

 今日もハイテンションでお昼の営業時間に突入した。


「菜箸取って~!」

「てやんでい!」

 私は横でフライパンをふるう長谷川に菜箸を放る。

「ありがとうトドさん」

「誰がだ!」

「自分しかいないでしょ!」

「あっ、こっちもうできるよ!オーダー出すよー!」

「えっ、待って待って!」

「ほれほれほれほれ!まだできないの?

 ふっ、まだまだよのう!」

「ちょっと、ウホウホいわないでー!」

「誰がだゴリラかっ!」

「えっ、自分しかいないでしょ!」

 私は腹いせにレモンの切れ端の皮を長谷川に向かって搾った。

「ぐわっ!ぎゃ~~やめてやめて!これだから野生は!」

 言いながら麻婆豆腐を器に盛り付ける。

「お願いしまーす!」

 ホールにコールすると、パートの女の子が受け取りに来た。

「うぃ~~っ!」って、ヤンキーか。

 もちろんお客さんに出すときは感じのよい接客に戻る。やるな、おぬし。


 ああ、何か楽しいなぁ。

 そうそう、この感じ。この楽しく全力で仕事する感じが好きでこの仕事続いてたんだよなぁ。

 何で最近仕事にそんなにイライラしてたんだろ?

 ....って、今日は冥王が休みだからじゃーん!

 やだ、忘れてたこの気持ち....。

 もうずっと休んでてくれ、冥王!




 楽しい仕事時間はあっという間に過ぎていった。

 今日は冥王がいないので休憩室でのんびり過ごす。

 はあー。久々だー。

 昼寝でもしちゃおっかなー。

 しかし、ヤツがいないだけでここまで楽しいとは。

 もっとシフト被らないようにできないもんかな。

 冥王週1休みで私が週2だから、上手くいけば3日は会わなくて良いはずなんだよね。

 残り4日の内、土日は従業員も多いからまだベッタリにならなくて我慢できる。

 じゃあ上手くいけばガチで絡むのは2日に絞れるって事か。でもそれを佐藤さんに頼むのはなぁ。何かワガママが過ぎるようでしたくないなぁ。

 うーん。

 さりげなく、しかし確実にシフト休みをずらすには....。



 私は今月のシフト表を眺めて、ふと有ることに気がついた。

 あれ、冥王の定休日って火曜日だから、私が月曜日に休み希望出せば被らないんじゃない?

 それに月曜に休んだとして、連休のシフトを組まれる事はほとんどないので、私の2個目の休みが火曜日になることはほぼ無いと言っていいだろう。


 しかもシフト表は月を前半後半に分けて作っているので、毎週月曜日に休み希望を出しているとはパッと見は分かりずらい。

 もし ばれたら、予定が立てにくいから月曜日に何でも用事を入れるようにした、と言えばいいだろう。


 やばい、私 天才じゃなかろうか!

 さっそく書いておこう。

 私は休み希望欄に曜日をあえて書かずに日付で月曜日休みを書いた。


 やった、これで『毎日が幸せになる方法』のバイブルにあった「話していて嫌な気持ちになる人とはなるべく関わらない。無理して付き合うと貴女の心はその嫌な人に囚われてしまいます。嫌な人のせいで大切な貴女の心まで『嫌な人』になってしまうことはないのです。」を少しは実行できたんじゃない?


 ニンマリしてシフト表を元に戻す。




 そこへ軽いノックと共に長谷川が入ってきた。

「トドさんこれー。」

 と、右手に持っていたコンビニ袋を軽く掲げる。


「誕生日おめでとー。はい。」

「えっ!」


 私は予想外過ぎて慌てた。


 うそ何で?うそ何で??

 えーーーーーっ!?

 やばい、嬉しすぎる!!

 でも私、ビックリしすぎると反応できないんだよー!


「あ、ありがとう!」

「飲みに行った時に言ってたでしょ、誕生日だって。」

「え、まじで あんなの覚えてたの!?

 スゴいな自分、イケメンだな!イケメンゴリラだな!」

「いやいや、ゴリラ自分でしょ。」


 しまった、照れてアホなことしか思い浮かばん。

 コンビニスイーツで浮かれ過ぎだ。落ち着け自分!

 今こそ大人女子になるんだ!


「いやー、昨日家族にもすっかり忘れ去られてたからさー。やべー、超嬉しいわ。

 マジでありがとね、長谷川君。」

 よし!自然な感じで大人の対応!

 あれ?でも大人女子というよりモテ男子みたいな発言になってる?

 すると長谷川は「ははは」と笑った。

「そうなんだ。じゃあもうちょっと良いものにすれば良かったかな。」

「いやいや、十分だよ。どれどれ~~?

 おっ、マドレーヌだ、いいね!」

「うん、やっぱりトドさんには海の幸かなぁって。」


「......。」


 ニッコリ。

 私は笑顔に力を込めると、黙ったまま炊飯器の蓋を開けて米粒を一粒取り出した。

 そしてそのまま長谷川に向かって投げつける。


 死ね!死ね!死ね!死ね!

 メ○ゾーマァァァ!!!!!


「うお、やめッ!アチッ!アチッ!

 マホカ○タ!!!」


 長谷川は米粒攻撃を避けながら軽く笑って休憩室から逃げ出した。


 ふん!まったくもう。


 私はテーブルに長谷川のくれたマドレーヌとバナナオレを出した。バナナオレはゴリラ繋がりだろう。

 子供かっ!

 プンプンと怒りながらも、思わず顔が笑ってしまう。

 何だかんだ、祝ってもらえると嬉しい。

 うん、良い一年になりそうな気がしてきた。




 私はメモ帳を取り出すと、さっそくバナナオレとマドレーヌを記入した。

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