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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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計画倒れ

翌週の日曜日、わたしは行きつけのカフェに第二回一人会議をすべく向かった。


今日は雨がはらはらと優しく降っている。

店内は雨にもかかわらず、いつにも増して人が多い。きっと、皆どこにも行けない気持ちをカフェで紛らわしているのだろう。

そんな中でも、いつもの窓際の席に陣取れたのは本当に幸運だった。


真っ白な壁に渡された厚みのある木のカウンターに頬杖をつき、雨が窓ガラスをつたって景色を滲ませる様を眺めていると、黒いエプロンを付けたパートのお姉さんがオーダーを聞きに来る。

「ケーキセットてお願いします。アッサムで。」

店長おすすめのアフタヌーンセット、と行きたい所だが、そちらはスコーンやサンドイッチなど、お得すぎてよろしくないだろう。こういう時、ボリュームで選ぶのはデブの証拠なのだ。これも先日買った本に載っていた。

私、頑張ってる。

....まあ、頑張りきれなくてケーキセットにしてしまったのだが。



「さて、いったい何が間違ってたのかな。」


オーダーを終えると、さっそく私は手帳を広げて改めて考える。

今回は議事録を書くことにした。本格的だ。

何かデキル女っぽい。


思考の流れを矢印で記してみる。


今の体重123キロ。飲み会からわずか1月で3キロ太ってしまった。

断菓子、禁油が出来ていないのがいけなかったのか?

→うん、できていなかった。でも、そのうち何とかなると思ったんだよね。

→なんで何とかなると思ったのか?

→体重計だ。あれで図っていればそのうち自分が必死になってカロリーなんかも守っていくと思ったんだ。

→だが現実は、痩せていくだろうっていう安心感を得ただけだった。

→そうだ。そもそも、アナログ体重計を使っていたとき、どうしてたっけ?


....あれ、どうしていたっけ?えーと....


そこで思考がフリーズする。

窓の外、小さな庭しっとりと雨に濡れた緑を眺めながら ぼうと呆けていると、先程のお姉さんがオーダーを持ってきた。私は内心焦りつつも何気なさを装いノートを閉じる。

こんなスリムで綺麗なお姉さんにダイエットで悩んでるのなんて、絶対に知られたくない。「太ってますが、何か?」というポーズを崩したら、心が折れて2度と人前に出られなくなる気がする。


熱いアッサムがカップに注がれると、ふわと香が鼻孔をくすぐる。今日は当たりだ。

ここの紅茶は当たり外れが激しい。ミルクティーで頼んでいるのに、出がらしか?というほど薄い時もあれば、ギュウギュウと茶葉を押し出したのではないかと疑いたくなる程に渋かったり、砕けた茶カスがてんこ盛りだったりする事もある。

が、2~30回に1回くらい美味しいときがある。

たぶん、たまたまだ。

じゃあ何でそんなお店に行くのかと言えば、長居ができるというただその為である。



桜のケーキを口に含み、ミルクティーを流し込む。

ああ、何か私ったら素敵女子っぽくない?

うふふ。


しばらく堪能してからノートを開いて過去に思いを馳せると、意外なほどあっさりと思い出した。

あの時は、早く痩せるなら食事制限して、運動して、短期間で頑張った方が良いと思ったんだった。

長い間じっくりダイエットなんてやっていられない。短期決戦だ!と。


では、今回はどうだろう?

その大事な流れを無視して、全く食事制限できていなかった。運動は....

ああ、何て事!今度計画たてようと思って、そもそも立てるのわすれてたんじゃないか!

計画倒れ以前の問題だったとは。

何となく今までの惰性でウォーキングすれば良いかと思い込んでいたようだ。

痩せるわけない。


しかし....では、計画を立てればいいのか?

いいんだろう。ただ、その立てたミッションを遂行できるなかと言われれば答えはNoな気がする。

順調に行っていても、途中で激しく嫌になるのだ。

「このまま、ずーっとずーーーっと!満足いくほどは食べられないんじゃないか」とか思ったら嫌気がさす。

感覚が麻痺しているんじゃないかという自覚はある。だが、どうにも我慢ならないのだ。

ソフトドラッグなどという言葉が有るそうだが、正に私がそれだと思う。完全に食べ物中毒者の思考だ。

そして、すぐに痩せるということが物凄くどうでもよくなるのだ。「痩せる?!....ハッ!うるさいうるさい、私はこれが食べたいんだよ!!」と。

しかも1度流されると3カ月は正気に戻れないようだ。

あからさまに太っていくのに、食べるのを止められない。自分を嫌いながら、呪いながら、それでもなを食べることを止めることができない。

そして、正気に戻ったときには取り返しのつかないほど太ってしまっているのだった。


つらつらと思考の波に飲まれて過去を振り返っていると、じわりと涙かうかんだ。

「痩せる」、ただそれだけのことが何故こんなにもできないのだろう。


....だめだ、感情的になってはいけない。


私はグッとカップの紅茶をあおる。

すっかり冷めてしまった紅茶がヒリヒリと高ぶった心と喉を少し静めた。


よしよし、脱線した思考を戻そう。

そう、計画だ。

計画は....立てねばならないと思う。たとえ計画倒れになるとしてもだ。

いや、計画倒れになったのなら、次は計画倒れにならないように改造すればいいのでは?

....あ!これが世に言う「調整」とか「改善」か!

ピンとこなかったから、今まで思い至らなかった。

ふむふむ、いいぞ。

じゃあ取り敢えず計画をたてるところからやりなおそう、うん。



基本方針は変えない。

食事制限と運動だ。

しかし、食事に関してはダイエット方法の正解が分からない。

例えば、朝食は食べた方がいいという意見と、食べない方がいいという意見があるが、その説明を読んでみても私にはどちらが正しいのか判断がつかない。

どうしようか....



「よっ!佐川さんっ」

「!?」

私が手帳を前にウンウン悩んでいると、斜め後ろからやたらと元気な声がかかった。

私は百人一首もかくやというスピードで手帳を閉じると冷や汗を押し隠し、顔に全力で笑顔を張り付けて振り返った。


「おー、長谷川くん!なに、今日休み?」


私が今、ドキドキと心臓を高鳴らせているのは別に恋とかではない。手帳の中身....見られただろうか、心配だ。

顔色からは判断できない。いつもと変わらなく見えるが....。


長谷川は会社の同僚で、わりと近めの他店舗で働いている。

爽やかな見た目の長身イケメンだ。彼を目当てに来店する女性客も何人か見たことがある。性格も、気遣いのできる上に明るい、スーパーマンのような奴で、私のように別段面白い話もできない様な奴にも屈託なく話しかけてくる。

年は私の方が上だが、勤務年数は長谷川の方がアルバイト期間を含めれば長いので、気付けば年齢を気にせずに話ができる気の置けない間柄になっていた。


「休み休みー。最近運動不足なんで走り込みしてたら、佐川さんがいるのが見えたんで。いやー!デカイからすぐ気付いたわー。」

「うるさいわい!」

気の置けないすぎで、暴言がひどいな。

「何してたの?」

「いや、ちょっと予定をねー....」

てきとうに話を濁しかけて、私はふと気付いた。


こいつ....痩せてるなぁ....


何で痩せてるんだろう。

何をしたらそんなに痩せていられるんだろう。

その答えを長谷川は持っているんじゃないだろうか。


これが女性であったら「ダイエットを始めると妨害される」の法則に乗っ取って、私も相談なんかしなかっただろう。

だが、長谷川が男性であることが私の警戒心を少し弱めていた。


「いやー、ダイエットしたいなーと思ってー。」

「ははは、無理無理、食べるの辞めないとねー!何にも食わなかったらやせるよ!」

....こいつ、無茶苦茶言うな。きっとダイエットとかしたことないんだろう。何か腹立つな。剥げればいいのに。

「いやいや....まあ、そうなんだけどね。でさ、参考までにだけど、長谷川くんは朝食は食べる派?食べない派?」

「オレ朝は水しか飲まんよ。」


おっと、そうそういないと思っていた朝食抜き派が、こんな身近に!


「それ、辛くない?」

「いや、昔からそうだから辛いとか思ったことないなぁ。あ、でも腹が減ってたら少し食べることもあるけど。」

「へー。」

そうか。じゃあ、痩せてる長谷川がそうなら、痩せてる人は朝は食べない、でいいのかもしれない。そういえば昔、凄く細い女の子が朝から「お腹すいたー」とかよく言ってたな。もしかしてアレも「朝食は食べない派」だったのかもしれない。

よし、朝食は....いやでも、いきなり無しとか辛すぎるよね。

むりだよね。

でも、取り敢えず後で手帳に書き込んでおこう。

そのうち、挫折せずに私も「朝?水しか飲まないなー。えへっ」とか言えるようになる折衷案的なナイスアイデアが浮かんでくるかもしれないしね。

浮かんでくるといいな。


「何なに?俺がプロデュースしてあげようか?

月10万でいいよ。」


アホか!月給の半分以上だソレ!


「長谷川くんは、早く宇宙のチリになったらいいと思うよ。」

「ひっで!」


私の悪態に長谷川は何故か嬉しそうに暴言を返しつつ、走り込みに戻っていった。

汗が爽やかだ。くそぅ、羨ましい。


というか、長谷川ほど痩せてる人が走ってるのに、私みたいな肉の塊がカフェでお茶してるのがそもそも....。

いや、言うまい。

焦っても仕方がないのだ。

確実に綺麗に痩せねばならないのだから。

うん、だからまずは計画だ。

でも、長谷川にプロデュースしてもらうというのは、実は結構いいアイデアなのではなかろうか?

まあ、10万は無理としも、叱咤激励してくれる人はいた方がいい気はする。

よし、手帳にメモしておこう。


『長谷川くんにプロデュースを頼む?』



さて、話を戻そう。

朝食の事だ。

嘘だと思いたいが、思いおこせば確かに痩せてる人は案外朝食をとっていなかったような気がする。

なので、「朝は排泄の時間なので、軽いものを食べるか、生姜紅茶のみにする。」でいってみるのがいいのだろう。

だいたい、私の場合は「朝しっかり食べて、夕飯はかるく」をやろうとしても、結局は「朝しっかり食べて、夜もがっつり☆」になるだけなのだ。

胃袋を小さくするという意味でも、しばらくはこれで行ってみるべきだろう。ただ、問題は


できるかな....

ていうか、すでにやりたくない....


過去のツラい失敗例が、私には無理だと二の足を踏ませる。

私の中のおデブな心が「無理無理、そんなせ生活!非常識だし、体に悪そう。出来るわけないって!」と言い含めようとする。

でも....


「いやいや、できるかできないか、じゃない。

やるんだ!」

私は下唇をぐっと噛み締めると、自分にカツを入れた。


ダメだ、衝撃の飲み会から1月近くたち、またも意志が弱まりつつある。

体重は結局は痩せるどころか順調に増えている。

ここらで何かしらの成果を出せなければ、あんなに辛い思いをして決意したのに、ダイエットの失敗体験が1つ増えるだけで終わってしまうだろう。

そして、もはや私の体はいつ死んでもおかしくないくらいまで太っている。

おそらく、ここが踏ん張りどころなのだ。


よし。



『朝は排泄の時間なので、生姜紅茶のみにする。』



私は手帳の今月のマンスリー部分にあるTodoリストに、赤いペンででかでかと書き込んだ。

採用したのは生姜ダイエットだ。

これは今までのダイエットの中でもかなり効果があった方法だった。

朝まったく何も食べないというのはやはり抵抗があったので、黒糖を入れる生姜紅茶は糖を取り込むという面でも良いと思える。

そんな効果のあったダイエット方法だったが、なぜ続かなかったかと言うと、単に飽きたからだった。

だが、確実に低体温も改善され代謝がUPしたせいか体重も落ちた。

今回は飽きても辞めない。

そうだ、これも書いておこう。


『飽きても辞めない!』



運動は、悩むところだ。

取り敢えずウォーキングとしようと思う。

どのみち、これだけ太るとウォーキング以外のスポーツは厳しいのだ。もはや動く事に体が耐えられないのだろう。

あくまで朝生姜紅茶ダイエットのやる気をUPさせるためのブーストくらいの感覚で行う。

メインはあくまで朝生姜紅茶だ。

これをデッドラインにする。

そして、取り敢えず1月やる。

本当は一生続けられる物を選びたかったのだが、それを探している間にもっと太ってしまったら目も当てられない。

取り敢えずの目標は100キロを切るところにしよう。

100キロを切れれば、大きいサイズのお店なら着られる服じゃなくて服を選ぶ事ができるし、....そうだ、美容院で髪を切れる!

100キロをすぎて少しした頃、カット用の椅子が体重で上がらなくて恥ずかしい思いをし、依頼ずっと妹に切ってもらっていた。

そうなると、だんだん身だしなみとか どうでもよくなっていって、今や白髪を惜しげもなくさらしている。


よし、テンション上がってきた!

「朝生姜紅茶する。」ルールはたったのこれだけ。

これを1月死守する。

調子が良ければ、そのまま100キロ切るまで続行。

ダメならまた修正して再チャレンジ!


頑張れ、私!


私は手帳を閉じると、決意も新にカフェを出た。

生姜を手に入れるために。


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