嘲笑
私のおサイフには、中吉のおみくじが入っている。
恋愛運の意味深な内容に思わず木にくくりつけて帰ろうかとも思ったが、全体的に良いことが書いてあったので持っていることにしたのだ。
恋愛は来年でもいいよ。
とりあえずは痩せなきゃね!
レコーディングを初めて二日目、私は仕事の中抜けの時間を使ってメモの見直しをしていた。さっそく書き漏れがあることに気づき、埋める。
うん、これ良いな。夜に食べたものをウッカリ書き忘れたのを、次の日の中抜けで埋めていけば、とりあえずは穴が開かない。
まあ多少は漏れがあるかもしれないが、人前ではメモを書かないようにしているので仕方がない。
しっかし、やっぱり食べてるなぁー。
これとこれを食べたのはいけなかったなぁ。
....はっ、いかんいかん。こういう考えは私の場合は良くない。
ストレスになるからだ。そしてストレスをうけると何故か無駄な反骨精神が顔をだし、くっそー、食べてやるー!となるのだ。
なんだそりゃ。自分で言ってて意味がわからない。
まあ、きっとアレだ。
自分の為には宿題しなきゃいけないと分かっているのに、親に「宿題しなさい!」と言われると、絶対にしないもんね!とかたくなになる、みたいな....
って、子供か!厄介だな、私。
「お待たせしました。ニルギリです。」
店員の若いお兄さんが紅茶を運んできた。
ふと顔を上げると、お兄さんの目が私の腹回りを見ていた。そして、フンッと小さく....鼻で笑いおった!
オイオイオイオイ、なに笑っとんじゃい!
女性として受けた恥辱にカッとなりそうになるが、培われた飲食店の社員としての日常が私に冷静さを取り戻させた。
「ご注文は以上でお揃いですか?」
お兄さんがマニュアル棒読みの台詞を言う。
そんなお兄さんの目を私は捉えて、ニッコリと極上の営業スマイルをして言った。
「はい。ありがとう。」
たったそれだけ。でもそれだけで十分だ。
お兄さんの目は、私を初めて人間として意識した顔をしていた。
そうなんだよ。
私は展示された珍獣じゃなくて、心を持った人間なんだよ。
私の職場にも失礼な人間や居丈高な人間はけっこう来る。
体感、年年増えていつていると言っても過言ではない。
そして、それらの人は従業員を人間だと認識していないように思える。
そんな時、私は親しみを持って『人間として』話しかける。するとほとんどの人が今のお兄さんと同じように、自分の話していた人が人間であったことに初めて気付いたような顔をするのだ。
何を言っても良い訳ではない。
新人のアルバイトの子等もだいたい最初こそ緊張しているものの、だんだんお客さんを「客」という物のように見始める時がある。
クレームは、だいたいそういう時に起こる。
まあ、一概に全てがそうだとは言わないが。
とにもかくにも、奴の態度は改めさせねばならない。
よくも私の腹を見て嘲笑ったな。
二度とそんなことができないようにしてやる。
しかし、このカフェは私が冥王から逃れるためのシェルターだ。クレームをつけると来づらくなるので、それは最終手段だ。
私は中抜け時間いっぱいをゆっくりと過ごすと、会計伝票を持ってレジに向かう。
「お願いします。」
ニコリ。
控えめに笑いかけながら伝票を渡すと、さっきのお兄さんが「ありがとーざいまーす」とレジを打つ。
私は言われた金額を支払う。
「レシートです。ありがとーしたー」
と言って、そこで初めてお兄さんがふと顔をあげた。
私は『お客さまアンケート』全店舗2位に輝いた飲食店歴6年の集大成を見せるべく、笑顔を作った。
親しみやすく、やり過ぎない笑顔。
不機嫌そうな顔のお客さんにも、必ず「ごちそうさまでした。」と笑顔で言わせる自信作だ。
「ごちそうさまでした。」
文末には心の中でハートマークを着けるのがコツだ。
お兄さんは私が声を発すると、一瞬動きを止めたあと自然な笑顔を返し、もう一度「ありがとうございましたー!」と言ってくれた。
ふっ。勝った。
店を出た私はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
これで アヤツは私の事を「感じの良い常連さん」だと認識したに違いない。
そして、もはや全くの他人ポジションではなくなったのだ。
もちろん陰でデブとかは言うだろう。
だが、通りすがりの見知らぬ人が珍獣を見つけて喜ぶように、私を見て何も考えずに酷い事は出来なくなる。
それは、知り合いなら『今後』が有るからだ。
私が店に行きにくくならないように、こういう対応を取ったように、お兄さんも気まずくならないために今後は慎んでくれるだろう。
慎んでくれなかったら、クレームにしよう。
でも面倒だから慎んでくれたらいいな。
職場に戻ると、冥王が待ち構えたように口を開いた。
「まぁーた外に食べに出てたの!?お金が勿体ないでしょう!
だいたい、外食ばっかりしてるから痩せないのよ!」
....はあ。
冥王も慎んでくれないかな。
くれないよな。
うん、知ってる....。
私は遠い目をしながら仕事に戻った。




