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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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ケーキの写真

 カップの中ですっかり冷めてしまったミルクティーを口に含みながら、私はスマホの画面とにらめっこした。


 食べたものを写真に残してレコーディング。

 一見良さそうだけど、でもこれ ちょっと不安もあるんだよね。



 それは体感的なものだが、美味しそうな食べ物の話を聞いたり映像を見たりすると、今まで全く欲しくなかったくせに、急に無性にその物が食べたくなったりするのだ。

 夜中のラーメン特集の番組とかヤバイ。

 田舎で屋台とか無くて良かったと切実に思う。

 有ったら確実に財布握りしめて駆け出していただろう。


 食べたものを写真に撮るとして、それを食べたくなってしまうのではないか?

 もしうっかりそのスパイラルにはまってしまって、脱け出せなくなったら....私、どうなっちゃうんだろう。

 想像するのも恐すぎる。




 写真でレコーディングには、もうひとつ問題がある。

 それは「毎回 写真を撮るのか?」という事だ。

 何か写真の欄が食べ物でパンパンになりそう。

 いや、フォルダを分ければいけるのか?

 でも、前のガラケーの時は何だかんだでメインフォルダにも全部蓄積されてて、なんか....よくわからないんだよね。

 機械は苦手だ。

 説明書も苦手だ。

 見ても見ても、意味がわからない。

 1回いじくり倒せば分かるようになると思うのだが、....だって、下手にかまったら爆発するかもしれないじゃない?


 そんな話を以前長谷川にしたことがあったが、「するわけないでしよ!」と若干バカにされながら笑われた。腹ただしい。

しかもその後、

「まあでも、気持ちは解らないでもないけどね。俺もいきなり友達の赤ん坊抱っこさせられたときは恐かったもんね。」

と言うので、私は我意を得たりと話にのった。

「でしょ!うっかり取り返しのつかない事をやらかしそうで恐いよね。

しかも自分は知識がないからその『うっかり』ポイントも分からないんだもんね。」

うーん、いい男代表・長谷川はフォローもバッチリだな。私も見習いたいものだ。



脱線した。私は記憶の中の長谷川を隅に追いやると、思考を戻す。

写真の事だ。



 うーん。

 どうしようかなぁ。


 私が時計を見ると、時刻は4時。あと1時間くらいか。

 よし。


 私は店員のお兄さんを呼ぶと、ケーキを1つ注文した。

 答えが出ないので、1度試してみる事にしたのだ。

 シフォンケーキを注文したのは、大きさのわりにカロリー控えめだと聞いた事があるからだ。悪あがきだとは思うが、まあ、これも乙女心の一環だ。諦めるしかない。



 

 しばらくして運ばれてきたのは、ブルーベリーのシフォンケーキだ。

 大きなお皿に乗ったそれは、生クリームやら冷凍のワイルドベリーやらストロベリーやらに飾られて、芸術的な一皿に仕上がっていた。

 かわいい!かわいすぎるっ!


 私はさっそくスマホを取り出すと、パシャリと撮影した。


 いいねー。いいよ、いいよー。

 よーし、次はこっちから撮ろうかー。

 あーーー、いーーーねーーーっ!


 パシャッ!パシャッ!パシャッ!



 ヤバイこれ、滅茶苦茶楽しい!

 写真を撮りまくって私はご満悦だ。

 さて、写真も撮ったことだし、心置きなく食べるとしよう。


 いっただっきまーすっ!



 ブルーベリーのシフォンケーキは、とてもキメが細かく ふわっふわっとしていて、口のなかに入れると しゅるしゅると萎んで消えてしまった。

 儚い。でも美味しい!

 とたんにペロリと胃袋のなかに溶けて消えていってしまう。



 食べ終わって ひと心地つくと、そろそろ職場に戻らなければならない時間だった。


 さっき食べたケーキと写真が、この後の私にどう作用するのか。不安と期待が入り交じった気持ちで、私は席をたった。





 職場に戻ると、冥王がおばちゃんに対する文句を言ってきた。

「私が佐川ちゃんに用があるから探してたのに、あの人ったら『長谷川君に頼みなさいよ。佐川さんは休憩中なんだから。』の一点張りで、話にならないのよ!」

 困るわよねー!と言われたが、別段困らない。

 と言うか、やっぱりまた呼びに来ていたのか、冥王よ。サイテーだな。

 そしておばちゃん、ありがとう!!

さすがに現在最年長で最古参のパートさんなだけある。昔はかなりキツい人だったという噂がある人だけあって、冥王も手が出しにくそうだ。

「ああ、中本さんには出かける前に、何かあったら長谷川君に言って、どうしても私に連絡が必要な事だったら長谷川くんから私に電話入れてもらってって頼んだからね。」

 私がニッコリ笑っておばちゃんをフォローすると、冥王がムスッとしながら訴えてきた。

「だって、長谷川君休憩中で寝てたから、起こしたら可哀想じゃない。」


 ....私は良いんかい。


 私があまりの言葉に眉値の寄るのを押さえられずにいると、冥王もさすがに失言に気づいたようで、それ以上言わずにそそくさと仕事に戻っていった。





 仕事の帰りにいつも通りにコンビニに寄った。

 ポテチを買ってー、ドリンク買ってー、チョコレート買ってー、デザートを....とつもと同じようにかごに入れかけて、ふと今日撮った写真を思い出した。

 今日はケーキを食べたんだった、と。

 しかも、良い雰囲気のカフェで、だ。

 お嬢様みたいな気分を味わったなぁ。

 スマホを取り出して画面を見る。

 うん、コンビニスイーツも悪くないけど、『たまに』素敵なカフェで紅茶と共に優雅に綺麗なケーキを食べる方が、物語の主人公(・・・・・・)っぽい。

  うんうん。


 そこで、ハッと気がついた。

 私が甘いものを食べるのは、もちろん食べたいからっていうのもあるが、甘いものを食べてる物語の主人公の気持ちを味わいたいからではないか?と。

 甘いものは好きだ。

 でも本当は、毎日食べるほどじゃ無いんじゃないか?


 私はデザートを棚に戻した。

 チョコレートも戻した。

 そこまで戻すと正気に戻り、私は籠の中身を全て棚に戻していった。

 そのかわりペットボトルのお茶を手に取った。

 そのままレジに行こうとして....引き返し、結局ポテチを2つひっ掴み、購入した。

 最後に誘惑を振りきれなかった事を残念にも思ったが、まあ、ポテチは依存だから仕方がないとため息と共に今日のところは諦めた。

 おっさんがレジでタバコをついでに2~3個買うのと同じだ、たぶん。



 次の日になっても、その次の日になっても、私は「ケーキを食べなければ!」という強迫観念にかられる事はなかった。

 その後、令嬢や姫様が出てくるようなファンタジーを読んで「ケーキを買ってお茶をしなければ!この本の主人公の気持ちを少しでも疑似体験したい!」という欲求に駆られることも有ったが、スマホの写真を眺めると、優雅なお茶体験を思いだして「私もついこの間体験したじゃない。」と買いに走らなくても済むようになった。




 そんな状態て1カ月が経過した。

 私は相変わらずコンビニ通いをしており、スイーツも時々は買ったりもしていた。

 ポテチはやはりやめられなかった。

 それでも、スイーツという項目が夜のコンビニ通いから消えたからか、ちゃんと自分がお洒落で素敵な時間を過ごしていることもある、という事が意識できるようになったからか、コンビニ通いじたいの回数が少しだけ減った。

 本当に、少しだけだが。

 しかしそれでも効果は有ったようで、体重が少し減った。

 量ってみると、久しぶりの123キロになっていた。

 今のところ、写真を見ても「夜中にラーメン食いたい症候群」にはなっていない。

 写真を見るたびに「そっか、私食べてたんじゃーん!」と思うようにしているからか、他の要因があるのかは分からない。


 分からないが、今はまだ分からなくても良い。

それよりも....


手もとのスマホの画面を見る。

その壁紙は今やお守りのように感じている、ブルーベリーのシフォンケーキだ。




 私は確信した。

 これは、効果がある!と。


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