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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
35/61

レコーディング

 智子とランチに行った次の日、体重を量ってみると全く増えていなかった。


 良かった。サイドメニューは食べ放題に食べちゃったから、1~2キロはいったかと思った。


 私がほっとしていると、横から瑠璃が高飛車にいい放った。

「あのねぇ、だから私が毎回言ってるじゃない。

 1日くらい たくさん食べたって、3日続けて食べすぎなければ問題ないって。次の日からは普通に食べれば、たとえ増えても元にもどるんだよ。なのに調子にのってそのままバカスカ食べるから姉さんは....」



 はい、フィールドアウトー。



 私は「ふー....ぅ....ん....」と、ため息スレスレの生返事をしつつお茶を飲むと部屋に上がった。


 もーねー、なんでイチイチ上から目線でものを言うかなぁ。

 しかも私、体重計に乗っただけなのに、なぜそこまで言われなければならぬ。

 あ、昨日食べ過ぎたからって夜の食事量を減らしたからか。

 くそー。

 まあでも、さっき瑠璃が言ってたことは間違いじゃないんだけどねー。


 それはバイブルにも散々書いてあった事だ。

「夜食べ過ぎたら、次の日の朝の量を減らしたり、水分だけにするなどして調整すればOK☆」とか、そんなカンジだ。

 うんうん、そうだろうねー。

 分かってる。分かってるけど....


 夜は夜、朝は朝だよね。

 お腹すくでしょ。


 むしろ夜中に食べると朝、ものすごーくお腹空くんだけど、他の人に聞くと もたれて食べられないと言われる。うそーん。

 そのかわり、夜中にお腹が空くのを我慢して、朝いっぱい食べるという話を聞くが、私の場合は夜中にお腹が空くのを必死に我慢すると、朝は空腹感がよく分からなくなっている。....まあ、それでも普通に食べるんだけど。




 そもそも私の場合は、食べ過ぎたら調整、なんてできない。

 たくさん食べた後はしばらくスイッチがONになってしまったかのように、食べる、食べる、食べる。

 壊れてしまったかのように、それはそれは食べる。

 そしてただの1日の食べ過ぎのはずが、2キロくらいは肉になってしまう。


 何かねー。はめを外した後は、食べても食べても食べた気がしないんだよね。

 あ、でも普段から案外そうなのかも?

 そこまで顕著に表れないだけで、久しぶりのケーキとか食べた後も、その雰囲気をもっと楽しみたくて、続けて買っちゃったり。

 お昼にしっかり食べてても、夕方にお腹すいた時は、お昼ほとんど食べてない様な気になるもんねー。

 で、後々 食べたものを思い出してカロリー計算すると唖然とする、と。


 .....ん?


 私はふと嫌な事に思い至った。


 えっ、これって、痴呆の老人みたいじゃない!?

 昔のコントでこういうのあった!

 嫁に向かっていうあれよ!


「勝子さん、飯ゃ~~まだかい?」

「お祖母ちゃん、さっき食べたでしょう?」


 だ!!!


 いーーーやーーーー!


 ぞわわっと危機感が背中を駆け抜ける。

 いや、落ち着こう。一旦落ち着こう。


 食べた事まで忘れている訳じゃない。

 大丈夫。食べたもの覚えてる。オッケーオッケー。


 でも、「食べてない」気になってしまう。

 だから食べる。

 じゃあ食べないようにするには、どうすれば良いのか?


 うーん。

 うーーーーん。


 あっ!


 私は手帳を取り出した。

 そうか、その為のレコーディングダイエットなんじゃないのか!?


 本来は「お腹すいた....。(きっとお昼は軽くで済ませちゃったに違いないから)夜はガッツリした物でも食べるかー。」だったのを、「お腹すいた....。(記録を見る)でも、お昼もしっかり食べてるし、普通の腹へリだな。普通に食べよう。」という風に活かせば良かったのだ。

 それを「お腹すいた....。(記録を見る)あと160キロカロリーしか食べられないよ。あーあ。」とかにするから、嫌気が差しちゃうんだ。


 そうだ、そうに違いない!

 なんだー。じゃあ、これからは真面目にレコーディングダイエットしなきゃなー。


 久々に閃いた考えに、私はウキウキしながら手帳を捲る。

 以前記入していたレコーディングのページを開く。


 ....ほとんど記載がなかった。

 書いてあっても、朝だけ、とかだ。

 私は手帳を閉じた。


 ふううぅ、難題だ。

 続けられる気がしない。

 全くしない。




 そんな事を考えていると、階下から母の大きな声が響いた。

「胡桃ーーー!時間大丈夫ーーーー!?」


 え?


 スマホを見ると9時に迫っていた。

 ヤバイ、遅刻する!


 私は適当に服を引っ掻けると、急いで家を出た。

 運転しながら髪をといて、1つにくくる。

 化粧っ気のない女の人のトレードマークは「後ろでひとつ結び」だ。髪型なんて気にしないけど、ボサボサではないし、人前に出てもOKでしょ。

 寝癖も気にならない。結ぶからね。

 完璧だ。

 でもいつかは私も、毎朝違う髪型☆とかしてみたいものだ。

 巻髪とか、痩せたらしてみたい。

 お洒落しても、誰にも笑われないくらいに痩せたら....そしたら、きっと。




 出勤時間は余裕で間に合った。

 いつも朝は一時間近く早く行っているから、当たり前と言えば当たり前だ。

 到着してからしている雑用が出来なかっただけだが、私が居ないなら居ないなりに、冥王は他の人に振っていた。

 家からの距離があるから私 毎朝早く来ているけど、パシられるだけなんだからもうちょっとゆっくり来ようかな。でも道混む事もあるしなぁ。

 私は何度目かの答えの出ない考えを振り切って、せっせと働いた。


 昼休憩になって、ふと、お茶しにいこうと思い立った。


 これまでは、よほど用事が有るときにしか出掛けたりせず、休憩室で仮眠を取っていたのだが、冥王の横暴ぶりは日増しに悪化し、賄いを食べているときすら呼び出される。

 しかも、ほぼ雑用だ。

 ....でも朝と同じで、私が居ないなら居ないなりにするんだよね。だったら....


 私は賄いも食べずに、店を飛び出した。

 仕込みをしていた、古株のパートのおばちゃんにのみ、事情を話す。

「ごめんね、このままじゃ休憩にならないから、これからは中抜けの時間は出かける事にするので。何か言われたら、用事があって出掛けたって言っといてください。」

 すると、事情を知ってるパートのおばちゃんはうんうん、と頷いてくれた。

「良いわよ、良いわよ。あの人本当、佐川さんばっかり顎で使って!上司に対する態度じゃないわ。見ていて腹が立つもの。後は私に任せて、捕まらないうちに早く行きなさいな。」

「ありがとうございます。行ってきます。」

 私は元気よく店を飛び出した。




 職場の近所には、大正を思わせるレトロな雰囲気のカフェがある。

 黒塗りの木材を使った店内は落ち着いた雰囲気で、同じく黒塗りの枠の障子が窓にはまっている。

 運よく窓際の席を陣取った私は、そっと障子を開けて外を見る。すると、小さな坪庭になっているらしく、圧迫間の無い程度に、伸びた枝葉が向かいの道路の景色をぼかしていた。

 私はその庭木の中に真っ白な小振りの花を見つける。椿だろうか、山茶花だろうか?

 あまり詳しくない私には判別がつかないが、常緑の葉との対比が美しく、とても慎ましやかで綺麗だ。



 しばらくすると注文していた紅茶が運ばれてくる。

 最近、ポットサービスが増えて、紅茶好きとしては嬉しい限りだ。

 ティーコゼーがついているのも冷めなくて嬉しい。

 私はカップに紅茶を注いで一口飲んでみる。

 しかし渋みの強い味にうっ、と顔をしかめた。

 出しすぎだ。もしくは、ぎゅうぎゅうと押さえたのか。いずれにしてもそのままでは飲めないので、ミルクを注ぐ。

 できれば美味しい紅茶を出してくれる喫茶店ができてくれれば良いとは思うが、まあでもポットで出てくるだけよしとしよう。うむうむ。

 ミルクで飲みやすくなった紅茶をもう一口、口に含んで、私はニヤリとする。

 ふっ。私の淹れた紅茶の方が美味いな。

 さすが私。



 さて、今日の中抜けは2時間近くある。

 小説を読んでも良いし、一人会議をしても良い。最高だ!オレは、自由だーーーーーーー!!



 私はとりあえず朝の考えを手帳に書きながら一人会議をする事にした。


 そうそう、レコーディングだよね。

 どうしようかなぁ 。


 うーん。



 ピンポンッ!!


 わあっ!

 音デカイ!

 慌ててスマホを見ると、優子からのメールが来ていた。


「ウチに柚子がいっぱいなってるんだけど、いる?」


 あー、柚子ね。


「ごめん、いっぱい他所から貰っちゃったから、いいや。ありがとう(^-^)」


 送信っと。

 あ、そうだ、マナーモードにしとこう。

 静かだから響いてビックリしちゃったよー。

 ふー。



 ヴヴヴヴヴッ。ヴヴヴヴヴッ。


 ん?また優子からだ。


「ええっ?それ、どんな柚子?ウチの柚子は香りの良い品種で、貴重なんだよ。それやめてウチのにした方がいいよ。」


 ....。



「そうなんだ(^-^)でも、もう色々作っちゃったし、食べきれないし、捨てるわけにもいかないし、くれた人にも悪いしから、その柚子は他の人にまわして?お誘いありがとう(^-^)」



 ふう、これでよし。


 下手に地元だし、旧友は共通だし、付き合いは完全には切りにくいけど、少しずつ彼女の人生からフィールドアウトしよう。




 私は画面を閉じようとして、ふとナポリタンの写真に目を止める。


 あれ....?これ、レコーディングとして、良いんじゃない?


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