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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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散歩

「お姉ちゃん、何で新しい体重計買ったの?」


土曜日、のんびり朝食をしていると妹の瑠璃(るり)が話かけてきた。どうやら留守に部屋を覗いたようだ。

私は迷った。正直、新しいダイエットを思い付いたので一緒にやろうと誘いたい。ウォーキングだって仲間がいればサボりにくいだろう。瑠璃は真面目な性格で、食事のレコーディングや体重のグラフなどセッセとつけて、15キロのダイエットに成功しているダイエット猛者だった。

だが....


「アナログの方が見やすいんだもん。」


私は当たり障りなく言うに留める。

まだ始めてもいない思い付きだ。ここはさらっと流しておきたい。

しかし瑠璃は流してはくれなかった。


「アナログは駄目だよ。何のために私がデジタルを買ったと思ってるの?正確な数値を出さなきゃデータとれないじゃない。データっていうのは、なるべく正確に出さなきゃ意味がないんだよ。」


でた、『私の勧めるダイエット法意外はダメ情報』攻撃!熱弁が止まりません!!

私は内心ウンザリした。

なぜ人は、他人がダイエットをすると知ると、その方法にケチをつけまくって自分の知識を押し付けようとするのだろう。

せっかくのモチベーションがだだ下がるではないか。

しかも本人は良いことを教えてあげてるつもりなのだからたちが悪い。

私は昔、せっかく軌道に乗りかけたダイエット途中に「我慢のしすぎはよくない!ちょっとくらいならいいのよ!」と、無理やり冷めたたい焼きを食べさせられて、やる気を失ったことがある。それはもう、「俺の酒が飲めねぇってか!」の如くであった。目が怖かった。

それ以来すっかり「ダイエットを公言すれば痩せる」には否定的だ。

そもそも、人に言ったくらいで頑張れるほど繊細じゃないしね。

マニフェストは破るためにあるんですよ?


「さぁーてと、本屋に行ってきまーす」

まだ何か言っている妹を放置して、早々に出掛けることにした。



外は穏やかに晴れて気持ちがいい。

絶好の散歩日和だ。今日はお気に入りのデニムのパンツに紺のシャツを着て、横がゴムになっているデニムの靴を履いている。およそ体を動かす格好ではないが、全力で「運動してますよ!」なのは恥ずかしくてむりだ。


ところで私は散歩がけっこう好きだ。

こう太っていると運動嫌いだと勘違いされがちだが、スポーツも案外好きだったりする。

ただ、苦しいのが嫌いなだけだ。

山登りとか、する意味が分からない。肺が破れちゃうでしょ!



今日は車で近くの空港周辺の空き地へ行くことにした。

どこまでも続きそうな草原がたまらない。まるで日本じゃないみたいだ。そう、ここはサバンナ。所々に生えた木々は、思うままに枝を広げ、遮るものが何もない大地を風が吹き抜ける。ああ、なんて素敵なの!

....時々、飛行機の排ガスも吹き抜けるが。


私は車を降りると、ポケットに大事なものを詰め込む。財布でしょ、スマホでしょ、あとビニール袋。よし、完璧!


さすがに空港周辺は広かった。東京に比べればゾウとアリンコくらい小さいが、それでもその辺の公園なんか目じゃないくらいの広さはある。

以前時間を測ったら30分くらいはしっかり歩けた。

できれば1時間くらいは歩きたい所だが、あんまり遠くまで行くと、帰ってくる時、疲れちゃうから却下だ。


土がむき出しの獣道のような道を歩いて、川沿いに出た。川と大きい通りの間に、ちょっとしたヨーロッパ庭園のように木を植えている広い土地がある。

誰も通らないが、国営の為か、時々大胆に刈り込まれていたりする。

そこに私のお目当ての木があった。


まだ肌寒い季節で草も伸びていないせいか、全く人の手が入っていない様子の茂みに、そのヤブツバキの木は去年と変わらずそこにあった。

濃い深緑の葉を繁らせ、そこに勢力を塗り変えさんばかりに紅い花が咲き誇る。地面にも霧吹きでそこだけ吹いたかのように紅い花びらがこぼれ落ちていた。


綺麗だなぁ。


ここでこの光景を見るまでは、ツバキがこんなにも綺麗な花だとは知らなかった。病院に持っていってはいけない花、というくらいの認識だった。

だが今、こんなにも私の心を捕らえて放さないのは絵の具をそのまま垂らしたような深紅の花だ。

私はそっと木に近づくと、その深紅の花を摘み....ビニール袋を取り出して入れていく。

なるべく痛んでいなくて美味しそう(・・・・・)なのが良い。


袋はすぐに一杯になった。取りすぎるとこの美しい光景を他の人が見られなくなるので、とりすぎはしない。節度が大事だ。



「ただいまー」

「お帰りー。あっ!椿、採ってきたんだ。」

玄関を開けるとスウェット姿の瑠璃がめざとく私の手にあるビニール袋を見付けて顔を綻ばせる。

「うん。ちょっと時期が遅かったからねー。大分散っちゃってたけど、今年も少しは楽しめるよ。」

つられて私も笑いながら台所へ向かう。

桶に水を張って、摘んだばかりの椿をばざぁっ!とあける。

「うはぁ、綺麗だねぇ。このまま暫く飾っておきたいくらい。」

瑠璃がため息と共に感嘆の声をあげる。

「だねぇ。飾らないけど。」

「うん、言うと思った。」

私が肩をすくめて言うと、瑠璃は言ってみただけらしく、軽く笑った。


収穫したものをしごするのは、すぐでなければならない。なぜならテンションが下がるから。

テンション下がったら、もう絶対しごなんてしない自信がある。

私は鍋に洗った椿の花を入れ、砂糖をふる。

しばらく置くとじわりと水気が出てきた。

「ジャムにするの?」

「うん。」

レモン汁と水を加えてコトコト煮る。

「じゃあ私、紅茶淹れるよ。」

瑠璃はザッとヤカンの水を捨てると、新鮮な水をジャーっと注いで火にかけた。

私の方は花びらが溶けたので、水とき葛粉を入れてとろみをつける。

できたてを瓶に積めると、まるで宝石のようにキラキラと輝く真っ赤なジャムの完成だ。

紅茶にも添えて、ロシアンティーで頂く。

「んー!美味しいねぇ。」

スプーンの先にちょいとつけたジャムを口に運んで、瑠璃が満面の笑みを浮かべる。

良かった良かった。

「紅茶に合うねぇ。」

熱々の紅茶が、春先とは言えまだまだ寒い中散歩して冷えた体を暖める。

こういうティータイムをすると、まだ痩せてもいないのに一瞬で自分が素敵女子になった気がするから不思議だ。

なってないけど。

でもけっこう歩いたし、今日はちょっと頑張ったかな。うんうん。


「今年は天ぷらにはしないの?」

瑠璃が何となくという風に聞いてきた。

天ぷらかぁ。好きなんだけど、天ぷらをすると作りすぎちゃって、結局食べ過ぎちゃうからなぁ。

「うーん、今年は花がすくなかったからねー。」

私は、こちらも何気なくを装って返事をする。

「そっかぁ。」

ちょっと残念そうにしながらも、それ以上は追及せず、瑠璃はロシアンティーに夢中になった。

よしよし。今度は上手くかわせたみたいだ。

『運動しに行って、食糧ゲットして帰ってくる時点でアウトでしょ。』とか説教垂れられたら、ちゃぶ台返しして暴れる自信がある。

だいたい、我が家の食卓は揚げ物頻度が非常に高いのだ。

なんでも祖母の教えで『貧乏な時は天ぷらをすればしのげる』というのがあったらしい。

今はそこまで困窮していないが、未だに昔の貧乏感覚が抜けず、しょっちゅう天ぷらが登場する。

何とか回避しなければ。

断菓子、禁油。だもんね。

ん?

あ、しまった!ジャムって『菓子』食べちゃったことになるのか!

「どうしたの?」

ゴンッとテーブルに突っ伏した私に瑠璃が首をかしげる。

「思いだし凹み。」

「はあ?なにそれ」


うぅ、すぐ忘れちゃうんだから!気を付けなきゃー。よし、これいこうは絶対に食べないぞ!

私は決意を新たにした。




その日、しごとから帰った母がお総菜の揚げ物をたくさん買って帰ってきた。

「はぁ、もうくたくた!パパッと食べちゃってー。」

目の前に取り分けられた揚げ物は大皿山盛り。

そして、その後の記憶が私にはない。

ただ、気がついたときにはお皿が空になっていたのだから、おそらく無心で食べたものと思われる。


体重計に乗ると、さらにパワーアップしていた。


このパターンは非常にヤバイ気がする。

挫折の予感だ。

早急に対策会議を開かねばならない。



私は、いったい何処で間違ったのだろう。


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