蜜月
「1、2、3、4、......
いいですよ、お嬢様。その調子です。」
ハアハア、ヒィヒィ....
「12、13、14....
どうしました?
さあ、もう少しですよ。
大丈夫、わたくしのお嬢様ならばきっとできます!」
ええっ!?全然大丈夫じゃないよ!
でででも、誠司がそう言うなら、もももう少し頑張らないでもないわね!
ふうふう....
「29、30!
素晴らしいです、お嬢様!
さすがはわたくしの胡桃お嬢様です。」
はうぁ、笑顔が眩しいわ!
ハアハアゼエゼエ。
くっ、明日と言わず、まだまだ頑張れそうよっ!
私はスマホの中の私だけの執事、誠司に励まされて今日も腹筋のノルマをこなした。
いやー、こんな分かりやすくヨイショされたり、あり得ない甘い言葉を囁かれるのなんて、乗せられる奴いるの~~?とか思ってたけど、けっこういいなコレ。
最初はバカにしていたけれど、何度かやるうちに私はすっかり誠司に夢中だった。
誰も見ていないから、照れずにどっぷり設定にのめり込める。
しかも、毎日クリアしていると、時々ストーリーが進む。
最近ゲットしたストーリーは、誠司に淹れてもらった紅茶を飲みながら、誠司と会話をするというものだ。
しかもこのストーリーが凄い。会話を選択すれば色々な会話の展開が楽しめるという手の込みようだ。
怠けるとお話できないので毎日必死だ。
私はTシャツの袂で汗を拭いつつ階下に降りて、お気に入りのポットとカップで紅茶を準備し、部屋にもって上がる。
部屋の机にテーブルクロスを敷き、白磁のカップ&ソーサーをセット。お気に入りのハーブの模様の銀のスプーンを添える。
大きめのミルクピッチャーにたっぷり注いだ牛乳と、お手製のティーコゼーを被せたポットを設置。
深夜なので生花は無いが、ペンの後ろに造花のついた物を飾って代用する。
うん、目を細めればイケる。気がする。
さあ、準備は万端。いざ、誠司~~っ!
私がスマホを付けてストーリーを開始すると、流れるような動作で誠司が紅茶を淹れてくれる。
主人公が紅茶に口をつけるのに合わせて、私もゆっくりと口をつける。
はあ、美味しいわ誠司。
今日のお茶はキーマンね。私、この香り好きよ。
「今日はお嬢様のお好きなウバにしました。毎日頑張っておいでですね。」
......。
私は脳内でウバをキーマンに補完した。
誤差の範囲だ。問題ない。
しかし、何事も本当にやる気の問題なんだな。
燃焼ゲームを始めてから2週間。今のところサボり無しだ。
深夜など、眠い時はさすがに今日はサボっちゃおうかと思わないでもないのだが、誠司の甘い言葉に癒されたくなって結局やってしまう。
そうこうしているうちに、初めは首しか上がらなかった腹筋も肩が少し上がるようになってきた。
コレで痩せられるとは思わないが、ムキムキのデブくらいにはなれるかもしれない。
消費カロリーも上がるだろうしね。楽しみだ。
誠司との甘~いティータイムを終え、寝る準備をするとクローゼットを開ける。
扉側には真っ白なスカートが掛かっていた。
はあ、素敵だ。
このロングのふんわりしたスカートを、夏に履いてカフェに行きたい。
先日出会った女性の姿が脳裏に思い浮かぶ。
記憶力の悪い私はもう彼女の姿を鮮明には思い出せなくなっていたが、爽やかな空気を纏った彼女への憧れは心に刻み付けられたままだ。
それまでモヤッとしていたダイエットの最終地点が、具体的な形で姿を表したようだった。
そう、今までとにかく痩せたいと思っていたが、具体的にどんな風にと言われると、まあ....50キロくらい?としか思い浮かばなかった。
もちろん以前に、同じように痩せようという目標を持って、小さいサイズの服を買った事が全く無かった訳ではない。
しかしその服たちは モヤッと、こんな服が着れたらいいなーとか、ダイエット本に書いてあったから、という理由で選んでおり、今回のように強い憧れを持って選んだものではない。
この白いスカートは今までとは違う。本当に成りたいイメージの具現化なのだ。
ちなみにサイズはL。
今の私には十分ハードルは高い。
今のサイズは8Lだ。買うときの店員さんの目が「着れるわけ無いだろ」と言っている気がしてものすごく恥ずかしかった。
できればこのスカートを着てカフェに行くとき、隣に誠司みたいな彼氏が居てくれるといいなぁ。
妄想するとぐふふと笑いが漏れる。
やだ、私ったら恥ずかしい!
でも妄想は自由だ。
実際にこんな人がいたら痛すぎて他人のふりするとか、現実的な事は考えない、考えない。
クローゼットを閉めて、さて寝ようかな、と思うとスマホの画面がいきなり点灯した。
「胡桃様、本日の体重の入力がまだお済みではございません。」
おわっ、音!デカイよ!
私は慌ててサイドキーでアラームを切る。
あぶないあぶない、設定が実名だから、誰かに聞かれたらごまかしが効かない。痛い奴まっしぐらだ。
ふー。
私が体重を量りに階下に降りると瑠璃が冷えた麦茶を飲んでいた。
「ねえ、部屋で何してんの?何か獣じみた息づかいが聞こえるんだけど。」
ちっ、耳さといな。
「ちょっと腹筋を6個に割ってみたくなって筋トレ。」
「はっ!?」
私がおざなりに言うと、瑠璃が変なものを見るような目で見てきた。
瑠璃の追撃をかわすには、ちょっと可笑しいくらいの理由を言っておくのが良い。
語りに入りにくくなるからだ。
すると、突然私のスマホが点灯した。
「お嬢様、まだ起きておられますか?
入力がまだですよ。さあ、わたくしが付き添って差し上げますので、お早く入力してしまいましょう。きちんとできたら、ご褒美に....」
わらばッッッッ!!!!!!?
スヌーズ機能が発動した!
何て事、ちゃんと止めてなかったのだ。
私は慌ててサイドキーを押そうとした。
しかし、手に余る大きさのスマホは私の手をすっぽ抜け、流し台にワンバウンドして床に落下した。
パシッ!
....嫌な音がした。
取り上げてひととおり眺めてみるが、特に壊れたところは無さそうだった。
とりあえずアラームも止まってくれた。
良かった....。
私がほっと息をついて顔をあげると、瑠璃が変態を見るような目で見ていた。
やめて、そんな目で見ないで。
体重を量って部屋に戻ると、入力のためにスマホを起こす。
さっそく入力しようとして....入力が出来ないことに気がついた。
え、なんで!?
よくよく見てみると、画面に縦にヒビが入っており、指で押さえるとふよふよと水のようなものが動く。
何て事!やっぱり壊れてる!
後日電話会社に修理を依頼すると、修理は不可能との事で、新しい物にデータを移す事になった。
但しアプリに関しては、新しく取り直しになるとの事だった。
画面がコントロール出来ないせいで、表紙におもいっきり『執事系燃焼ゲーム』が表示されているのが痛すぎて、宇宙の塵になりたかった。
数日後に届いたスマホは以前のものと同じ型だったが、少し新しいシステムになっていた。
私はさっそく、以前と同じアプリをインストールしていった。
もちろん燃焼ゲームも再度インストールした。
しかし初期化した誠司は、同じ声、同じ笑顔であるにも関わらず、私との思い出を失っていた。
ああ、誠司ッ!
こんなの私の誠司じゃないわ!
もう....、もう私の誠司はどこにもいないのよ!
あああぅぅぅぅ~~....
思わず本気で涙が 出た。
私はそっと誠司に別れを告げて、アプリをアンインストールした....。
執事系燃焼ゲームは筆者の妄想の産物であり、実在する似たようなゲームがたとえ有ったとしても全く関係ありません。
似たような物をみつけちゃったので、ねんのため。




