一人ですが何か
気がつけば、9月になっていた。
本当に残暑なのかと恨めしく思うほどに、強い午後の日差しがジリジリとアスファルトを焦がす。
私はクーラーの効いた車から降りると、むわっとする空気から逃げるように いつものカフェに入る。
「いらっしゃいませー。」という可愛らしい女性店員の声に、一人であることを告げて席を物色する。
私はいつでもお一人様だ。
逃げも隠れもしない。
バイブルにだって、素敵な自分時間の過ごし方にカフェがあったりするんだ。断じて私が友達がいないからでも、彼氏がいないからでもない。
一人時間を満喫しにきているのだ。
一人でも充分楽しいんで!
私が熱弁したくなったのには訳がある。
お昼に久しぶりに友達に会った。
中学以来の付き合いの優子は、二十歳に結婚していたが子供になかなか恵まれず、一時は随分落ち込んでいたものだが、今年に入って待望の赤ちゃんを産んだ。
メールなどは時々やり取りしていたものの、産後は忙しいらしく会うのは遠慮していたのだが、今日はお祖母ちゃんに預けてきたとのことで、久々にランチをすることになった。
駅前で待ち合わせをして、近くのお店に入った。
そこは夜は居酒屋をしているが、昼間はお酒なしのランチが楽しめるようになっていた。
お酒を飲まない私としては、こういうお店は入りたくてもお酒が飲めないので敷居が高い。普段はきがるに入れない分、嬉しいチョイスだった。
和食のランチメニューを頼んで、後は出産後の話を写真を見せてもらいながら聞いた。
私は実は子供は好きではないのだが、さすがに友人の子だと思うと親しみを持って聞けた。
運ばれてきたランチもなかなかに良い味で、デザートに出てきた桃のソルベも爽やかで美味しかった。
楽しくお開きになりそうな雰囲気に、コミュ症の私は胸を撫で下ろしていた。
知り合いであるからこそ、相手に退屈されるのではないかという不安が大きい。
人に会う前はいつも、緊張して大変だ。
でも先日の長谷川との飲みで、私も少しはスキルアップしていると知ったし、もっと積極的に人に会っても良いのかも。頑張れ、私。
「子供はねー、年々生むのが難しくなるからね。胡桃も早く産まないと!」
私が食後のお茶を楽しんでいると、優子がそんな事を言い出したので、私はビックリした。
は?優子、私が彼氏いない歴イコール年齢な事、知ってるよね?
ちょっと酷くない?
最初の衝撃が過ぎると、胸に黒いモヤがたまり始める。
だが、そうだ。優子はやっと子供を授かった事で、ちょっとありがた迷惑にも、周りに幸せを分けてあげたくなってるんだろう。
授かるまでは、周りにまだかまだかと言われて、無神経だ!ってよくふん返していたもんね。
私はその後も延々と私に子供を早く生むように進めてくる優子にウンザリしながらも、話を変えようとこころみた。
もはや子供の話を聞くのすら嫌気が差してきたなんて悟らせたくはなかった。
ああ、こんなはずじゃなかったのに。
しかし、何故か優子は話を変えても変えても「胡桃、私たちの年齢だと、産んだあとの子育ても大変になってきて....」と話を妊娠に戻してくる。なんなんだ、いったい?
あまりにもしつこいので、ちょっと反撃することにした。
「まあでも、私なんかはそもそも彼氏からしていないからねー。今すぐ妊娠しようと思ったら夜の街角で、不特定多数相手にたちんぼでもするしかないよね!」
HAHAHA!
しまった、嫌みを交えてしまった。
イライラしてたから、つい。....何か私、最近怒りっぽくなったなぁ。いかんいかん。
優子はさすがに私の吐いた毒に気づいたようだ。
軽く目を見開いた。
しまった、せっかくの久しぶりのランチなのに、気まずくなるかな?
私が慌ててフォロー をしようとすると、優子が顔を歪めて....嘲笑った。
嘲笑った!
え、何で?
困惑する私をよそに、「はっ、いや、まあ、経験者として胡桃が安心して出産できるようにのただのアドバイスだから?」と言ったあと、さらに爆弾を落としてきた。
「何なら、私の受精卵使わない?実は体外受精なんだけど、まだあと5個残っててね。保存しておくとお金かかるんだけど、処分するのもね。赤ちゃんだと思うと可哀想じゃない。だから、ね?」
なんですと?
私は頭に上っていた血が、サーっと下がる音を聞いた気がした。
なんですと?
何故私が、優子と見ず知らずの旦那の子を、優子ん家の金銭事情のために産み育てなければならないのか?
確かに私はモテないから、この先結婚せずにオールドミス・ババアで人生終了するかもしれない。
しかし、言っても私はまだ26だ。
まだまだ、恋愛だってするかもしれないじゃないか。その時、見ず知らずの男と、縁もゆかりもない女の子供がいたら、私の人生どうなるんだ。
というか、お前の子供なんて願い下げだ!!!!
私は「あっ、こんな時間!ごめんね、実は急に午後から少し、本社に顔出さなきゃいけなくなって。」と胡散臭い言い訳をして会合を切り上げた。
「じゃあまたね!」と言う優子に、「バイバイ!(永遠に)」と返して車を出した。
私、何であんな奴と友達してたんだろう!
あまりにもモヤモヤとしていて、そのままでは家に帰れないと思い、近所のカフェに行くことにしたのだった。
しばらくすると、注文したアイスティーが運ばれてきた。
見た目も爽やかに、ミントとオレンジがのっている。
店内はクーラーが効いていて涼しいが、建物が熱せられているせいか、冷たいものが恋しかった。
英国人は夏でもホットティーだと言うが、あちらは夏でもそこまで暑くない。
6月の気候が4月並みだときく。
だから日本でアイスティーを飲むのは自然な事だと思う。
誰にともなく言い訳をして、汗をかいてるグラスにぞっと手を添えると、濡れた感触と共にひんやりとした心地よさを伝えてくる。
添えてあった黒いストローでアイスティーを流し込むと、ムカムカとした気持ちと共にすーっと熱が引いていくのを感じる。
はあ。
ようやっと 一心地ついた。
あーあ、せっかく楽しく人と交流ができると思ったのになぁ。
なにがいけなかったのだろう?
はあ....。
落ち着いてくると今度は落ち込んでくる。
せっかく少しし自分に自信がつきそうだったのにな。もっと上手く会話ができていれば....。
でも私なりに頑張ったんだけどな。
実は事前に話し上手のパートさんに聞いて、会話は相手に水を向けるのが良いと教わったので、試してみた。すると優子は、とても楽しそうに「ほら、私って他人に厳しくしちゃう人でしょ?だからー....」と、ノリノリでずっと喋り続けてくれた。
けっこう上手く行ってたと思ったんだけど。
....いや。良い子ぶるな、私。
どう考えても優子の性格がねじ曲がってたとした思えないよね!
ないわー。
あれは、ないわー。
昔からひねくれたところもある奴だったけど、あれは行きすぎでしょう!
冥王の片鱗を見た気がしたわ!
私は連絡をなるべくせずに、そっと彼女の人生からフィールドアウトすることを決意した。
あーぁ....、悲しいなぁ....。
どうして大人になっていくとエゴだらけになるんだろう。
どうして昔の愉快な仲間たちのままではいられないのだろう。
私の心は未だに高校生の校舎に立っているかのようだ。しかし、きっと私もはたから見たら気難しくて打算的な大人になりつつあるのだろう。
そう思うと少し胸が傷んだ。
私はアイスティーを飲み干し、グラスをテーブルの端に寄せると手帳を取り出した。
気持ちを切り替えたかった。
まあ、一人会議議事録を見直してみても、かんばしい気持ちの回復には繋がらないとは思うが。
なにせダイエットを目論んでから半年たったのに全く痩せていないのだ。
なんでだろうなー?
なんでだろうなー?
生姜紅茶は、一度やめるとやはり味に飽きていたらしく、もう再開したいとはどうしても思えなくなっていた。暑いし。
ダンスもすっかり怠けている。
何故かダイエット法って一回失敗すると、次同じダイエットはできなくなるよね?
あれ、何でだろう。
耐性でもつくのか?
しかもダンスは母に「夜中にミシミシミシミシ何してるの!うるさい!」と叱られてしまった。
実は床の板がベコベコするようになった、なんて事は恐ろしくて言えなかった。
そりゃー、130キロ近いデブが毎日ドスドス踊ればねー。床板も痛むよねー。
はあ..、泣けるわぁ。
さて、今後どうするかだけど....。
取り敢えず、生姜紅茶は止めたけど、以前買った富士山の茶碗作戦が功をそうして、ご飯の食べ過ぎは防げているようだ。
おかずは大皿で食べているけど。
後、なにげに野菜を収穫していて自分で料理していると、何故か「体に良いものを食べたい!」という気持ちがわいてきた。
しかし、長年染み付いたジャンク癖が、私に買い食いを要求する。
なので、ゆとりのあるときは比較的ジャンクのない生活ができるのだが、ゆとりがなくなると とたんにジャンクに走るようになる事が分かった。
ゆとりなんて、ほとんど無いんだけどね。
やっぱり、転職とかすべきかなぁー。
でもまだピンと来ないんだよね、転職。
ということは、たぶんまだその時じゃないって事だと思う。感だけど。
運動は....ダンス以外で楽しめる手頃な運動って何だろう?
でも取り敢えず腹筋くらいはしとこうかな?
あっ、そうだ。何か楽しい腹筋アプリとかないのかな?
検索検索....
おお、あるじゃーん!
何か萌える感じのが!
素敵な男の子がサポート....って、いいねいいね!
俄然やる気!
私は執事系燃焼アプリをインストールした。
さっそく帰ったら試そう。
頑張るからね!私の誠司君☆
すっかり長居をしてしまった。周りを見ると お客さんはほとんどいなくなっていた。
そろそろ私も出ようかな。
すっかり温くなってしまったお水を くいっと あおると、新規のお客さんを告げるドアチャイムがカランカランと渇いた音を立てた。
なんの気はなしにそちらを見ると、そこに私の理想がたっていた。
美人な訳ではない。
特別痩せている訳でもない。
胸元に透けかんのある白いシンプルな7分袖のTシャツに、長めの真っ白なフレアのスカート。
銀の華奢なミュール。
細いブレスレットに揺れる華奢なピアス。
その人は、うだるような暑さを微塵も感じさせない。爽やかな風のようだった。