プロローグ
私の名前は佐川 胡桃、26歳。
ファミリーレストランに勤務している。
子供の頃から太っていて、先日ついに人生初の120キロを記録したところだ。膝がいたい。
昔から時勢に鈍く、同世代の女の子たちがどんどん幼虫からサナギになり蝶になるように女性へと変化していく中、周りがどうやって情報を得ているのかも分からず、気がつけば周りで一人だけデブでもっさりとした青春を過ごして幼虫のまま今に至る。
そんな私に、ついに転期が訪れた。
空が茜色から紺へと流れるように姿を変える、まだ寒い春先の夕暮れ時。
その日、私は久しぶりの同僚達との飲み会にウキウキと洋服を取り出した。鏡の前でどれを着ようかと悩みつつ、袖を通す。しかし。
「あ、あれ?」
二の腕がきつい。年々太っていくとは思っていたが、まさか7Lがきつくなる日が来るとは思ってもみなかった。わたしは鏡の前で呆然とした。
気を取り直しあれこれと試してみるが、おおかた服がパツパツになっており、着られる服がほとんど無い。そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎ、約束の時刻が近づいてくる。
どうしよう。分かってはいたはずだが、去年より10キロも増えているのだ。己の体型が恥ずかしすぎて、人前に出るくらいならいっそ欠席してしまいたい。
「ダメダメ!今回行かなかったら、ただでさえお誘いなんてあまり無いのに今度こそ誰からも誘われない人になっちゃうかも!どうせ元々超のつくデブなんだから、いまさら10や20増えたところで誰も気づかないよ。」
パンッと頬を叩いて折れそうな心に鞭をうつち、鏡に向かって無理にでも笑う。
私は着られる服のなかでシルエットが比較的キレイに見える服を何とか探して着た。
色の剥げたデニムのパンツに黒のタートルネックのTシャツの上から男物の白いシャツを羽織り前はゆるく留める。オシャレさなど欠片もないが、仕方がない。
今日の居酒屋はこの辺りでは有名なチェーン店だ。
安くてボリュームがあるのが売りで、お酒はもちろんソフトドリンクの種類も多く、あまりお酒が好きではない私には嬉しい。
「きゃーっ佐川さん、久しぶりー!」
昔アルバイトをしていた女の子たちに声をかけられ、私のテンションもグンとあがる。
「おー、久しぶり!」
皆....大人になったな。
彼らと共に働いたのは5年前だ。今日のメンバーはその頃は高校生だった者がほとんどだった。何だか同窓会に来た教師のような気分だな。
こっちこっちと呼んでくれるのも嬉しくて、軽い足取りで空いている席に向かう。
と、そこでふと気づいた。私、奥の席に行けない。
間の通路もだか、壁と座卓の間が狭すぎて入れる気がしないのだ。おそらく座ろうとしたら座卓を押すはめになるし、肉があたって足が曲げられないだろう。
そんな姿を皆に見られるのは耐えられない。
「私、トイレ近いからこっちがいいな。」
私は務めて明るく見えるように手前の席を要求する。幸いまだ席があまり埋まってなかったのでとくに突っ込まれず座れた。
いや、正確には座れなかった。
足を崩して座ろうとすると、足の肉と腹の肉が喧嘩をして折り畳めずひっくり返ってしまいそうになった。
今までそんな事は一度もなかったのに。
慌てた私は胡座をかこうとした。しかし、久しぶりに履いたジーンズはけしてパンパンでは無かったにもかかわらず腹に食い込み腹肉を押し上げ、横隔膜を圧迫し呼吸に影響をあたえた。
ダメだ....。苦しい。
仕方なく私は正座をすることにした。以前は「デブに正座は拷問」と思っていたが、これしか座れないのだから仕方がない。しかしここでも問題があった。太股の肉とふくらはぎの肉が厚すぎて座高がずば抜けて高くなってしまうのだ。座卓が低く感じられ、料理が非常に食べにくいし、足を崩した隣の女の子の頭が私の肩辺りにある。
しかも、やはりと言うか足が痛くなるので長時間は厳しい。
結果、私は膝たちになったりトイレに立ったりを繰り返すはめになった。
狭い席だったので周囲も途中で私の挙動不審さに気づいたようだが、大人になった彼女らはとくに何も言わなかった。しかし、目は雄弁に語っており、楽しいはずの飲み会の間、私はお奉行様の前に引っ立てられた罪人の様な胸の痛い気分を味わったのだった。
「えー、佐川さんも行きましょうよー」という2次会の嬉しいお誘いを笑顔に力を込めて断り車を自宅へ走らせる間、私の心は重かった。久しぶりに皆の近況を聞いたりするのは凄く楽しかったが、今回のことでさすがにわたしも「太っていたって、誰にも迷惑をかけていないからいいじゃない、ほっといて。」と言えるレベルを自分がとうに越えていた事に気づいてしまった。公共の物が使えないくらい太るだなんて迷惑以外の何者でもないだろう。
もう、恥ずかしくてどこにも行きたくない。
皆が私を見ている気がする。
....いや、実際に見ているのだ。非常識なサイズになっている私の事を。
痩せよう。
わたしは車の中でひとり、己の情けなさに涙しながら決意した。
せめて公共の物が使えるサイズに!
このままじゃあ、一生結婚どころか彼氏もできない。ダイエットなんて散々してきたが、今度こそ確実に痩せて、....そう、
「痩せて彼氏を作って幸せになるんだ!」
そして、私も蝶になるのだ!
私は強く心に刻み付けるようにハンドルをギュッとにぎりしめると、誰にも聞こえないのをいいことに車のなかで叫んだのだった。
ダイエット物を書けば痩せられるんじゃないかなーという淡い願望を書いてみました。
ジャンル....何になるのか分からなかったので、てきとうに....うっかり検索しちゃったかた、ごめんなさい。