道化師中学生
真宮傑様主催の「3ワード企画」参加作品です。
この企画は、主催者様が作成したアミダくじを引き、出たキーワードを使い小説を書こうという趣旨の企画です。
参加表明は3月30日まで行っているので、気になる方や参加したい方は是非、真宮傑様にメッセージを送ってください。
道化師。それはおかしな言動や行為をすることによって周囲の人々を楽しませる存在。
この街の中学校には道化師と呼ばれる中学生がいる。
その存在を知る者は同じ学校に通う一部の生徒しか知らない。SNSに道化師のことを投稿しようとしたら、必ず『そんな中学生がいるはずがない』という趣旨のコメントが届く。
故に道化師は全国的に有名にはなれない。
中肉中背の男子中学生が教室で体操服から制服へと着替えている。
机の上には制服がきれいに畳まれていて、それを三分で着替えなければならない。三分以内に全員の男子生徒たちが着替えなければ、気の短い女子たちを怒らせてしまう。
女子生徒たちは別に用意された更衣室で時間をかけてゆっくり着替えることができる。
一方男子は時間に追われ着替えなければならない。
それはアンフェアではないかと思いながら、中肉中背の男子中学生、倉雲奈央が着替える。
本日最後の授業となった体育は最悪だった。
倉雲は止まっているサッカーボールを蹴ることができない。何回やっても足がボールに当たらない。その様子を同級生たちに笑わられる。
唯一の救いは、彼が制服のズボンのベルトを締めるのと同時にドアをノックする音が聞こえたことだった。
何とか間に合った。倉雲奈央が安堵すると、一人の男子中学生がドアの外にいる女子に呼びかける。
「どうぞ」
その声と共に女子たちが教室に戻る。
それから五分後担任教師が教室に顔を出し、いつもの終礼が始まる。
五分間に及ぶ担任教師の退屈な話を聞きながら倉雲は欠伸する。
そして終礼が終わると帰宅部の彼は机を持ち上げる。だが、その直後担任教師は倉雲の肩を掴む。
「倉雲。職員室に来なさい」
担任教師の言うことを聞き、彼は職員室へと連行される。
一時間に及ぶ担任教師の説教から解放された倉雲はやっと下校口へと足を運ぶ。
下駄箱から靴を取り出すと、空から大雨が降ってくる。一時間前は雨が降っていなかった。即ち担任教師に呼び出されなければ、雨の中を歩くことはなかっただろうと、倉雲奈央は肩を落とす。
唯一の救いは学校に傘を置いていたこと。昨日雨が降ると天気予報でやっていた。しかし昨日の天気は晴れ。天気予報を真に受けた倉雲は、傘を学校に忘れるというミスを犯す。
倉雲は昨日学校に忘れた傘を差し、昇降口から外に出る。だがその直後、気配を消し彼に近づいた一人の少女が、倉雲の学ランの裾を掴む。
その行為に驚いた倉雲は背後を振り返る。その先には、セーラー服を着た中学生が立っていた。背は低身長で髪の色は黒く、肩まで伸びたロングヘア。髪は艶があり綺麗である。左側に分けた前髪を、ラベンダーの花をモチーフにしたピンで止めてある。
少女の年齢は、倉雲と同じ中学二年生くらいに見える。彼女の顔に倉雲は見覚えがない。少なくとも同じクラスの人間ではないと倉雲は理解した。
雨が降る中で数秒の沈黙が続き、少女が倉雲に意外な言葉を口にする。
「倉雲君。一緒に帰っていい。同じ傘に入って」
その言葉を聞き、倉雲の思考回路が停止する。彼は困惑した表情を浮かべ、少女の顔を見つめた。
「お前は誰だ。なぜ俺が初対面のお前と一緒に帰らなければならない」
初対面の女子をお前呼ばわりするのは失礼ではないか。その考えが倉雲の頭を横切る。少女を泣かせたのでないかと心配し、倉雲は再び彼女の顔を見る。
だが少女はそんなことを気にする素振りもなく、微笑む。
「あなたの家の近くに、大きな洋館があるでしょう」
「ラベンダーの花に覆われた屋敷だったな」
「一緒に帰っていいよね。同じ傘に入って」
強引だと倉雲は思った。このまま彼女のペースに呑まれてしまえば、初対面の少女と相合い傘をして帰ることになる。
それだけはどうしても避けたい。危惧した倉雲は再び少女に尋ねる。
「まずは名前を聞こうか」
「小野寺心美」
「じゃあ小野寺さんでいいな。小野寺さん。どうしてあなたは、俺と一緒の傘に入って帰らなければならない」
「一緒の方向だから」
馬鹿の一つ覚えの如く、小野寺心美は同じ言葉を繰り返す。その態度に倉雲は呆れた。
「そこまではいいよ。でもあのラベンダー屋敷に住んでいるんなら、送り迎えの車が来るんじゃないのか」
「この中学校の校則には、送り迎えは原則禁止と記載されているよね。だから送迎車は来ない」
小野寺心美は倉雲の顔を見ながら、生徒手帳を彼に見せる。彼女が開いたページにはハッキリと『生徒の送り迎えを禁じる』と記載されていた。
「あの洋館に住んでいるということは、結構な金持ちだろう。そんなお嬢様が一人で歩いていたら、すぐに誘拐されるんじゃないか」
こういえば確実に引き下がるだろうと倉雲奈央は思った。だが小野寺は一つ上手である。
彼女は倉雲の前で笑顔を見せた。
「大丈夫。そういう連中とは仲が良いから」
意味が分からないと倉雲は思った。誘拐犯と仲が良いラベンダー屋敷のお嬢様。そんな人物がいるはずがない。
あの洋館の住人がどこにでもある平凡な中学校に通うはずがない。街一番の大金持ちとされるお嬢様が、普通の中学校に通っているという事実を倉雲は知らない。
この女子はラベンダー屋敷の住人のフリをしているのかもしれない。倉雲の脳裏に疑惑が浮かぶが、彼女の目的が分からない。
倉雲の脳裏に多くの謎が浮かぶと、小野寺が彼の背中に手を置く。
「ねえ、そろそろ帰ろうよ」
「だからどうして相合い傘をして帰らなければならないって聞いているんだ。一緒の方向だからという理由以外にも何かあるんだろう」
倉雲の質問に小野寺は黙り込む。その間も雨が降り続ける。少し意地悪をし過ぎたと倉雲は反省した。だが彼女は沈黙を一分で打ち破る。
「特に深い理由はないんだけど、強いていうなら、天使があなたと一緒に帰れと命令してきたものだから」
小野寺の言動を聞き、倉雲は自然と笑みをこぼす。彼女の言動からは、相手を笑わせようという意図が感じられない。天然なキャラクター。
倉雲は腹を抱えて笑う。
「何だよ。それ。こんな面白いことを言う女子に初めて出会った。これが中二病という奴か。初めて出会ったよ」
中二病と聞き小野寺は頬を膨らませる。
「自分を漆黒の聖騎士ダークナイトとか、ファントムアサシンと呼ぶ意味不明な連中と一緒にしないで」
「同じようなもんだろう。何が天使の命令だ」
「だから一週間前にお屋敷の中で天使と交信したら、倉雲君と一緒に同じ傘に入って帰り道を歩いたら、前世の罪が償われると聞いたから、この一週間倉雲君を追跡して……」
「前世の罪ってやっぱり中二病じゃないか」
倉雲は突っ込みをいれながら、ある感情に気が付く。小野寺の天然なボケにツッコミを入れる行為が楽しい。
このまま小野寺と友達になるのも悪くない。
このまま小野寺と一緒に帰るのも悪くない。
倉雲は小さく首を縦に振り、小野寺の顔を見る。
「分かった。一緒に帰る。傘に入れ」
小野寺は倉雲の傘の下に入る。
このまま二人は相合い傘をして帰り道を歩くはずだった。二人が一歩を踏み出した瞬間に雨が降りやみ、青空が広がるまでは。
小野寺は雨が降りやんだ瞬間、ゆっくりと倉雲の顔を見て微笑む。
「ごめんなさい。相合い傘じゃないと、前世の罪は償えないみたいだから、このまま一人で帰るね。その前に、倉雲君にプレゼント」
小野寺は、鞄から一輪のラベンダーの花を取り出す。
「家の庭で栽培しているラベンダーの花。花言葉は明日に期待して。この花を見ていると、毎日を明るく生きることができるんだよね。ドジでバカな倉雲君にぴったりでしょう。明日に期待して、学校生活を楽しんでね」
小野寺は優しく微笑み、倉雲の傘から校門へと走る。その後ろ姿を倉雲は茫然として立ち尽くしながら見つめる。倉雲の手には一輪のラベンダーの花が握られている。
「なんだ。あの不思議ちゃんは」
倉雲は小声で呟き、帰り道を歩く。
その日の夜。倉雲奈央は自宅の部屋で、ノートパソコンの前に座る。
彼の日課はブログの更新。今日の内容は数時間前に会話を交わした女子中学生の話題。
『今日担任教師に呼び出されて、一時間遅く帰宅しようとしたら、変な女子中学生に出会ったんだ。その女子は街で一番の大金持ちで、一緒の傘に入らないと前世の罪が償えないって言いやがった。結局雨が降りやんだから、相相傘は免れたけど、去り際に一輪のラベンダーの花をプレゼントして姿を消した。一体あの女子は何だったのか? 』
この文面のブログが更新されて一時間後、コメントがブログに届く。
『馬鹿。そんなお嬢様がいるはずがないだろうが。作り話乙』
その趣旨のコメントが数百件以上届く。この瞬間倉雲は察した。小野寺心美。彼女が、この街に存在する道化師の正体だと。
おかしな言動や奇怪な行動で世間の人々を楽しませる存在。それが道化師である。
倉雲の自宅の近くに建設された、ラベンダー屋敷の一室で小野寺心美は彼のブログを読み、優しく微笑んだ。
『道化、傘、花』というキーワードで書いてみました。
小野寺心実。
結局彼女は何者だったのか?
好評を博すことができたなら、続編を制作します。