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ありふれた冬の夜

作者: ミート監督
掲載日:2014/12/18

 

 深い雪の日でした。冬でも暖かなこの街で、こんなにも深く雪がつもるのは、その年頃の少年にとって、初めての経験でした。朝早くから学校へと走り、雪が降り積もった白い地面に、自分の足跡がクッキリと残るのも面白く、ただ走るだけで少年の気分は高揚したのです。


 雪は。昼を過ぎても降り止みませんでした。たっぷりと残った白い雪。ですから放課後になって、少年は人生初の雪合戦を楽しんだのです。雪と泥にまみれて、ドロドロになりながら、友だちと一緒に心の底から笑いあったのでした。


 ですけど冬の太陽は、すぐに沈んでしまいます。分厚い雲に遮られていても、それでも精いっぱい暖かな光を浴びせていた太陽が沈むと、あたりはすっかりと暗くなってしまいました。


 少年は、しまったと思いました。雪遊びに夢中になりすぎて、すっかり晩ご飯の時間を過ぎていたのです。


 ブンブンと大きく手を振って、友だちから別れた少年に、しかし夜道を行く不安はありませんでした。いくら暗くなっても、街には電気の明かりがキラキラと輝いていたからです。もうすぐやってくるクリスマスの飾り付けが、燦然と輝いていました。人も沢山いて、一人で帰っていても、寂しくなるという事もありませんでした。


 帰る途中、少年のお腹が鳴りました。ずっと外で遊んでいたせいで、すっかりペコペコです。早くごはんを食べたい。そう考えた少年は、近道をする事にしました。あまり通らない細い道ですが、それでも何回かは通った事があります。迷うということは無いはずです。


 疲れているせいでしょうか。重く、湿った雪は、少年の歩みを、まるで手でつかんでいるように邪魔をしました。


 少年は、急に不安になりました。足を早めようとした、まさにその時、街から一切の輝きが消え去ったのです。少年は知らないことでしたが、雪の滅多に降らないこの街で、こんなにも雪が降り積もったせいで、停電が起こったのでした。突然の暗闇に、少年は混乱して、雪に足を取られて転んでしまいました。


 幸いにも、柔らかい雪がクッションとなってくれたおかげで、少年は擦り傷など出来ませんでした。その代わりに、それまで気にもしていなかった寒さが、針のようにチクチクと少年を突き刺しました。


 少年は、自分のほおが熱を持っている事に気がつきました。急に頭がクラクラとしてきます。立ち上がって歩き出そうにも、分厚い雲のせいで星明かりすら届かずに、細い道は真っ暗闇でした。


 少年は、急に泣きたくなりました。そして、そのまま地面にへたり込んでしまいました。


 そんな少年とは関係なく、雪は強くなります。先週買ってもらったばかりの暖かなコートの肩に、重く湿った雪の塊が積もっていきました。顔にもピシャピシャと、横殴りの雪が降りかかります。


 少年がズルズルと流れてきた鼻水をすすっていると、仄かな光が見えました。少年は、まるで光に群がる蛾のように、その光に釣られてユラユラと歩き始めました。


 ボーッとする頭を無視して、歩き続ける少年。しかし、急にガシリと手を掴まれて、少年は驚きました。


 手を掴んだのは、赤いマフラーをした、少し年上の人でした。険しい顔つきに、ビクリと少年は身を怯ませます。


「そっちじゃないよ」


 その人は、手をひっぱって、少年を光から遠ざけました。少し離れると、また怒った顔で、少年に話しかけました。


「こんな時間まで、外に出ていたらダメじゃないか」


 少年はシュンとしましたが、少し反抗心を出して、キミもそうじゃないか、と言いました。


「僕は、キミより、ずっとずっと年上だからいいんだ」


 少年は、少し理不尽な気がしました。そんな少年を見てため息をつくと、その人は、背中にしょっていたバッグから水筒を取り出しました。フタをとって、そこに白い湯気の立つ黒い液体を注ぎます。


「ほら」


 そう言って、少年に渡しました。おずおずとして口をつける少年。口に含んだ瞬間、顔をしかめてしまいました。とっても苦かったのです。コーヒーです。前に、お父さんから飲ませてもらったブラックコーヒーと同じ味がしました。それを見た年上の人は、ケタケタと笑ってから、綺麗な包み紙に入ったチョコレートを渡しました。チョコを口にほおばると、苦い苦いコーヒーも飲めました。一息ついて、少年は、先ほどまで自分の体がひどく冷えていた事に気がつきました。コーヒーとチョコレートが、体の芯から、少年を暖めてくれたのです。


 それを見たその人は、自分もコーヒーを注いで、グイッと飲み干しました。あんなに苦いものを、ラクラクと飲み干した人に、少年は尊敬の眼差しを向けました。


「キミのおウチは?」


 訪ねられましたが、少年は上手く説明できません。先ほど光に向かって歩いていた時に、知らない場所へと来ていたようです。仕方なく少年は、コートの内ポケットから、住所が書かれた紙を持ち出しました。いざという時のために、お母さんが入れてくれていたのです。年上の人は、それを見てから、一つ頷きました。


 そういえば……。少年は気がつきました。電気は消えて、星明かりもないのに、周囲がうっすらと見えていました。とはいえ、少年はそれを気にするような事はありませんでした。


「急ごうか。きっとご両親が心配しているよ」


 ご両親という言葉遣いに、その人が、予想しているよりも年上なのではないかという気が、少年はしました。


 真っ暗闇の中、二人は雪を踏みしめて行きました。自分を引っ張る手に、少年は人の温度を感じてホッとしました。その人は、手袋をしていませんでした。


 不安は段々と、陽射しの下の雪のように溶けていきます。


 まだ電気はつきませんでしたが、周囲は段々と明るくなってきました。


 急に大きなものが見えて、少年はビックリしました。少しづつ目が慣れてくると、驚きは恐怖に変わりました。


 それは透き通った竜でした。とても大きな、まるで図書室の本の挿絵にあるような竜が、恐ろしい、大きな口をガバリと開いていたのです。


 食べられるのではないか、と怯えた少年は、後ろを向いて逃げ出そうとしました。しかし、ギュッとその人の手を握りしめていたせいで、二人ともツルリと転んでしまいました。


 雪に埋まった二人は、キョトンとしてから、目を合わせました。そして、その人は朗らかに笑い出しました。


「ほら、よく見てごらん。これは、ただの氷の彫刻だよ」


 言われて見てみると、確かに彫刻です。氷の竜に、動き出す気配はありませんでした。少年は、急に恥ずかしくなって、寒さ以外の理由で、顔を赤くしました。


「カッコいいね」


 スックと立ち上がったその人は、彫刻の竜を見て感想をもらしました。少年もヨタヨタと立ち上がって、ジックリと彫刻を見ました。


 慣れてくると、それが氷でできていることが、残念に少年は思えました。こんなにも精巧な彫刻なのに、氷で出来ているなら、すぐに溶けて消えてしまうでしょう。普段の街は、とても暖かいのです。


「それでいいんだよ」


 その人は、そう言いました。


「彫刻は消えても、記憶の中には残るんだ。少しづつ、うっすらとしていくけど、ここで僕達がこれを見た事実は無くならない」


 そういうものなのかと、少年は思いました。そしてまた、二人でジックリと彫刻を鑑賞しました。


「そろそろ行かなくちゃ」


 少年は頷いて、また二人、雪の上を歩き始めました。


 いつしか街に明かりが戻っていました。雲の合間から顔を覗かせた月が、優しげな輝きを放っていたのです。優しい月明かりの中、ヒラヒラと天より舞い降りる、穢れのない白雪は、とても美しく少年に感じられました。手袋を外して、手のひらで受け止めると、それは淡く溶けて、水滴だけが残りました。


 もうすぐ家に着いてしまいます。その人とのお別れが近づいていることに気がついて、少年は名残惜しくなりました。


「これ、あげる」


 その人が、急に何かを取り出すと、少年に差し出しました。透明なそれは、一見すると氷の塊に思えて、少年は冷たさを想像して、気後れしました。


「冷たくないよ。ほら、触ってごらん」


 そう説得されて、少年はオズオズと手を差し出しました。


 氷によく似た半透明のそれ。手袋を脱いで、直接触ってみると、むしろ温かい感じがして、少年は驚きました。


「ひょうしょうせき、って言って、氷ソックリの石なんだ。あげるから、持っておきなよ」


 少年は、ギュッと氷晶石を握りしめました。視界には、見慣れた自分の家が映っています。お別れの時間が、やって来たのです。


 少年は、しかし中々握った手を離せずにいました。その人は、フンワリと微笑みました。


「大丈夫。また、雪の日がくれば、きっと会えるよ」


 少年は、少し悩みましたが、ソッと手を離し、ブンブンと手を振ってから、両親の待つ我が家に走りました。その人は、その様子を優しげな眼差しで見ていました。そして、クルリと方向を変えると、雪の世界へと去って行きました。


 家に帰った少年は、酷く怒られました。自分が悪いので、少年はその怒りをシッカリと受け止めました。お父さんとお母さんが、とてもとても心配していたのも分かったのです。


 自分の部屋に戻ると、少年は真っ先に宝物の入った箱を取り出しました。怒られている最中も、ギュッと握りしめていた氷晶石。綺麗な包み紙でそれを包むと、一番新しい宝物を、その思い出と一緒に、箱の中に詰め込んだのでした。


 深々と降り積もる雪。その中で、大切な人が笑っている感じがして、暖かなベッドで、少年は安らかに微睡むのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ごくごくありふれたお話の中に、不思議なファンタジー感も彷彿させる作品だと思いました。
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