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第一帖 月冴ゆる宵の鼓動  作者: 水城杏楠
一章  あはれとや言はむ あなうとや言はむ
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『世の中に いづら我が身の ありてなし あはれとや言はむ あなうとや言はむ』

(この世の中に、さても、この身はあってないようなもの、とすればこの身を含めた世の中全部を「いとおしい」と言おうか、「嫌なものだ」と言おうか)


 マーブル模様のように、世界がねじれていた。

 チョコとバニラのソフトクリームみたいな。

 熱い紅茶にミルクを垂らしていくときみたいな。

 まるで、天から堕ちていく。

 吸い込まれるようにして、ただ。

 つかまるものがなくて、緩やかな慣性に身を任せている。そんな感じに似ていた。

(何で、あたし)

 そんなこと知ってるんだろう。

 すごく静かで、音がない。

 時間は同じ速度で前に進んでいるのか、それどころか時はまだ刻まれているのか……そんなあたり前のことが、ここでは何もわからない。

 真っ白な世界だった。上も下も右も左もない。

 そこに紗夜だけがいた。紗夜だけが堕ちていった。下ではないどこかに向かって、ただひたすらに。



   パリー……ン



 瞳の前で、耳の側で、何かが弾けた気がした。

 ガラスが割れたときの。そんな音。だけど、紗夜には神聖な鈴の音のようにも聞こえてきた。さらさらに流れていく、砂丘の砂みたいなつかめない音。遠すぎて、手が届かないもの。

 一瞬の沈黙。

 スローモーションみたいに奇妙な光景を、紗夜は見ていた。

 白黒のサイレントムービー。ぎこちなく、だけどやけに鮮明な映像がこま送りにゆっくりと進んでいった。

 つかめない、もやのようなものだったけれど。

 その曖昧な風景の中で、音がする。

 ……誰かの声。

 聞こえてくる。

『どうして、壊そうとした? あんなにも大切だったのに』

(違う、違うよ)

 自分の声が、勝手に、反駁する。可笑しい。

(大事なものだから、壊してしまったの。ケースの中に入れて、なんにもつかないようにして、それでただ。……眺めるだけなんて)

 思ってもみなかった思考が次々と流れては消えていく。

 この白い世界のように。

(それってホントに大事なものじゃないから。あたしは、それを知ってたんだよ。ずっと前から知ってたの。だから……)

 もやの他には何も見えない。ただ、堕ちている。まだ。

 言葉はもう続かなかった。

 思考が急に、止まった。

 目の前がふっと眩しすぎるほど明るくなって、目を細めた……つもりだった。



(大丈夫。君のこと、好きだよ)

 ―――大好きだよ。

 呆れるくらい何度も、そう言った。

(次が来たら、その時は、わたしが、君を探しに行くから)

 あの言葉を信じたから……そう、言えた。

 信じたから、手放すことさえ恐れなかった。

 広い世界に独りきりで、取り残されるとわかっていても……。

(でもごめん……あたしは……)

 まだ、探しにはいけない。


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