英雄の道
ある日、突如として英雄は姿を消した。
語られている物語と同じように、唐突に。
彼の仲間たちが国中を探し回ったが、それでもジャックの姿を見たものはいなかった。
彼らが連れてきていた姫を迎えに来た騎士団と共に国へと戻り、また探し回った。
その過程で幾つかの事件を解決し、自分たちが英雄と呼ばれるようになっても、彼らは世界中を探し回った。
それでも見つからず、魔界へと旅立った者もいた。
魔人たちと戦い、魔界を探し尽くし、ジャックの名を呼び続けた。
それでも、彼は見つからない。
そもそも、この世界に彼がいるのかという疑問すら湧いてきた頃には、彼の捜索を止めていた。
誰もが諦めかけていた、その時。
『安心してください。私は生きています。
今は大事なものを探している最中です。皆さんに心配をかけてすいません。
私が持っている権利は全て手放します。皆さんでどうするかを決めてください。
いつ戻れるか分かりませんが、必ず戻ります』
一通の手紙と印が押された権利書が届いた。権利書は土地や牧場などの引き継ぎのもので、ジンの名前と印鑑は既に押された状態だった。
差出人の名前は書かれていなかったが、そこに書かれていた文字は彼らが探していた英雄の文字だった。
探しているものはなんなのか、本当に戻れるのか、世界中探したのにどこにいるのか。
そんな疑問が彼らの頭に満ちるが、疑問に答える者はいない。
結局、彼らの殆どは手紙に書かれたことを信じることにした。
ジンが帰ってくるのを、いつまでも待ち続けていた。
「これは何の茶番だこのくされ変態が」
ビキリ! と、世界に亀裂が走った。
亀裂は少しずつ広がっていき、やがてガラスが砕けるように世界がバラバラに分かれた。
現れたのは、白黒の世界だった。どこかの街に、白黒の人々が行き交っているのが見える。
そんな世界に、二つの色があった。
一つは、銀の杖を持った魔女、ラーシャ。
もう一つは、赤い長髪を持ち、殺意を放つ傭兵、ジン。
ラーシャは冷めた目をジンへと向ける。
「茶番だなんて酷いわね。貴方が堕ちない為に頑張ったっていうのに」
「それを茶番だって言ってるんだよ。何なんだよこれ、今まで『私』が見てきたのは幻覚……」
言葉の途中で一人称が変わっていることに気づき、ジンは舌打ちをする。長い髪が鬱陶しい。
「幻覚ではないわ。アレは貴方の未来よ。自身の獣を押さえ込み、力を使いこなした貴方のね」
つまり、そういうことだったのだ。
ジンの記憶がなかったのは失われたのではない。初めっから存在していなかった。ただそれだけの話だったのだ。
「……お前は相変わらずぶっ飛んでやがるな。未来に俺の意識を飛ばしたって言うのか」
「貴方もできるわよ。今はまだ無理だけど、貴方が見た貴方になればそのうちね」
どこまでも冷めた目をするラーシャ。そんなラーシャを見て、ジンは怒りよりも疑問が湧いてきた。
「……何があったんだよお前。いつもみたいにふざけた調子で喋れよ」
「…………」
ラーシャは何も言わない。ただ、何故かジンにはその沈黙が、悲しみを堪えているように見えた。
「さあ、目覚めなさいジャック」
トンと杖が地面を叩くと、そこを中心に世界が色を取り戻していく。月明かりが夜の世界を照らし、星々が光り輝いた。
「待っているわ」
ジンが何かを言うよりも早く、ラーシャの姿は消えた。街に一人ジンだけが残される。
長い髪を鬱陶しそうにかき乱しながらジンは呟く。
「……んなお前見ると調子狂うなぁ」
「ジャックさん!」
声が聞こえてきた。懐かしい、いや聞き慣れた声だ。
振り向くと、ナスタがこちらへと駆け寄ってきていた。だいぶ走ったのか、肩で息をしている。
「こんな所にいたんですか! やっと見つけましたよ……!」
「……ああ、ナスタか」
「ああってなんですかああって! こっちは必死に探してたってのにもう……」
ナスタが何か言っているが、ジンは全て聞き流した。彼は、空を見ていた。
夜空に輝く星々は、いつもと変わらずそこにあった。過去でも、未来でも。
「……ジャックさん、どうしたんですか?」
「別に何でもねえよ。ただ……」
ナスタに背を向けたまま、ジンは言う。
「今日も変わらず、月が綺麗だなぁって思っただけだよ」
「え!? え、えっと……どっちの意味でですか?」
「夜空に決まってんだろ馬鹿かお前は」
「馬鹿ってなんですか馬鹿って!」
馬鹿だから馬鹿って言ったんだと呟きながらジンは思う。
未来というのは運命的なもので確定されているのか分からないが。
せめて、変わらず夜空を見続けられるといいな、と。
「……私がこんなこと言うのもおかしな話ですね」
「……? ジャックさん、なんか口調が」
「気のせいだ」
どんな未来を選ぶにしても、まずはこの仕事を片付けないとなぁと思う。
今日も、月は綺麗なままだった。




