魔人の王
その光は、他の場所にも行き届いていた。
「なっ!?」
アレンと相対していた怪物が、一瞬にして消し炭となる。
その近くにいたアレンも莫大な光に焼かれてもおかしくないはずなのだが、不思議と熱さを感じない。
――いや、不思議とではない。光がアレンを避けて通っているわけではなく、アレンの体から発せられている青白い光が、莫大な光を遮っている。
「……さっきの剣の力か? 俺の危機に反応して現れるなんて、随分と都合のいい剣だな」
どうせなら最初から現れてくれればいいのに、と思わずにはいられない。そしたらこんなに怪我を負うことはなかったのに。
(……いやいや、怪我を負ったのは単に俺の実力不足だ。この剣のせいにしてはいかん)
そうこう考えているうちに光は消え去った。アレンの体を護っていた青白い光は危機は去ったと言わんばかりに消えていく。
「アレン!」
サクラがアレンに駆け寄り、魔法でアレンの傷を治し始める。暖かい光はアレンの体を包み込み、痛みを和らげる。
「……ありがとうございます」
気を抜くとそのまま倒れてしまいそうで、アレンは体を剣で支えることなく気丈に立ち続ける。
「他の所はどうなってますかね?」
「わからないけど……ここと同じようになってるのではないのかしら?」
「だといいのですがね」
ピリピリとした、異常な空気をアレンは感じ取っていた。てっきり怪物が現れたことによるものかと思っていたが、どうも違うようだ。むしろ怪物を倒したことによってより濃くなってきている。
(……まだどこかに魔人がいるのか? これ以上やりあうのは勘弁してもらいたいんだが)
「……アレン」
「なんですか姫」
「カンナは?」
「はい?」
「カンナがいない!」
サクラとアレンが辺りを見回す。だが近くにあるのは瓦礫ばかりで、カンナの姿はどこにもない。
「……まさか、さっきの光で燃え尽きたとか」
「あ、アレン! そんなこと言わないでよ!」
「す、すみません! とにかく、探しましょう!」
アレンの治療も途中のまま、二人はカンナの姿を探して走り出す。
無意識にか、脅威から離れるように。
「……ようやく、見つけましたよ」
そう呟いたジンの目の前の空間には、穴が空いていた。
人一人が通れる程度に空いた穴の先には闇が広がっており、見えるものは何一つない。
どこに繋がっているのか確かめることはできないが、予測はできる。恐らくこの穴を使ってヴァージリアたちはやってきたのだ。
「……空間を壊す術は特に持ち合わせてるわけではありませんが」
虚空に手を向け、見えない何かを掴むように手を閉じる。直後に剣が現れ、ジンの手に収まった。
「ここは力技でいかせてもらいましょう!」
力任せに剣を振るう。剣の刃が闇に触れた瞬間、ドロリとした粘り気のある感触がした。
それらを無視し、強引に剣を振り抜く。
ズンッ! と重苦しい音が鳴った直後、空間に空いた穴が跡形もなく消え去る。始めから何もなかったようになっているので、ちゃんと破壊できたかが心配になってくる。
「……ひとまず安心、ですかね」
「まあ、門なんて幾らでも作れるのだがな」
「……ほう」
声のした方へ視線を向けると、一人の大男が立っていた。
身長は二メートル半は超えるだろうか。服の上からわかるほど筋肉の持ち、拳だけでそこらの人間なら軽くひねり潰せるのであろうことが予想できた。
その髪は、銀色。腰まで伸びた銀髪を髪留めで纏めあげている。
「……どなたですか? また魔人の王族だったり?」
(まずい。まずいまずいまずいまずいまずいっ!!)
ジンは動揺を隠しながら大男にそう問いかける。だが自然と口が動いているが不安で仕方なかった。
目の前の大男から感じる、莫大な魔力。たった一人でヴァージリアとヴォルフの倍以上の魔力を持ち、更にかなりの場慣れをしている雰囲気を感じ取れた。
恐らく、いや間違いなく、ジンの知る中でもトップクラスに立つ実力者だ。消耗したジンでは勝ち目がない。
なのに。
(まずい駄目だやめろ抑えろ何のための俺だ違う私だ感情を抑えろやめろ意識を背けろ駄目だ殺されるやめろ馬鹿この戦闘狂め楽しそうとか考えてる場合じゃねえぞ!)
ブルリとジンの体が震える。それは、歓喜の渦。自分をさらけ出したいという欲求。ヴァージリアとの戦闘で不完全燃焼に終わったのが尾を引いている。
「ニーズルベガ。一応魔人たちの王をやらせてもらってる」
トンッとニーズルベガが軽く跳ねた。それだけで大地が揺れ、視界がブレる。
「ヴァージリアたちがやられたって聞いてな。人間がどれくらいやれるもんか、いっちょ俺自身で体験してこようってな」
首を軽く振り、拳を打ちつけあいながらニーズルベガは言う。
「さあ行くぞ人間。試合と行こうか!」
直後、大地が吠えた。




