光の剣
怪物の爪が空気を切り裂き、ユウキを抉り取らんと迫る。
剣で爪を僅かに逸らし、それによって出来た隙間に体を捻じ込ませて怪物の攻撃を避けた。
「こっちよ怪物!」
わざと怪物の注意を引きつけ、ヤイバから距離を置かせる。怪物が首をこちらに向けてきて、その口を大きく開けた。
嫌な予感がしたので大きく横に跳ぶと、直後に怪物の口から青白い炎が吹き出された。
怪物が炎を吹きながらユウキへと顔を向ける。身を屈めて炎を避けると、長い髪の毛が何本か焼け焦げた。
そのまま怪物の顔へ剣を叩き込む。ただし即座に離脱できるよう、体重を乗せていない撫でるような斬撃だ。
怪物の顔を剣が掠める。だが怪物の皮膚には傷一つつくことなく、怪物の目がユウキを捉える。
尻尾が唸りを上げた。ゴウッ! と空気を薙ぎながらユウキの足元を叩き、地面を砕く。
「しまっ……!」
宙に浮いたユウキの体を吹き飛ばす為に尻尾が振るわれた。咄嗟に剣で受け止めた直後、ユウキの視界がぐるりと回転した。
近くの建物へとぶつかり、強打する。肺の中の空気が押し出され、意識が飛びそうになるのを気力で堪える。
『頑張りなさいな。大事な家族が食べられそうになってるわよ?』
「……っ!?」
女性の言葉の真偽を確かめることすらせず、ユウキは地面の石を拾い上げて怪物へ投げつける。
視界がボヤけていて、ユウキを攻撃してくるのか、それともヤイバを喰らわんと大口を開けているのかも分からない。ユウキはただひたすらに剣を握り、怪物に斬りかかる。
その直前に、バチンッと何かが弾けるような音がし、一瞬奇妙な色が見えた。
殆ど反射で剣を手放した瞬間、紫電が飛んだ。紫電はユウキへ向かっていき、途中で吸い寄せられるように剣に当たった。剣が紫電を纏い、バチバチと言いながら地面に倒れる。
「!」
その剣をユウキが拾い上げると、静電気のような痛みが断続的に走る。手放しそうになるのを堪え、怪物の元へ走る。
怪物が炎を吹き出そうと口を開けたその瞬間。
「っああああああああ!!」
その口に向けて、剣を投げつけた。
剣は吸い込まれるように怪物へと飛び、口を通して喉を貫いた。剣が纏っていた紫電が怪物へと伝わっていく。
怪物が音を出した。それは声というにはあまりにも不快で、言葉になっていなかった。
怪物の声にも何か妙な力があるのか、辺り一帯に衝撃波が撒き散らされる。建物が削り取られ、ユウキの体が吹き飛ばされた。
受け身なんてとる余裕もなかった。ユウキはそのまま頭から地面へと落ち、血を流した。
その間も怪物は音を撒き散らし、やがてゆっくりと倒れた。体がピクピクと痙攣を起こし、口から大量の血を垂れ流す。
「……やっ……た……?」
ユウキが見る限り、怪物は死んだように思える。だが相手は作られた生物だ。一般的な生物の常識が通用するのかも分からず、ユウキは暫く怪物を見続ける。
少し経ち、怪物が動き出したりしないのを見て、ユウキは大きく息を吐く。
「っそうだ、ヤイバ!」
辺りは怪物の放った衝撃波のせいでかなり荒れている。ヤイバが衝撃波を受けなかった保証はなく、そこらに吹き飛ばされているかもしれない。
『大丈夫、あの子は無事よ』
「ほんとですか!」
『ええ。……運がいいわね、ちょうど全部の攻撃の被害を受けない所にいたみたい』
「そうですか……良かった」
一安心した瞬間、ユウキの体から力が抜けた。地面に倒れてしまい、立ち上がることもできない。
(……ああ駄目だ。ヤイバは頭を怪我してるんだ。早くお医者さんに見せないと……)
そうは思うのだが、体に力が入らない。さっきの怪物との戦いで何もかも使い果たしてしまったのか。
『ところで、何か勘違いしてない?』
「……え」
『あの怪物たちは、一体じゃないわよ?』
女性がそう言った瞬間、大地が揺れた。
ズシンと、重量を感じさせる音と共に、がたちが降り立った。その数、四体。
「……………………あ」
思考が空白になった。
目の前で起きていることを受け止められない。
怪物たち三体はゆっくりとユウキの元へ歩み寄り、逃がさないようにする為かユウキの周りを囲う。
(……あれ)
そう三体だ。怪物たちは四体やってきたはずなのに、何故か三体しか来てない。
残り一体は?
「…………」
倒れ伏したまま、ゆっくりと視線を向ける。怪物の一体はのそりのそりと歩き、そしてヤイバの元へたどり着いていた。
「……あ」
そのまま怪物は尻尾を振りかぶる。まるで、その小さな体を吹き飛ばさんとするために。
「あああ、ああああああああああああっ!!」
気づけば、ただひたすら叫んでいた。
体に力は入らず、立ち上がることはできないけど。
怪物たちの注意を自身に向けようと、弟を守ろうと必死に。
ユウキの叫び声に反応してか、怪物の動きが止まった。振りかぶっていた尻尾を下ろし、ユウキに向かって歩いてくる。
「ああ、あっ……」
これで、ユウキの近くにいる怪物は四体。ユウキが今からどんな奇跡を起こしても、きっとユウキは怪物たちに殺されるだろう。
「……お願い、します」
だから、せめて願う。
「ヤイバを、助けてください……」
自分のことはいい。せめて、せめて家族だけでも助かってほしい。
そんな願いを込めて、想いを込めて願う。
『だから言ったでしょ』
だが、そんな都合のいいことは起きるわけない。
『あの子を助けるのは、貴女だって』
神様なんて本当にいるなら、世の中はもっと幸せに満ちているはずなのだから。
だから、奇跡は起きない。神様の慈悲もない。
『だから立ちなさい、ヤイバ・カレッタ』
でも。
『その剣を持って』
誰かの救いの手は、そこにはあった。
気づけば、虚空に手を伸ばしていた。
そこには何もないのに、何を言うべきかだけは何故か分かった。
「……来て」
そしてユウキは。
その『剣』を掴み取る。
「アマテラス!」
純白の光が、辺りを満たした。
それは、太陽の光。
大地に肥沃をもたらし、近づくものを焼き尽くす熱き光。
それを司る神の名を持った、とある英雄が作り出した剣。
怪物たちが消滅した。
消し炭すら残さないほどの圧倒的な熱が、怪物たちを焼き尽くしていた。
『お疲れ様』
女性の声が、辺りに響く。
『また会いましょう。家族のために恐怖に立ち向かい、勇気を絞り出した人の子よ』




