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語られない伝説・No.22

 ところで、ジャックは魔法を使えないのにどうやって建物を確認して回るんだ?

「……もっちろん嘘だよやるわけないよっと」

 そんなふざけた調子で言いながら、ジャックは街の中を歩き回っていた。街の人たちは突然直った家を見てどうすればいいのか迷っている人たちが大半だ。図太い人は既に家に入ってゆっくりしているが。

 とはいえ、暫くすれば自然と違和感は消えていくのだろう。人間というのは、慣れる生き物なのだから。

(思ってたよりも長くこの街にいることになっちまったな。俺としては継承権を主張する馬鹿を吹っ飛ばしてさっさと次の国に行くつもりだったんだけど……世の中そんな単純じゃねえなほんと)

 こんなことならあの老人の言う通りにしておけば良かったと思いながら溜め息を吐く。

 とはいえ、もうこの街にいる理由もあまりないだろう。誰が国を統治するのかという問題はあったりするが、正直あの大臣にでも放り投げればいいだろうと思っている。

 ジャック、というよりナスタの目的は王位を継承することであり、こんな所を統治したり復興させることではないのだ。

(問題はあの馬鹿が納得するかどうかだな。あいつ一年くらいかけて国のインフラを整備しますとか言いかねんし、ラーシャにも相談しないと)

「……ん?」

 そうやって考え事をしていた時だった。何やら数人の子供がこっちに近づいてくる。その手には雑ながらも形にはなっている木剣が握られていた。

 子供たちはジャックの目の前で止まり、せーのと揃えながらこう言った。

「お兄ちゃん、戦い方教えて!」

「は?」



「……やっぱりいた」

 生命の存在しない世界。

 様々な名前で呼ばれる世界にいるのは、たった二人だけだった。

 一人はラーシャ。杖を持ち、視線の先にいる人物を睨むようにして見ている。

 もう一人は老人だ。ラーシャの視線を受けても薄く笑みを浮かべ、何もない虚空を見ている。

 いや、他人には見えていないだけで、老人は何かを見ていた。ジャックか、ナスタか、世界全体かは、誰にも知る由がないが。

「やあラーシャ。愛しい娘よ」

「お久しぶりねお父様。私のことを愛する前に、お母様を愛してほしいのだけど」

「愛しているさ。少なくとも、人間たちの愛よりは深く、重く愛しているつもりだ」

 そんな老人の台詞を、ラーシャは呆れながら聞いていた。

 老人の『愛』の意味を、知っている故に。

 大きな溜め息をつきながらも、ラーシャは老人に近づく。

「ジャックをここに導いたのはお父様?」

「それは違うさ。彼は生死の境を彷徨い、生き残る為にここに辿り着いた。彼は、凄いな。生き残る為の手段を無意識にとったのだから」

「……最高で最悪な手段だったけどね」

「最高か最低か、最良か最悪かなんてことも、生きていなければ論じることもできない。手段を選ぶことなんてできなかっただろうさ」

 何もかも悟ったように老人は言う。そんな物言いに少しばかりイラつきながらもラーシャは続ける。

「ジャックに力の使い方を教えたのはなんでかしら?」

「教えてなどないさ。私はただ、彼の前で見せただけだ。……しかし、彼は本当に凄い。あの体に満ちた力、神力。あれを自在に扱えるようになれば、彼は王となり得るだろう。国なんて枠に収まらない、世界の王に」

「……本気で言ってるのかしら?」

「本気だとも。彼には是非王になってもらいたい。もしかしたら、私を殺すこともできるかもしれないのだからな」

 楽しみだ、と老人は呟く。

 そんな老人に対して、ラーシャは杖を向ける。

「……なら、私が殺してあげましょうかお父様?」

「お前には無理だ。お前の力は私から生まれたものにすぎない。それでは私を殺せないさ」

「試してみましょうか? もしかしたら、お父様の予想が外れるかもしれないわよ?」

「……随分と、必死だなラーシャ」

 そこで初めて、老人はラーシャを見た。

 ラーシャと老人の視線がぶつかり合い、奇妙な沈黙が流れる。ラーシャはキツく老人を睨みつけ、老人は楽しそうにラーシャを見ていた。

 暫くして、ゆっくりと老人が口を開く。

「彼の気質が気になるのか」

「知っていて教えたのなら、私は本気でお父様を軽蔑させてもらうわ」

「知りはしなかったさ。彼の気質を見たのはついさっきだ」

「…………」

「本当に、面白いな彼は」

 凄い、面白いとジャックを評し、老人は続けてこう言った。


「あそこまで人斬りを楽しんでいる人間は、初めて見た」


 ガギリッ、という音がした。

 硬い物と硬い物がぶつかり合う音。

 ラーシャが歯を強く食いしばりすぎて、歯にヒビが入った音だった。

 老人はそんなラーシャを見て、驚いたように目を見開いていた。

「……私の失態よ。ジャックがここに来るのを阻止できなかった。魔法ではなく、ここの力を使えば助けることができたのに、それをしてしまったせいでジャックがここに来れるようになるのを恐れた。躊躇った」

「…………」

「でも、その結果がこれよ。彼はここに来てしまった。生き残る為に、ここを知ってしまった」

 何かの迷いを消すように、ラーシャは頭を振る。

「……もう迷わない。ジャックがこれ以上狂わないように、私は全力を尽くす」

 杖を下ろし、その先端で地面を叩きながらラーシャは言う。

「さようなら、お父様。彼に、貴方を殺させるわけにはいかないわ」

 直後、ラーシャの姿は消え、老人が一人だけ世界に残った。

 一人残った老人は、楽しみな、悲しそうな、嬉しそうな、苦しそうな声で呟く。

「……かの剣の王がここに再び来る日は、いつだろうか」

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