語られない伝説・No.21
空間の裂け目を超え、ジャックはいつの間にかベットの上で目覚めていた。
外からはさっきと違い、人の気配がある。あの世界から出ることには成功したようだ。
「やれやれ、戻ってこれたか。……かなり適当に剣振って斬って穴通ってしたから、出られるかどうかちと不安だったんだよな」
壁際に立てかけてある剣を腰に下げながらジャックは建物から出る。外は瓦礫の山ではなく、普通の街並みとなっていた。ざわざわと騒ぐ人の声があちこちから聞こえてくる。
「……マジで夢じゃないんだな。リアルすぎる夢とかだったら良かったのに」
自身が見聞きしたあの世界の出来事を思い出しながら、ジャックはナスタがいた場所へと向かう。
「お、いたいた」
ナスタは建物に向けて何やら魔法を使っていた。どうも建物が安全かどうかを一々一つずつ確認しているらしい。
「……全部確認したらどんだけ時間かかると思ってんだあの馬鹿王女は」
実際、少しでも魔力を感じ取れる人間なら分かるが、ナスタの魔力は殆ど残っていない。ここのところ働きづめで、止める人もいなかったのかもしれない。
ジャックは溜め息つき、次の建物を調べようとしていたナスタの腕を掴んで止まらせる。
「おい止まれそこの馬鹿。休憩だ休憩」
「え、ジャックさん!? 目が覚めたんですか!?」
「覚めた覚めた。色々聞きたいこともあるからちょっと付き合え」
そう言いながらナスタの腕を軽く引っ張る。ナスタに腕力が全くないのもあるのだろうが、あっさりと引っ張れた。よくよく見れば顔色も少し悪い。
適当なベンチを見つけ、ジャックはそこにナスタを座らせ自分もその横に座った。
「んで、最初に聞いときたいんだけど、俺ってどんくらい寝てた?」
「えっと、今日でちょうど二週間程度です」
「は? 二週間!?」
「……はい。ずっと死んだように寝てて」
俯きがちにそう言うナスタの言葉に、ジャックは割と本気で驚いた。
二週間も寝てた、という割には体は普通に動く。腹が減っているわけでもないし、関節がバキバキ鳴ったりもしない。むしろ前より動きやすいくらいだ。
(まさかあの世界に行ったからじゃねえだろうな? 便利すぎるだろあの世界)
そんなことを思いながら、一応こんなことも聞いておく。
「二週間しか経ってない割には、家とか全部直ってるように見えるんだけど」
何が起きてるか知ってる癖に聞くのも変だなあ、とジャックは思う。口にはしないが。
「あ、それですけどね、聞いてくださいよジャックさん! 昨日のお昼頃、急にこの辺りの建物が全部直ったり、私の体が宙に浮いたりしたんですよ!」
すまん後半俺だ、とジャックは少しナスタから目を逸らしながら思わず呟く。ナスタには聞こえなかったが。
「なんで直ったのか分からなくて。ラーシャさんにも聞いてみたんですけど、ラーシャさんもよく分からないって。そんなよく分からない物なので、危険がないかずっと魔法を使って確認して回っていたんです。……魔法が効くのかすら分からないので、気休めでしかないですけど」
「……あの変態にも分からないことがあるのか。まあいい、だいたい事情は分かった。後は俺がやっとくよ、お前は休んでろ」
ジャックは立ち上がりながらそう言うのだが、ナスタがジャックの腕を引いて止めた。
「駄目ですよ! ジャックさんは目が覚めたばかりなんですから、ちゃんと休んでてください!」
「……この馬鹿め」
溜め息をつきながらジャックはそう言い、ナスタの頭を軽く叩いた。
「あうっ」
「そんなに消耗してる奴よりは働けるつーの。そもそもお前、ここ二週間ちゃんと休んだことあるか?」
「……休む暇なんてありませんよ。皆さんが少しでも安心できる場所を取り戻せるようにしないといけないんですから」
「ラーシャの奴め。止めろよお前の大好きな美少女なんだから」
ジャックはナスタの頭に手を置き、そのまま乱雑に撫でる。
「お前のやるべきことは、この国の復興だけじゃないだろ。……もう充分頑張ったろ、今日くらい休め」
そう言い残し、ジャックは歩き出した。ナスタから少し離れた所で、ジャックは目を閉じながら呼び出す。
「どうせいるんだろラーシャ」
「ええ、もちろん」
声は頭の中に直接響いてきた。ラーシャの姿はなく、気配を感じ取ることもできなかった。
「ナスタを適当に眠らせておいてくれ。俺は色々見て回るから」
「子守唄でも歌ってあげれば? 魔法で眠らせるよりは健康的よ」
「生憎と、子守唄なんて聞くような環境で育ってないんだね。子守唄どころか音楽のおの字も知らないし」
ジャックは立ち止まり、ある一点を見る。
そこには何もないし、何かの気配があるわけでもなかった。それなのに、ジャックは確信していた。
見えてないだけで、感知できないだけで、ラーシャはそこにいると。
「……建物が直った理由、知ってるだろお前」
返事は返ってこなかった。ジャックは舌打ちしながらも再度歩き出す。
「……誰も知るべきじゃないのよ、あの世界のことを」
誰に聞かせるわけでもなく、ラーシャは呟いた。




