魔人ヴォルフ
「ぬおら!」
「ちぃ!」
草原で二人の剣が真っ向からぶつかり合う。その時に発生した衝撃が大地を崩し、二人は足場を求めて大きく距離を取る。
「魔装、氷結!」
ヴォルフの剣が冷気を纏い、そのまま地面に突き刺す。
直後、大地を氷が覆い尽くす。氷の刃でも襲ってくるのかとアレンは警戒するが、予想に反して何も起きない。
(ということは、単純に足場を奪っただけか)
「追装、飛刃」
ヒュン、とヴォルフが剣を振るうと軌道線上に斬撃が飛ぶ。剣で受け止めると斬撃が当たった場所に氷がまとわりついた。氷が異常なほどの重みを持っていて、剣を上手く振るうことが難しくなった。
効果ありと思ったヴォルフが薄い笑いを浮かべる。
「――ふんっ!」
直後、アレンが剣を真っ直ぐ氷の大地に振り下ろした。氷はあっという間に砕かれ、アレンの剣の氷もその時に一緒に砕け散る。
ヴォルフは舌打ちをしながら再度剣に魔力を込める。
「魔装、雷撃!」
ヴォルフの剣が雷を纏う。そのままヴォルフに向かって突撃しようとするより前、先にアレンが動いた。
「界滅」
剣先から三つの珠が現れた。緑は人界を、黒は魔界を、白は天界を表している。
それら三つの珠が混ざり合った直後、全てを吹き飛ばしかねない大爆発が起きた。
その威力は凄まじい、の一言に尽きた。爆発はアレンの正面の方向へと向けられ、アレンの視界は白く染まり、音は消えた。
草原の一部が消え去り、剣の向けられた先にあった山までもが吹き飛ぶ。
やがて視界と音が戻り、アレンは少しばかり周りを見回す。
ヴォルフの姿は、ない。だが今ので倒せた、とも思えなかった。それほどまでに、魔人は強大な存在だった。
静かに耳を澄ませる。たった一つの変化も見逃さないように、極限まで集中する。
「…………」
チッ、と。何かが弾けるような小さな音が聞こえた。
「っ!」
「なに!?」
音のした方、とは真逆の方向へと剣を振るう。不意打ちをしかけたヴォルフの剣をアレンは捉え、力任せに吹き飛ばした。
ヴォルフは空中で体勢を整え、地面にひらりと着地する。今度はアレンが舌打ちをする番だった。ヴォルフの体には多少の傷こそあれど、致命傷となる傷はなかった。
「……やるじゃないか」
ヴォルフはポツリとそんなことを呟く。アレンはふんっと鼻で笑う。
「当然だ。お前如きに二度も遅れを取ってたまるか」
「なるほどな。だが……」
ヴォルフはニヤリと笑い、剣を地面に突き刺した。
「……人間であろうと魔人であろうと、俺が負けるわけにはいかない。民の為に、我ら魔人の未来の為に! ――魔装」
ヴォルフの体が魔力を纏う。アレンは何が起きても対応できるように警戒していた。
「龍脈」
直後、視界がぶれた。
「!?」
何かしらの魔法ではない。
ただただ単純に、アレンの体がヴォルフによって吹き飛ばされた。それだけのこと。
(なん……だ? 急に動きが……)
「どうした人間」
宙に浮いているアレンの目の前に現れたヴォルフが言う。
「この程度の速さでもう追いつけないのか?」
言葉と共に、剣が振り下ろされた。
剣はアレンの着ていた鎧を粉々に砕き、アレンの体を地面へと叩き落とした。巨大なクレーターが出来上がり、土煙が舞い上がる。
「がっ、ごぼ……!」
心臓に衝撃が与えられ、脳を揺さぶられたアレンは立ち上がることができない。これは気合いでどうにかできる問題ではなく、どうしようもないことだった。
「……ここまでだ、人間」
アレンの近くに降り立ち、ヴォルフは剣を振り上げながらそう言った。アレンはヴォルフの顔を見て、そして笑った。
「なんだ、随分と疲れてるじゃないか」
「……龍脈は大地の、星の力そのものだ。そんなものを取り込んで、体が保つわけない」
「……その程度でジンに勝とうとしていたのか。あいつは、もっと強いぞ」
「だろうな。俺が逆立ちしても勝てないだろう」
だが、とヴォルフは続ける。
「足どめに徹するなら話は別だ」
お喋りはそこまでだった。
ヴォルフの剣が、アレンの体を斬るために振り下ろされた。




