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語られない伝説・No.20

 酷く視界が歪む。

 自分が誰なのか、そんなことを認識することではえ困難だった。

 だが、逆に言えばそれだけだ。

(……生き……てる?)

 自分が死んでいないことを認識すると、段々と視界も意識もはっきりとしてきた。

 ジャックはベッドの上で寝かされていた。部屋はどこかの屋敷の一室らしく、部屋の中はそれなりに豪華だ。

 ベッドの側には誰かが座るためであろう椅子が置かれており、椅子の上には誰かがだいぶ前に置いていったであろう冷めたスープがある。

「……確か毒の刃で倒れて、……解毒が間に合ったのか? まあラーシャなら死んでも生き返らせるくらいやりそうな気はするが……」

 とりあえず体を起こしてベッドから出る。体は問題なく動くのを確認してから部屋を出るが、周りには人の気配がない。

 屋敷の中をウロウロして玄関を探し、外に出てみるがやはり人の気配を感じられない。

「なんだなんだ? なんでこんなに人の気配がないんだ?」

 何か作業をしていたような跡は残っているのだが、人の姿は見えないし騒ぎ声も聞こえない。

「……何だってんだ? 死後の世界にでも紛れ込んだか?」

「似たようなもの、だろうな」

「お?」

 声がしたので振り返る。そこには黒い外套に身を包み、フードを目深に被った誰かがいた。声から判断するなら、六十は超えるおじいちゃんといったところか。

「……誰だあんた」

「さあな。お前の目に私がどう写ってるのかなど知らんし、興味もないさ。大切なのは、ここに人間であるお前さんが入り込んだことだ」

 老人はゆっくりと歩き、瓦礫の上に腰掛け、フードから覗かせる眼がジャックを捉えた。

 ジャックは警戒しながらも老人から情報を聞き出そうとする。

「どこだここは」

「呼び方なんてお前が決めればいいさ。次元の狭間、存在しない世界、世界の裂け目、アウトレコグニン。ここに来た数少ない者たちは、各々好き勝手にそう呼んでいた」

「……聞き方を変える。ここはどういう場所だ」

「世界を眺める場所。あらゆる森羅万象を観測し、干渉することが可能となる場所であり、私が安定して存在することのできる唯一の場所だ」

「……もっと噛み砕いて」

「夢の叶う場所、とでも言おうか? ここで望んだことは全て現実となる。力が欲しければ力が手に入り、智が欲しければ智が手に入る。何かしらの物が欲しければそれも現れる。人の心でさえ、ここならば干渉ができる。……まあ、ここに入るには素質が必要で、干渉できることも素質があることのみだがな」

「……嘘くせー」

「ならば、実演して見せようか」

 老人は立ち上がり、右手を静かを上げる。直後、ぐにゃりと視界が歪む。

「ぬおっ!?」

 直後、誰かにぶつかってジャックが地面に倒れる。慌てて顔を上げて文句を言おうとするのだが、相手はジャックに気づかなったのかさっさと歩き去ってしまう。

「ったく、周り見て歩きや……」

 言いかけて、ジャックは気づく。ついさっきまで誰もいなかった筈なのに、周りには沢山の人がいることに。

「ここは……」

「……言われましても、無理なものは無理なんです」

 ジャックの耳に、聞きなれた声が聞こえてきた。声のする方に振り返るとナスタが街人の何やら話していた。

「ラーシャさんの魔導機は瓦礫の撤去に当てられてますし、あれだって搭乗者の魔力を使っていて長時間の稼働はできないんです」

「だけど仮設住宅の資材を運ぶのにはアレが最適なんだよ。遠くて重いから馬だけじゃあ運びきれないし、そもそもこの国には馬はあんまりいないんだ。瓦礫の撤去なんて人力でもなんとかなるだろ?」

「人の力だけでは時間がかかり過ぎるんですよ。それに……」

 どうも魔導機の運用について話し合っているらしいが、平行線でなかなか話が進まない。ナスタが無理だと言い、男が一体でいいから寄越せと言うのが繰り返されている。

「おい爺さん。結局どう実演してくれるんだ?」

「こうだ」

 老人は瓦礫の一つに手を当てる。するとパキンッという奇妙な音がし、瓦礫が突如動き出した。

「な、なんだ!?」

「魔力……は感じない? ラーシャさんですか!?」

 ざわざわと周りが騒ぐ間も瓦礫は動く。中に浮き、瓦礫同士でくっ付き合い、暫くして瓦礫は家の形へと変わっていた。

 ナスタと話していた男が血相を変えて家へと向かう。周りが止めようとしたのだが、男は無視して玄関の扉を開けて中に入ってしまった。

 中でドタドタと走り回る音がし、少しして男が呆然としながら出てくる。

「……戻ってる」

「へ?」

「見た目だけじゃない。中の家具やらなんやらまで、壊される前に戻ってる……!」

「……なんじゃそりゃ」

 ジャックが家を見ている間も、老人はペタペタと瓦礫に触って回っていた。老人が触れた瓦礫が動き出し、またも家へと形を変える。少し経つと、辺りから瓦礫は消えていた。見えるのは、壊れた形跡なんて一切ない住宅街だ。

「この辺りの過去を観測して、その時の状態をそのまま持ってきた」

 いつの間にかジャックの背後に立っていた老人がそんなことを言う。

「これで少しは分かって貰えたかな?」

「……とりあえずお前がとんでもない奴だということは分かった」

 ジャックが何気なしに言うと、老人は口元を少し歪ませる。

「この程度のことならばお前さんにもできる筈だ。過去を持ってくることは容易いからな」

「興味ねえよ。……つーか結局なんなんだここは」

 ジャックはナスタの首根っこを掴み、片手で軽く持ち上げる。

「え、……え、は? えぇ!?」

「ここがどういう場所かというのは分かった。なんでこんな所が存在してるのは分からんが、別に興味ないからどうでもいい。俺が聞きたいのは一つだ」

「……ここから出られるか、ということか?」

「夢でした、ていうことなら楽なんだけどそうじゃないみたいだし。どうなんだ? 何もしなくても出れるのか?」

「心配することはない。帰りたいと思えばいつでも帰れる」

 だが、と老人は付け加える。

「このまま何もせずに帰っていいのか?」

「何がだ」

「言っただろう。ここで望んだことが現実になる。わざわざ帰らなくても、ここで望めば現実になる。……例えば」

 パチン、と老人が指を鳴らし、視界が大きく歪む。

 見えてきたのは、城の前に立つ沢山の人々。皆顔を上げ、視線を城のバルコニーへと向けている。

 バルコニーには白いドレスに身を包み、蝶の髪飾りをつけたナスタが立っていた。

 それらを城の遥か上空で見下ろしていたジャックに老人は言う。

「これは少しばかり先の世界。彼女が女王となり、国を統治する時」

 ナスタのいるバルコニー、人々から見えない位置にジャックが立っていた。ナスタの演説を暇そうにしながら聞いているように見える。

「お前が望めば、これはすぐにでも現実となる。無駄に戦う必要もないし、時間もかからない。どうだ? ここの力を――」

「馬鹿かてめえは」

 ジャックは目の前に腕を伸ばし、何かを握り潰すように拳を握る。

 バギンッ! と何かが壊れる音がし、視界が歪んで元の場所へと戻った。

 老人が驚いたように息を呑んだのを、ジャックは一瞥しながら言う。

「これは俺のやりたいことじゃない。あいつのやりたいことだろ。俺が全部やっちまってどうするんだ? 持ち上げて担ぎ上げて、その先は? 死ぬまで持ち上げてやるか? んなもんお断りだ」

 ジャックが腰に手を当てると、そこにはいつの間にか剣が下がっていた。鞘から引き抜きながらジャックは続ける。

「あいつがやりたいことはあいつがやるべきだし、その方があいつの為になるだろ。辛いこと乗り越えてこそ人間は成長するんだ。その成長するチャンスを奪うなんておごましいにも程がある。神にでもなったつもりか?」

 力任せに剣を振るうと、肉が裂けるような音と共に空間が裂けた。向こう側は暗闇の世界が広がっているが、ジャックは躊躇なく足を踏み出す。

「じゃあな爺さん。あんたが何者かは知らないけど、人に迷惑だけはかけんなよ」

「……そうか。それがお前の選んだことならばそれでいいだろう」

 ジャックが空間の裂け目を超え、一人残された老人は口元を歪ませる。

「……やっぱり、人間は面白いなあ」

 少年のような声で、老人は呟いた。

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