殺意に満ちた英雄
大量の魔人が現れたと聞き、人々が城に避難しようとしていた時、彼女は空に現れた。
ヴァージリア。強力な幻惑魔法を使いこなす魔人だった。
「……人間ども」
杖を一振りし、実体を持った幻を作り出しながらヴァージリアは人々に向けて告げる。
「幻と現実を見極めることなく死ね!」
幻の剣が雨が如く降り注ぎ、何事かと見上げていた人々の体に容赦なく突き刺さり、一瞬で血の海が出来上がった。
逃げ惑う人々を見下ろしながらヴァージリアは杖を振るう。ヴァージリアの横に黒い煙のような物が現れ、すぐにそれは実体を持った。
異質な怪物へと姿を変えた煙は、地上へと降り立ち人々を喰らう。ヴァージリアが杖を振るう度に怪物は何十体と現れ地上に降り立っていく。
人間が死んでいくのを見ながら、魔人は微笑を浮かべる。
「さあ、我らがこの世界を牛耳るその礎となってもらいましょうか!」
「な、なんなんですかあれ!?」
空を飛び回る怪物を見て、カンナは思わずそう叫んでいた。
ライオンだの鳥だの蛇など、様々な動物の体を無理やりくっ付けて作り出されたような異形な怪物は空を飛びながら紫電を纏い、口から青白い炎を吐き出していた。
ジンは怪物を見上げながら舌打ちし、仲間に指示を出す。
「カンナとサクラは結界を張ってあの怪物どもがこれ以上暴れれないようにしてください! カイトは数人を連れてあの怪物を叩き潰してください! 後の人たちはラルクの指示に従って住人の避難を!」
「ジンさんはどうするんですか!?」
「元凶を、魔人を叩いてきます!」
ジンはそう言うとすぐに脚に力を入れ、勢いよく駆け出した。爆発にも似た轟音を鳴らしながらジンは走り、あっという間にカンナたちの視界から消える。
走りながら鞘から剣を抜き、魔力で出来た刃を作り上げる。
「……形状を変更。刃はそのまま。殺傷力のみを向上」
勢いを殺すことなく跳躍し、とんでもない速度を保ったヴァージリアの元に辿り着き、
「……ッ!!」
容赦なく、その体を切り裂いた。
魔力の刃がヴァージリアの胴体を切り、ヴァージリアの体が二分した。血を撒き散らしながらヴァージリアは力なく地上に落ちていく。
屋根に着地して勢いを殺し、ジンは剣に付いた血を見つめる。
「…………」
微笑を浮かべ、ジンは剣先を空へと向けて叫ぶ。
「どうせ今のも幻惑なのでしょう! 姿を現したらどうですか!」
ジンの声に応えたように、黒い煙が現れる。それは少しずつ形を変え、やがて人の形を持った。
「……やはり気づいたか。その調子だと本物の私がここにいないのも気づいてる?」
「仕組みは分かりませんが、貴女は幻惑魔法で実体を作り出せる。幻惑魔法で分身を作り、本物は魔界でゆっくりとお茶を飲みながら幻惑を操ることも可能、でしょう?」
「お茶は飲んでないけどね。……それと、仕組み自体は簡単なのよ?」
ヴァージリアが杖を振るい、空中に魔法陣が生まれ、そこから黒い煙が現れる。
「幻惑魔法は通常敵の頭にかけて騙すものだけれども、私は幻惑をかける相手を変えてるだけ」
煙はやがて人へと形を変え、煙が肉体へと変わった。
「「私が騙しているのは、世界そのもの」」
現れたのは、ヴァージリア。ヴァージリアの隣に、全く同じ魔力を持ったヴァージリアが現れていた。
さらに杖を振るい、煙が現れ、もう一体のヴァージリアが作り上げられる。
「幻覚に完全にかかった人が」「幻だと気づくことがないように、世界は幻だと気づくことはない」「そして世界が見ている幻は、私たちにとっては現実となる」
三体では止まらない。さらにヴァージリアたちは杖を振るい、新たに三体のヴァージリアが作り上げられた。
「……厄介な」
「厄介程度で」「収まると」「思っているなら」「貴方の認識力は」「低いと判断せざるを得ないわね」
さらに、さらに。
ヴァージリアの数がネズミ算で増えていく。六体が十二体に。十二体が二十四体へと。
「さあ」「どうする」「かしら」「英雄」「ジャック」「これだけ」「の数」「相手に」「どうにか」「できる」「か楽しみね」
二十四体のヴァージリアが開戦の合図だと言わんばかりに杖を振るった。莫大な魔力が辺りに満ちていく。
「だからどうした」
直後、ヴァージリアの数が一気に十体ほど減った。
「……へ」
十四体のヴァージリアが、全く同じタイミングで同じように間抜けな声を上げる。
全く見えなかった。気づいた時にはヴァージリアの体は切り刻まれ、肉片どころか塵となって消えた。
対して、ジンは笑う。
「うんうん、これは幻覚。これは本物の体じゃない。だったら自分ルールを破ったことにはならないですよね。だって、これは幻なのだから」
雰囲気が変わった。
冷たい刃のような殺気が、ヴァージリアの魔力を切り裂く。赤く長い髪がジンの殺気に応じるかのようにうごめく。
人を殺す力を持った得物をヴァージリアに向ける。
ジンは歓喜を誤魔化すことなく顔に出し、言葉にする。
「……じゃあ、せいぜい気張って切り刻まれる体を作ってくれよ、魔人!」
開戦の言葉を。
同時に、英雄と魔人が真正面からぶつかり合った。




