襲撃
「……カンナが楽しそうなのは珍しいですね」
ジンは一人で宿の屋根にいた。腰にはロングソードが下げられている。
宿の中からは内容は聞こえないがサクラ姫とカンナが楽しそうに話しているのが聞こえてくる。
カンナが楽しそうだから暗殺者から姫を護るくらいなら全然いいかもしれない、そう思えた。
「おいジン、そっちは何かあったか」
軽やかに屋根を跳び移ってアレンがジンの所へやってくる。
「こちらは何も。暗殺者が本当にいるのか分からないくらい静かです」
時刻はもう既に真夜中の二時だ。後四時間もすれば明るくなり、暗殺者も動き辛くなる。
そもそも暗殺者が今夜動くとは限らないのだが。
「油断だけはしては駄目だ。油断した瞬間に殺されてもおかしくないんだから」
「アレンが気付けなかったら我々が何か出来るわけないじゃないですか。確かに護身のために鍛えてはいますが衛兵や騎士には敵いませんよ」
「……と言いながら彼らの気配は完全に手練れのそれなんだが」
「気配だけですよ。気配だけ」
軽く会話をしながらも彼らは周囲への警戒を怠らない。何かあってもすぐに対応は出来るようにしていた。
「こんばんは、英雄さん?」
なのに、その気配を感じた瞬間、それらの努力は全て消え去った。
アレンは声のした方向に剣を向ける。そこには十にも満たないであろう小さな少年がいた。
少年は黒いマントを身につけ、幼く綺麗な容姿は月明かりに照らされて良く見えた。
おかしなところはない。なのに向かい合うだけで圧倒的な力を感じ、身体が逃げろと悲鳴をあげていた。
「何者だ貴様は!」
それでも流石と言うべきか、アレンはそれを表面に出さずに言う。
少年はそれに反応せず、語るように話しかけてくる。
「鳥も翼をなくなってしまえばただの的だよね」
「何の話だ!」
「さあ英雄さん? 英雄さんは大切な花を護れるのかな?」
それだけを言うと少年は空へと浮いていく。
「重力魔法? いやしかしこれは……」
「さようなら、英雄さん」
バンッ! という音と共に、少年は霧になって消えた。
「……何者だ奴は」
「それより彼の言っていた事が気になります。鳥だの的だな意味が解りません」
「まああまり気にする必要もないか。それより俺は警戒に戻る」
アレンはそうジンに言ってどこかへ跳んでいく。
ジンは一人少年に言われた意味を考える。
「鳥に、翼? ただの的。花というのははサクラ姫だとして……」
うーんと唸っていても解らない。
だからこそ、気づくのに遅れた。
ゴッ!! と突然重圧が襲いかかって来る。
「がっ!」
ジンは重圧に耐えられず、勢い良く屋根に叩きつけられる。
屋根が嫌な音を立てているが気にしてる場合ではない。気合で頭を上げて辺りを見渡す。
遠くの民家の屋根の上に、黒いローブを着た杖を掲げる男がいた。口を絶えず動かしているから呪文を詠唱をしてるのだろう。
「くっ!」
こちらも重圧に対抗するために魔法の詠唱を始めようとする。
しかし、その前に屋根が大きく亀裂が走り、屋根が崩れた。
「っぶ!」
「ジンさん!?」
「な、なんですか!?」
崩れ落ちた先はちょうどカンナとサクラ姫のいた部屋だった。二人は突然上から落ちてきたジンに驚いている。
「っ、カンナさん! 防護魔法を展開してください!」
落ちた際に重圧は消えた。自由な体を取り戻したジンはカンナにそう告げる。流石に戦わせるわけにはいかない。
大きく跳躍して屋根に戻ると、黒装束の男達とジンの仲間たちが交戦していた。
「獄炎!」
「水魔!」
「飛べやオラァァ!」
「くそ! こいつ一般人じゃないのか!?」
炎の塊や水の塊、剣や斧がぶつかり合っていた。真夜中に騒がしくしているせいで人々は何事かと戦いを見ている。
アレンの部下であろう騎士たちが遅れてやって来た。その途中で騎士たちは野次馬たちにこの場から離れるよう指示を飛ばす。
「暗殺って、なんでしたっけ?」
言いながらもジンも腰から剣を引き抜く。
何人かそれに気づいてジンに注意が向くが、その剣に刃がないことに気づきニヤリと笑いながらジンへ襲いかかる。
「起動!」
ジンの声に反応して剣が淡い光に包まれる。光は形を変え、剣の刃へと形を変えた。
魔法を使える者が見れば、その刃は魔力で作られた物であることに気づいただろう。
気づくことができずに不用意に襲いかかって来た奴らを、ジンは纏めて吹き飛ばす。
その隙を突いてジンの背中を斬ろうとした襲撃者は、横からアレンに体当たりされて吹き飛んでいく。
「アレン! ちょっとまずくないですか⁉︎」
「ああ! 凄く危険な状態だ!」
ちらっと見ても暗殺者の数は三十は超えている。対してこちらは十人しかいない。圧倒的に不利な状態だ。
「このままだと姫が……」
「暴れ出す可能性がある! 迅速にこいつらを取り押さえないといかん‼︎」
殺されるかもしれない。と続けようとしたジンは、咄嗟にアレンの言葉の意味を理解できなかった。
「暴れ出す、ですか?」
「まずいな、この人数だと姫の魔法を全て弾けるかどうか……っ!」
「いや、あの、アレン? なんだか話が見えてこないのですが――っ!?」
アレンに話を聞こうとしたその瞬間。
ゴォッ!! と、莫大な魔力が辺りを満たし尽くす。
その直後、ボンッ!! と少し離れた所で火柱が上がった。
「っな!? こんな街中で……」
「まずい!サクラ姫だ!!」
ゴウッ! と突風が吹き、暗殺者が数人空高く舞った。
「総員!制限を解除!!全力で当たれ!」
「「「了解!」」」
アレンのかけ声と共に騎士達が暗殺者達を無視して何かに備える。
「え? アレン? なんで皆さん暗殺者放置してるんですか?」
事態を把握できずに、ジンの仲間たちも放置された暗殺者もポカーンとしている。そんな彼らをガン無視して、アレンは叫ぶ。
「くるぞ!!」
気づいた時には、大量の光が視界を埋め尽くしていた。