語られない伝説・No.18
飛んできた短剣を剣で弾き、
「この」
飛びかかってきた暗殺者を蹴り飛ばし、
「くそ」
倒れている街人をナスタに投げつける。
「ったれめ!」
「わわっ、わー!?」
ナスタが街人を受け止められていなかったがそんなことは予測済み。ナスタには緩衝材程度の役目しか期待していない。
暗殺者たちを蹴散らしながらジャックは叫ぶ。
「ラーシャ! さっさとしろ!」
「まだ十分も経ってないわよ」
ラーシャの周りでは大量の魔法陣が現れては消えてを繰り返している。幾つもの魔法を並行して行使しているラーシャだが、その顔に滲み出ているのは疲労ではなく焦りだ。
ラーシャに飛びかかろうとした暗殺者に近くで転がっていた別の暗殺者を投げつけながらジャックは叫ぶ。
「ナスタ! 結界は!?」
「や、やってもいいですけど、その場合ジャックさんより外側の人たちを結界内部に入れることができなく……」
「暗殺者共を結界内に入れてもいいからやれ! こいつらさっきから人形が混じってやがる。このままだと延々と攻撃され続けるぞ!」
そう言いながらジャックは暗殺者の一人の首を跳ね飛ばす。首と体が分かれた暗殺者だが、傷口から出るのは血ではなく黒い煙だ。しばらく煙が出続けながら体が萎んでいき、最後には体が霧散して消え去る。
「瘴気!? 高位の魔法をこんなに使えるなんて……」
「おい待てこれ瘴気かよ!? これの煙って確か吸い込んだらやばくなかったか!?」
ジャックの知る中でも極悪の魔法だった。
毒の煙にかけ、人形にする魔法だ。人形はゴーレムなどと同じように術者の命令を聞き、人の形をしているので見分けもつきにくい。さらに倒した場合周りに毒の煙を撒き散らすのだから余計にタチが悪い。
煙から距離を取ろうとするのだが、それを許さないかのように暗殺者たちが襲いかかってくる。
どれが人形か分からないので全員を殴り倒す。何人かは瓦礫に頭をぶつけ、毒の煙を撒き散らす。
「瘴気を使ってる奴がどいつか分かるか?」
「は、はい! えっと……あそこです!」
ナスタが暗闇の中を指差す。ジャックは暗殺者たちを蹴散らしながら確認をするが、そこには闇が広がるのみだ。
さらに、
「おい魔力を感じないぞ! 本当にそこなのか!?」
「ま、魔力自体はなくても瘴気の人形が出てきてるのはさっきからそこだけです! ……魔力はないですけど」
「ラーシャ! 確認!」
「そんな暇あると思ってるのかしら? 私今二十ほど魔法を同時展開してるのだけど」
「ああもう!」
ジャックは近くに落ちているたいまつを拾い上げ、ナスタが指差した方へと放り投げる。
たいまつの炎が暗闇を照らすが、そこに人影はない。あるのは煙を出す大きめの壺だけだ。
「…………あれはなんだと思う?」
「知らないですよそんなの」
「……見た所、召喚器のようね」
さらに巨大な魔法陣を周りに作りながらラーシャが壺の説明をしてくれる。
「要するに勝手に魔法を使ってくれる便利な道具ね。猛焔の紅槍とはレベルこそ違えど、性質そのものは同じ物ね。あれも『神の炎』を吹き出すことができる物だから」
「……今なんかすっごいこと言った気がするが……」
ジャックは手頃な石を掴み取りながら言う。
「あれを壊せば止まるんだよな? だったら早いとこ……」
「止めといた方がいいわよ。あの手の物には……」
ラーシャが何かを言いかけたが、それよりも早く行動を起こしてしまった。
「斬魔!」
ナスタが。
「「……あ」」
ナスタの手のひらから生み出された風の刃は壺をあっさりと壊した。煙が風で撒き散らされていき、――やがて収束していく。
「……あの手の物には、防衛機能がついてるのよねー」
「ちょっと待て、なんか暗殺者共逃げ出してるぞ。これ、かなりやばい気がするんだけど」
魔法で生み出された人形たちも煙となり、煙はどんどん集まっていき巨大になっていく。
やがて煙は形を持ち、質量を持った。
それは、巨人だ。軽く三十メートルはいきそうな巨体に、それに見合わない細長い腕が生えている。細長い代わりなのか、肩口から腰の辺りまでから同じような腕が何百本と生えていて、人間でいう手の部分は刃となっていた。
「結界を張れ!!」
ナスタが慌てて結界を張ったのとほぼ同時だった。
世界が、夜の闇とは違う、異質な黒に染まった。




