偽りの魔人
魔人たちが一万人やってきた。
その事実の重みは、魔人の実力を知る者しかわからないだろう。なにせ一般的に知られている魔人の情報は『莫大な魔力を持った者たち』程度しかないのだ。たかが魔法使いと侮り、魔人に葬られた戦士たちの数は少なくない。
さらに、魔人が沢山いると普通に殺すだけだととんでもないことになる。
魔人は、死んだ生命から魔力を吸い取ることができる。彼らは遥か昔から生命を殺し、魔力を得ることで強くなってきた種族だ。
魔人からすれば、戦争は強くなる絶好のチャンスと言える。何故なら戦争をすれば敵味方問わず沢山の生命が死に、それらから魔力を得られるからだ。
そう、『敵味方』。魔人は味方の誰かが死んだ瞬間、その魔力を吸い取り、力を得る。つまり、頑張って魔人を一体倒しても、別の魔人がさらに強くなるだけだ。
今回の魔人の数は一万。つまり最後に生き残った魔人は、魔人一万人分の強さを持った者ということになってしまう。一人でも一国を壊滅させられるというのに、一万人分の魔力を持った魔人なんて現れたら文字通り世界が終わってしまう。
対処法としては全員を同時に殺すことなのだが、魔人たちもそんなことは分かっているので全力でそれを阻止してくる。一人二人なら纏めて殺すとかで何とかなるが、一万人もいるともうどうしようもなくなってくる。
(どうする、どう対処するのが正しい!? 真正面からぶつかっても絶対に勝てない。かと言って搦め手でチマチマ削っても一人一人の質が高くなるだけ! 全員纏めて吹き飛ばすか? 駄目だ、魔人全員殺せるくらいの威力の攻撃なんてしたら大陸が壊れるし、それ以前にんなことできるのなんて猛焔の紅槍レベルの武器だけだ!)
ジンが必死に考えている間も、事態は勝手に進行していく。
一万の魔人たちが動き出せば、もう誰にも止められない。ジンでも数秒でズタボロにされてしまうだろう。
(くそ! そもそも一万人も魔人が来るのかおかしいんだよ! 一万人ってあいつらの総人口よ半分じゃねえか! ……ん? 一万?)
何かが引っかかった。その違和感が、ジンの思考を落ち着かせていく。
(一万人……そうだおかしい。魔人が一万人もいればとんでもない魔力を感じ取れるはずです。少なくともこんな時間まで呑気に気絶するなんてことはありえません)
切り開いていく。
感じた違和感を頼りに、少しずつ答えに近づいていく。
(そもそも魔人の戦士たちって一万人、人口の半分もいるもんですかね? 私たち人間全員が戦えるわけではないように、魔人たちも全員が戦えるわけではないでしょうに。……戦闘民族とでも言われたらアレですけど)
「あ、あの、ジャック殿」
考え込んでいたジンにバンが話しかける。バンは不安を隠すことなく喋る。
「何を考えているのか自分には分かりませんが、その、今は何かを考えるより魔人たちをどうにかするのが一番ではないでしょうか? ここでこうしている間も魔人たちが攻めてきているわけですし」
「……いや」
ジンは外の方を見て、そしてバンの方へと振り返りながら叫ぶ。
「バンさん! 今すぐ兵士たちを連れ戻してください!」
「へ? な、何故でしょうか? 確かに魔人たちは強大かもしれませんが、我々も少しはお役に……」
「そういう問題じゃあないんですよ! その魔人たちは囮です! 今すぐ街に戻って民衆を避難させないといけません!」
「お、囮ってなんですか!? 魔人が一万人いて囮って、本命は魔王とでも言い出すんですか!?」
いつの間に気がついたのか、カンナが起き上がってジンの腕にしがみついてきた。見ればアレンやサクラたちも起き上がってきている。全員顔が真っ青だが。
ジンは腰の剣に手を当てながら言う。
「気がつきませんか? 魔人が一万人もいる割には、感じ取れるあまりにも魔力が少なすぎることに」
「……え? えっと、確かにそう……ですね」
「考えるに、その一万の魔人たちは戦えない一般人、もしくは魔人の作った幻覚か何かでしょう。じゃあなんでそんなのを置いた? ……簡単ですね。私たちをおびき寄せるためです」
「……それでは、今向かっている兵士たちは」
「罠が仕掛けてあるのかどうかは分かりませんが、ロクでもないことになるのは確かです! 今すぐ連れ戻さないと大変なことになります!」
ジンの話を聞いて、カンナたちの顔色が良くなっていく。一万人の魔人たちと戦う必要がないと分かって安心したのだろう。
ジンはバンに向けて叫ぶ。
「バンさん、早打ちを出してください! 今言ったことを彼らに伝え、民衆の避難をさせてください! 魔人たちの出方がわからないので、とにかく安全を優先してください!」
「……すいませんジャック殿」
バンは顔を伏せ、決して大きくない声で言う。
「それは、できないんですよ」
「早打ちがいないんですか? だったら私が行ってきます! 魔人たちに備えておきたいですが、兵士たちを見捨てるわけにも……」
「そうではありません」
バンは手のひらを顔に押し当て、呟く。
「――俺の役目は、お前たちをここで足止めすることなのだからな」
「……っ!?」
ジンは即座に反応し、バンを斬り伏せようとする。だが、相手の動きの方が早かった。
「――爆轟!」
直後、轟音と共に部屋が爆炎に包まれた。




