語られない伝説・No.17
「……やれやれ、ジャックさんは頑張って仕事しましたよーっと」
瓦礫の山に腰掛けながらジャックは携帯食料を口に入れる。炊き出しは相変わらず人が並んでいて、待つのが面倒になったのだ。
因みにこの携帯食料、餅に野菜や肉を混ぜ込んで乾燥させた物なのだが、味気がなくとても不味い。最低限の栄養は取れるのだが、普通にご飯を食べた方が栄養的にも味的にも良いのは明らかだ。
「慣れれば食えんことはないけど、やっぱり不味いなぁこれ。握り飯みたいに塩でもかければマシになんのかね?」
千切った携帯食料を口に放り込み、そのまま飲み込む。咀嚼してもゴムみたいな味しかしないのでできるだけ噛まないようにしているのだ。
そんなこんなで夕飯を食べ終え、ジャックは瓦礫の山から飛び降りる。
空は赤焼け、月が顔を出そうとししていた。少しすれば辺りから太陽の光が消え、夜が訪れる。その前にやっておくことがあるのだ。
『灯火』
周りを見れば、ラーシャの作った魔導機に乗った人たちが魔法の光を作り出していた。そこから少し離れた所ではたいまつを持って歩いている人がいる。
彼らは今、夜に備えて明かりの確保をしていた。夜に作業をするつもりはないが、暗闇だと周りの状況を見ることができなくて困るのだ。
(……まあ、火事場泥棒が出ないとは限らないしな)
そんなことを考えながらジャックも彼らと同様に明かりを作りに回る。本当は魔法を使えれば良いのだが、ジャックは魔法を使えないし、一般人たちはそもそも魔法がどんな物なのかも把握できてない。今から魔法を教えて回るよりたいまつと燭台を持たせた方が効率は良いだろう。
ジャックが街中を走ったり瓦礫に引っかかった魔導機を誘導したりしていると、ラーシャがニコニコ笑顔で近づいてきた。
「どんな感じ?」
「どんなも何も、見た通りだろ。とりあえず寝泊まりする場所の明かりは確保できてるし、問題ない。……つーか、お前が灯火使えばいいんじゃねえか? お前なら太陽みたいなの作れるだろ」
「嫌よ疲れるし。そもそもそんなに明かりはいらないでしょう?」
「まあな。太陽と体が勘違いして昼夜逆転しても困るし」
そんなたわいのない話をしながら二人はゆっくりと人気のない場所へと移動する。怪しまれないように、自然体で。
「さて、気づいてるんでしょ?」
「こんな時にご苦労さん、といっか感じだな」
ジャックはそう言いながら懐からナイフを取り出した。動物などを解体する為に使う大型のナイフだった。
ジャックは無言で暗闇に向けてナイフを投げつける。放たれたナイフはクルクルと弧を描きながら暗闇に消え、ドサリと何かが倒れた音がする。
ジャックがたいまつを持って暗闇を照らすと、そこには黒装束の男の子が倒れていた。ナイフは男の首へと突き刺さり、既に男は死んでいた。
「野蛮」
「体を分子レベルに分解できるお前に言われたくない」
ナイフを回収しながらジャックは男の持ち物を調べる。男からは投擲用のダガーに、刃に塗る為の毒入りの瓶が見つかった。
ラーシャは毒入りの瓶を拾い上げ中身を確かめると、つまらなさそうに放り捨てる。
「毒、ねぇ。中身は猛毒みたいだけど、スマートじゃないというかなんというか……」
「お前解毒魔法も使えるから、これでナスタ殺そうとしても止められてたな」
「まあ暗殺者なんてろくな人がなるものじゃないし、大した腕前じゃないのばっかりだから、こういった搦め手に頼るしかないのかしらね」
「いや、暗殺者が真正面から標的に向かうのもおかしい気がするけどな……」
「相手にもよるでしょ。例えば何でもない普通の人なら真正面から殺してさっさと逃げるでもいいでしょうに」
「見つかる危険もあるから搦め手とかの方が良いとはお……も」
男の遺体の側でベラベラと喋っていた二人だが、途中でジャックの口が重くなり完全に閉じる。
ジャックは放り捨てられた瓶を拾い上げながらラーシャに問う。
「なあラーシャ、ちょっと確認いいか?」
「何かしら?」
「こいつらの気配を感じるようになったの、いつだったけ?」
「いつって、確か夕飯の前くら……」
ラーシャも気づいたのか、その口が閉じる。
「……もし、もしだぞ。夕飯の時、俺は携帯食料取りに行ってて、お前も魔導機の調整の為に出ていた時、公園で炊き出しの準備中に、こいつらが毒を入れてたら……」
「…………」
しばしの沈黙。そして、
「……ジャック! 周り暗殺者共を全員叩き潰しときなさい!」
「お前は解毒の魔法をかけて回れ! 急げよ、まだ効果が出てないていうことは遅効性みたいだが、油断してて誰かがおっ死ぬのなんて許さんぞ!」
二人は叫ぶと同時に動き出す。ジャックは辺りの気配を探りながら走り出し、ラーシャは公園の中心に転移し、解毒の魔法をかけて回ろうとする。
だがラーシャが解毒の魔法をかけるよりも早く、街人たちに変化が訪れる。
バタバタと、悲鳴を上げることさえなく街人たちが倒れる。あっちこっちでたいまつが倒れ、その炎によって瓦礫の木材が燃えあがる。
まるでそれらを合図にしていたかのように、暗殺者が一気に動き出す。
「え? え?」
何故か倒れていないナスタの元へ暗殺者たちが放ったダガーが飛ぶ。ラーシャが珍しく焦った顔をしながら杖でダガーを弾く。
「ジャック!」
「へいへい分かってるよその前にちょっと道作れ多すぎる!」
ジャックの要望に応え、ラーシャはクルリと杖を回転させながら叫ぶ。
「――風槍!」
風の槍が生み出され、放たれた槍が暗殺者たちを吹き飛ばす。暗殺者が吹き飛ばされたことによって出来上がった道を通ってジャックはナスタの元に辿り着く。
「あの、なんですかこれ!?」
「なんで動けてんだこいつ?」
「炊き出し食べてないんじゃない? 他の人に譲ってたとかで」
それよりも、とラーシャは周りを見回しながら言う。
「数が多いわね。あいつらも問題だけど、街の皆に解毒かけないといけないのが辛いわ」
「どれくらいかかる?」
「……三十分」
「……一人二人ならともかく、この数を俺だけで守りきるのは……キツイな」
舌打ちしながらジャックはナスタの背中を叩く。
「簡単に状況を説明。暗殺者が来た。このままだと皆殺しされるから頑張って全員守れ、以上!」
「あ、暗殺者!? あの、私はどうすれば……」
「防護の魔法でも張ってろ!」
ジャックは剣を両手で持ち、暗殺者たちを睨みつける。
(……本当は、ここの奴らを何人か見捨て速攻で終わらせるのが最良なんだろうな。ラーシャが解毒に回らなければ、おそらく五分とかからない)
ただし、それだと間に合わない命が出てくる。既に毒の効果は出ていて、彼らは危険な状態にあるのだ。
それでも、ジャックとナスタで全員を守るよりは確実だろう。
だが、
(お姫様のお手伝い、か。こいつはどうせ見捨てないだろうなぁ。そういう奴なのは少し見てるだけでわかるし)
「はぁ」
「ジャックさん?」
「うるせえ前だけ見てろ」
守るべき者は多く、敵もまた多い。
厳しい戦いに、ジャックたちは自ら踏み込んでいく。




