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語られない伝説・No.16

 ジャック、剣を捨てペンを持つ。

「だ・か・ら! どう考えてもおかしいだろうかああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「おーい兄ちゃん、大丈夫かー?」

 突然叫び出したジャックを割と本気で心配する男の声を聞き、ジャックは落ち着いて状況を整理する。

「えーと、確か街が竜騎士に襲われてボロボロになったんだよなうん。んで、今は何処がどれくらいの被害を受けたのかとかを調べてる途中だったは……ず……」

 言っている途中でジャックは膝を着き、またも叫ぶ。

「だからおかしいだろこれ!? 俺! 傭兵! 何してんの、全体的に俺は何してんの!? なんで俺はこんなことしてんの!? もう嫌だ竜騎士共と戦ってた方が百倍マシだというか全てを忘れて別の大陸に渡っちまいたい!!」

 何やらギャーギャーと叫ぶジャックを怖がったのか、周りの人たちがコソコソとジャックから離れていき、ヒソヒソと何かを話している。

 流石に迷惑すぎたと思い、ジャックは早足でその場から離れる。ふぅと一息つき、空を見上げる。

「……もう昼か。確か炊き出しとかやってたな」

 一旦気持ちを落ち着かせることにし、昼飯を食べに向かう。

 炊き出しは比較的被害が少なかった街の中心より少し外れた公園で行われていた。ちょうどお昼時に来てしまったのもあり、沢山の人が並んでいる。真面目に待っていたら一時間は軽く経ちそうなくらい。

「……ミスったなぁ。くそ、もっお早めに切り上げれば良かった」

 頭をガリガリと掻きながらそんなことを呟き、来た道を引き返す。一時間も立ちっぱなしで待つくらいなら、その間やることやっておいた方がいいと判断したからだ。

 ……のだが、街中を歩いていても中々に面倒臭い。何せ街が半壊しているのであっちこっちに瓦礫の山が築かれていて、それらを一々取り除いているとかなりの時間がかかるのだ。別に飛び越えてもいいのだが、その場合周りの人に何とも言えない目で見られるし。

 瓦礫を取り除いて道を作りながら、ジャックはファイルに被害状況を記入していく。

「北は他に比べるとマシだけど、それでも酷いなこりゃ。復旧するのにどれがけかかるのやら。……そして俺はどれだけ拘束されるのやら」

 溜め息をつきながら歩いていると、魔導機が瓦礫を担いで飛び回っているのが見えた。機体に損傷がないのは流石ラーシャの作成物、といったところか。どの魔導機にも傷一つない。

「……あんなのが有るんだから、俺働く必要なくね?」

「何言ってるんですか。ジャックさんもきちんと働いてください」

 ジャックがボヤいたのを偶々聞いたらしく、ナスタがこちらに歩いてくる。その手にはジャックと同じファイルがあった。

 ジャックは手元のファイルをナスタへ投げつけながら言う。

「俺の職業傭兵なのを忘れてるだろお前。傭兵って普通ならこういう状況になったら火事場泥棒に走るからな?」

「……お金になる物、ありますか?」

 ナスタの言う通り、殆どの物が瓦礫の下、もしくは瓦礫に押し潰されて使い物にならなくなっている。どんなに見事な壺でも、割れて破片だらけになってしまってはただのゴミだ。

「……はぁ。もう傭兵辞めてどっか田舎で暮らそうかな」

「その前に今の依頼を達成して貰えますよね?」

「へいへい、依頼はしっかりとこなしますよー。……そう言えばあの野郎に言われたのって王位継承問題を解決しろじゃなくて、こいつの手伝いをしろって言われただけなんだよなぁ。ってしかも期間を決めてなくね!? あれ、俺はいつまでこいつの手伝いをし続ければいいんだ!?」

「もう一生でいいんじゃないの?」

 ぬっと、突然ラーシャがジャックの真横に現れる。どうやって来たのかとか、火炎に巻き込まれたはずとか、今まで何してたとか、そういったことを聞いてはいけない。というかラーシャのやることを一々気にしていたらストレスで寿命が一瞬で無くなってしまう。気にしないことが一番だ。

 とりあえず顔が近いので遠くに押しやりながらジャックは言う。

「お断り。何が悲しくて一生をこれの元で終わらないといけないんだ。俺は傭兵自由の鳥。特定の誰かに仕えるよりあっちこっちを飛び回る方が良いよ」

 ジャックはそう言い放ち何処かへと歩き去っていく。何か目的があるのではなく、単純にラーシャと一緒にいるのを嫌がったのだろう。疲れるし。

 離れていくジャックを見ながらラーシャは銀の杖をクルクルと回しながらポツリと呟く。

「あらあら、これだなんて失礼ね」

「あ、あはは……」

 ラーシャは銀の杖を手放す。杖はクルクルと回りながら移動し、ナスタの目の前で静止する。

「あげる」

「へ?」

「その杖、貴女にあげるわ」

「あ、ありがとうございます……」

 ラーシャは恐る恐る杖を手に取る。杖は恐ろしく軽く、しっかり握っていないと勝手に何処かに飛んでいくんじゃないかと思うほどだ。

「……ねぇ、ナスタ」

 ラーシャがナスタに背を向けながら言う。

「ジャックのこと、ちゃんと見てあげてね」

「ジャックさんを、ですか?」

「彼は子供よ」

 ナスタがジャックの歩いて行った方を見ると、瓦礫が空へ飛び、そのまま塵となったのが見えた。瓦礫を吹っ飛ばしたらしい。

「愛を知らない、ただの子供。歪過ぎて逆に正常に見えることはあるけど、彼の根底にある物は酷く汚れているわ。少なくとも、私ではその汚れを消し去れないほどには」

 ラーシャは振り返り、微笑を浮かべる。

「その汚れを貴女に消して欲しいわけではないわ。ただもし彼が、ジャックが自身の欲望に従うがままに動いたら、その時は……」

 少し間を空け、ラーシャはゆっくりと口を開く。

「止めてあげて。彼が、ジャックが人ではなくなるのを」

 ラーシャはそう言うとジャックのいる方へと歩き出し、その姿は一瞬で消える。直後、遠くから何やら騒がしい声が聞こえてくる。ジャックにまた何かちょっかいでも出しているのか。

 ナスタは銀の杖を強く握りしめ、そして大きな溜め息をつく。

「……やるべきこと、多いですね」

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