語られない伝説・No.14
ファルムニルは、竜騎士王の名に恥じない強さを持っていた。
猛焔の紅槍に頼らずとも、ジャックを圧倒するほどに。
「ちっ!」
槍を紙一重で避けながら、ジャックは地面を蹴ってファルムニルへと近づき剣を振るう。
百の兵士を吹き飛ばす威力を持つ一撃を、ファルムニルはガントレットで軽く受け止める。
ゴッ!! と空気が震えた。その衝撃で周りの建築物が紙くずのように舞う。
その一撃を受け止めたファルムニルはニヤリと笑い、腕を振るって剣ごとジャックを押し飛ばす。
宙を舞ったジャックに向けて、ファルムニルは槍を向け、一閃。
ジャックは宙で体を無理やり捻ることで槍をギリギリのところで避ける。
直後、槍の軌道上の大地が裂けた。
ガリガリと地面が削られ、大地が二つに分かれる。岩が爆発し、欠片がジャックに向けて飛んでくる。
「……んの!」
ジャックが剣を振るい、空気を切り裂いた。速すぎる斬撃は真空を生み、そこを埋めるように空気が動く。真空となった場所以上の大量の空気が移動し、反発し合う。
それらは空気の爆発という現象を引き起こし、岩の欠片を纏めて吹き飛ばす。
空気の爆発に乗じて、ジャックは一気にファルムニルから距離を取る。
だが、ファルムニルは笑う。
「離れていいのかな?」
槍を持つ手に力が籠っていく。力強く槍を掴みながら、ファルムニルは槍に命ずる。
「威力は弱の弱。放出は一点に集中」
槍が莫大な熱を発し始める。所有者であるファルムニルや竜のニルヴァルナも焼き尽くしそうなものだが、何らかの結界でも張ってあるのか涼しい顔をしている。
「っ!」
ジャックはとにかく槍の穂先から逃れるように横へと跳ぶ。
だがファルムニルはジャックの移動先をしっかり捉え、力強く叫ぶ。
「――猛焔の紅槍よ、我が眼前の敵を焼き尽くせ!」
直後、巨大な炎の柱が立ち上がった。
威力がどうとか、そういう問題じゃなかった。
ただただ、全てが焼き尽くされた。
シルスベールの大地が、一瞬で灼熱地獄へと変わった。
「……ふん」
その中心で、ファルムニルはつまらさそうに立っていた。傍らに立つ竜も、主のファルムニルに同調するかのように唸る。
「傭兵にしては中々やるようだが、所詮はこの程度。まだ猛焔の紅槍は全力を出してはいないし、ニルヴァルナも手を出していないというのに」
本来、竜騎士は一人で戦うものではない。従える竜と共に戦場を飛び交い、竜と共に戦うことが本来の形なのだ。
これでもまだ小手調べ。
これでもまだ、彼は本気を出していない。
彼らの実力は飛び抜けすぎている。故に全力を出せる存在に飢えているのだが……。
「……遊びは終わりだ。さあ、ナスタ・ハルムイの元へ行こうか、ニルヴァルナよ」
クルルルッ、と竜は鳴き体を低くする。ファルムニルは竜の背に乗り、竜は力強く羽ばたく。
「……どこに行くつもりだ?」
「っ!?」
ジャックの声が聞こえ、ファルムニルは槍を構える。竜は臨戦態勢をとるかのように口から炎を吐く。
ジャックは、身を隠すことなく、灼熱地獄の中平然と立ち上がった。
傷一つ、なかった。
灼熱地獄に立ちながら、彼は笑う。
獰猛に。獣のような笑みを浮かべる。
「おいおいどうした竜騎士様よ。俺はまだ生きている、立ち上がれる、剣を振るえるぞ。……ここで終わらせるには、早すぎるんじゃねえのか?」
ゾワリと、得体の知れない力がジャックを包み込む。
その力は、魔力によく似ていた。だが、似ているだけだ。本質も、与える力も、全てが桁違いだ。
剣を持ち上げ、ファルムニルに向けながらジャックは言う。
「さあ、殺し合いを楽しもうか」
「…………」
そうか、とファルムニルは呟く。
獰猛に笑うジャックを見て、彼は分かってしまった。
彼もまた、自分と同じなのだと。
彼もまた、全力を出せる存在に飢えていたのだ。
今更のようにファルムニルは、自分たちがいつの間にか街から大きく離れていることに気づいた。
つまり、誘導されていたのだ。全力を出しても、被害が少なくなる場所へと。
「……はは」
自然と、笑みがこぼれてきた。竜も歓喜しているかのように雄叫びを上げる。
「……よかろう」
ファルムニルは槍を強く握り、自身の半身である竜に全力を出すことを命じる。
「さあ、存分に死合おうか!」
ファルムニルは叫ぶのとほぼ同時。
轟ッ!! と二人と一匹が全力でぶつかり合った。
戦いが始める。
規格外と規格外の、強すぎる為に全力を出せない者たちの、全力の戦いが。




