魔女への対応
「ジン、起きろ! ジン!」
アレンの声が聞こえて、ジンは目を覚ました。アレンはかなり焦った表情をしていた。
眠気を一瞬で吹き飛ばしながらジンは立ち上がる。
「どうしたんですかアレン?」
「た、大変だ! サクラ姫とカンナが誘拐されてしまった!」
「はぁ!? あの二人がですか!?」
ジンにしては珍しく、驚いた声を上げる。アレンはジンの反応に驚きながらも頷く。
「あ、ああ。黒髪の女が、二人と一緒に消えてしまったんだ。あのヴァージリナとは比べ物にならないほどの魔力を持っていた」
「すいません、寝ていいですか?」
「ジン!?」
莫大な魔力を持つ女性、というのを聞いただけでジンはとある魔女の顔を思い浮かべた。その顔を思い浮かべた瞬間、彼の気力は全て消え去った。猛烈な眠気が彼を襲う。
そんな事情を知らないアレンは、急に無気力になったジンを見てオロオロとしている。
「ど、どうしたんだお前!? なんでそんな一気にやる気がなくなったんだ!?」
「……アレン、大丈夫じゃないです。その人は私の知り合いですから」
「ちょっと待てジン! 何か言葉がおかしくなかったか!? 知り合いだから大丈夫じゃないってなんだ!?」
「命の危険はないので大丈夫ですよ。……ちょっとトラウマが植えつけられるかもしれませんが」
「全然大丈夫じゃない!! というかジン! お前は姫の心が乱れた時のあの暴走を忘れたのか!?」
「大丈夫ですよ。あの程度ならラーシャは両手両足縛って目を瞑っていても抑えられますから」
「そいつは人間なのか!?」
アレンが騒いでいるが、ジンは特に気にしない。というか、あの魔女がやることを一々気にかけてたら過労で死んでしまうのだ。
そんなわけで再度布団に横になろうとしているジンに、アレンは必死は叫ぶ。
「待てジン! せめてその女性がどこに行ったかを教えてくれ!」
「次元の狭間、存在しない世界、世界の裂け目、アウトレコグニン。呼び方は様々ですけど、まあとりあえず普通の人には行けない場所に彼女はいます。……一応私一人なら行けないことはないんですが、辿り着くのに不眠不休で一週間かかりますからね。多分夕飯の時間には帰してくれるので、おとなしく待ってた方がいいですよ」
「し、しかしだな……」
「大丈夫ですって。多分彼女たちが帰ってきたら別人のようになってますけど、それも一日限りですから」
「まったく安心できん!!」
アレンが何やら騒いでいるが、もうジンは気にしない。魔女が相手の時は、色々諦めた方が楽なのだ。
とはいえ、放っておくといつまでもアレンが騒ぎそうなので、仕方なくジンはラーシャという人物の説明をする。
五分後には、達観した目となったアレンが出来上がった。
「おとなしく帰りを待つとしよう」
「ええ、それが正解です。わかってもらえてよかった」
アレンが部屋から出て行くと、入れ替わりにラルクが入ってくる。
「ジンさん、起きたのか」
「ええまあ、ちょっと色々ありまして……」
「? まあいいや、ジンさんにお客さんが来てるぞ」
「客、ですか?」
「まあ、いわゆるファンとかいう奴だな。どうする? 会うか?」
「まあ、一応会いに行きますけど。どこにいるんですか?」
「ちょうど下の部屋だとよ」
ラルクに留守番を頼み、ジンは下の階に降りる。途中でジンの仲間の男どもが不思議な行動をしているのを見かけたが、ジンは気にしない。
部屋を控えめにノックすると、部屋から少女の返事が聞こえてくる。
女性のファンか、と思ってジンが苦い顔になる。なんというか、女性のファンは握手だのサインだのを大量にやらされて面倒なのだ。
別に断ればいい気もするが、自分を慕ってくれる人を無下に扱うことをジンはできない性格だった。
部屋の扉が開き、少女が顔を出してくる。
「はい、何かごよ……」
少女がジンの顔を見て固まる。
とりあえず名乗っておくか、と思いジンは英雄の名前を名乗る。
「……えと、こんにちは。ジャック・リル」
クルド、と最後まで言うことはできなかった。
ジンが言い切るより早く、少女が部屋の中へと引っ込んだ。部屋の奥から『本当に来た! ジャックさんが本当に来たわよ!』『え、ほんとに!?』『お茶の準備!』などの会話が聞こえてくる。
暫くの間拘束されそうですね、とジンはポツリと呟いた。




