語られない伝説・No.10
ナスタが兵士たちに連れて行かれた時まで、時間は遡る。
「宿に戻って寝るか」
ナスタを放置して宿に帰ろうとするジャック。
そんな彼は、足を動かそうとした瞬間とてつもなく嫌な予感を感じた。なんというか、放っておくと国ごと滅びそうな予感を。
(つーかこの感じは……っ!?)
バッ! とナスタが連れ去られた方に振り向く。その方向の空には見逃してはならない変態がいた。
なんかよだれダラダラ流しながら叫んでいる。声は聞こえなかったが、なんとなく「ウヒョォォォォォォォ!」と言ってるのがわかってしまった。
その後の行動を容易に想像できたジャックは、変態の動きを止めるべく行動を開始しようとする。
とりあえず剣でぶん殴っとくか、と思いながら剣を抜こうとすると、誰かに肩をチョンチョンとつつかれた。
「あ? ……おいなんでいるんだ変態」
後ろを向くと変態、ラーシャ・プリムレルが立っていた。……さっきまで空にいたのに、だ。
改めて空を見ると、ラーシャらしき変態は空でウヒョウヒョ叫んでいるように見えるが、それだけだ。そこから動く気配が全くない。
とか思ってたら空のラーシャはドロンッと煙を出して消えてしまった。後ろにいるラーシャを見ると東洋の隠密特有の印を結んでいた。
「影分身の術。ドロンドロン」
なんとなくムカついたので剣でラーシャを吹き飛ばすが、吹き飛ぶ途中で丸太に姿が変わってしまった。
またもやジャックの後ろに立つラーシャはこう答える。
「空蝉の術。ドロンバフン」
「……空蝉の術は衣服だけが残る忍術だぞ。丸太は変わり身の術」
「……か、変わり身の術。ドロドロン」
「効果音やめろ、腹立つ」
軽く殺意を込めて言うと、ラーシャはしょうがないわねと言いつつ止めてくれた。
はあー、とジャックは大きく息を吐く。この女性を一人で相手にするのは精神的に疲れるのだ。
「で、お前はなんでこんな所にいるんだ。ラーグに永住するんじゃなかったのか?」
「あそこの国はいいわよ。女性の方が魔法に優れてるとかいう理由で、国民の七割くらいが女の子なんだもの」
「……あんまり手を出すなよ。国と喧嘩することになっても絶対助けないからな」
「…………(とか言いつつ、本当にそんなことになったら助けてくれるのよね……)」
「何ブツブツ言ってんだ」
「悪口」
「言い切ったなおい!?」
ケラケラとラーシャは笑っているが、ジャックとしては頭を抱えるばかりだ。出会う度にこんなやり取りをしている気がした。
「まあそれはともかく、私がここに来たのは美少女の発掘よ」
「化石みたいに言うな」
「国なんて小さな枠組みに私は収まらないの。私は世界中を見て、可愛い女の子を独り占めしたいの」
「スケールはデカイがやってることが酷すぎるぞ」
「大丈夫よ、魔法の研究もちょんとしてるから」
「またゲテモノ作る気か? 前のアレ以上の奴は勘弁願う。アレも死にかけたし」
「大丈夫よ、今度は自爆装置付けるから」
「……爆発に巻き込まれる未来しか見えないんだが」
そんな雑談をしていると、ジャックはあることを思い出した。
「なあ、お前は俺に借りがあるよな?」
「きゃーえっちー」
「…………」
割と真面目な話をしようとした時にふざけられて怒ったジャックは、ラーシャを湖に向けて思いっきりぶん投げる。
水切りの石みたいに湖面をラーシャは跳ね、向こう側に着いた瞬間ビデオの逆再生みたいに戻ってくる。
「それで、改まって何かしら?」
何事もなかったようにラーシャは振る舞う。実際、彼女はあの程度では何も思ったりしないが。
「ちょいとやってほしいことがある。……俺は別にどうだっていいんだが、連れが気にしててな」
「回りくどいのはいいから早く用件を言いなさい。国を作り変えるくらいならできるから」
「……お前ならそれくらいやりかねんよなぁほんと。まあそんな規模は大きくない」
ジャックはそう言いながら街を指差す。
「向こうに可哀想な奴らがいる。あいつらをそこらの人間と同じくらいに幸せにしてやってくれ」
「……なんでその願いでこうなるんですか?」
そう呟いたナスタの視線の先には、ガシャンガシャン音を鳴らしながら動く鉄の塊が。
ナスタの問いに対して、ラーシャはこう答える。
「施しを与えるだけでは問題の解決はできないもの。だったら彼らに仕事を与え、生きていく手段を与えないといけない。だけど私が消えた瞬間潰れるようでは駄目。そのことを考えると旅館は結構良いのよ。旅人なんて絶えることはないし、温泉があれば沢山人が来る。それに、誰かの役に立てることは幸せだもの」
「長々と言ったけど、本音は?」
「ちょうど地下に温泉が眠ってたけど、掘り起こすのは面倒だったからやらせてる」
ラーシャのそんな言葉に、ナスタとジャックはため息を吐く。
「……でも、これであの人たちが助かってるのは確かなんですよね」
「この変態一人の手でな。……ん? つうか王位継承のゴタゴタ、こいつに任せれば全部解決するような……」
「え、どうしてですか?」
ジャックがナスタの問いに答える前に、ラーシャが腕でバッテンを作る。
「嫌よめんどくさい。やるなら勝手にやってちょうだい」
「……ナスタ、ちょっと耳貸せ」
「へ?」
「いいから」
コソコソと、ジャックとナスタはラーシャから少し離れて話し合う。ラーシャが首を傾げると、ジャックはチラッとラーシャを見る。
「よし、行け」
「あの、これで一体何が……」
「いいからいいから。細かいのは後で説明してやるけど、とりあえずこの変態の協力があればかなり楽になるから」
「あら、私は安くないわよ? そんな簡単に協力を取り付けられると思ってるなら大間違い……」
ナスタはラーシャの前に立ち、上目遣いでジャックに教えられた言葉をそのまま復唱する。
「……お姉ちゃん、ナスタに力を貸して」
効果は、ぴったり二秒で現れた。ピタッとラーシャの動きは止まり、そのままプルプルと震えだす。。
何かを我慢しているのでも、何かに恐怖しているのではない。今彼女の体を満たしている感情は、歓喜だ。
「……ぐひょ」
……ぐひょ? とナスタが首を傾げた瞬間、ラーシャの姿が消えた。
「え、あれ? ラーシャさん消えちゃいましたよ!?」
「大丈夫大丈夫。上見てみ」
「……上?」
言われるがままにナスタは上を見上げる。
そこには、なんかぐひょひょ叫びながら超高速で飛び回るラーシャがいた。因みにどれくらい速いかというと、なんか残像が見えるくらい。
「あー、二時間くらい待っとけば流石に落ち着くと思うから、暫く放っとこう」
「え、ちょっと待ってください。あれを放っておくんですか!? 絶対騒ぎになりますよ!? ちょっと、ジャックさん!?」
ナスタの言葉を無視して、ジャックはスタスタと歩いて行ってしまう。この状況で一人になるのが怖いナスタは慌てて追いかける。
その後、彼女の起こした怪現象で気絶する人が続出したとかいう話がナスタの耳に届くのだが、それはまた別のお話。




