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語られない伝説・No.8

 ところで、シルスベールの前王は仕事を全然していなかったらしい。

 城に執務室など存在せず、大臣が溜まりに溜まった書類を毎日ヒーヒー言いながら捌いていたようだ。

 なんでそんな話をいきなりし始めたかと言うと……、

「……へ、減らない。書類が全く減りません……」

 今、ナスタがその書類を片付けているからだ。

 城が倒壊してからもう二日経っていた。あの後、兵士たちに連れて行かれたナスタを待ち受けていたのは、何故か書類地獄だった。

 もっとこう、何かしらの試練的な物があると思っていたナスタは、いきなり大きな家に連れて行かれ、いきなり目の前にドンッと書類を置かれた時は随分と困惑していた。

 大臣としては、もう仕事をしてくれれば誰でもいいらしい。兵士たちも正直誰が王とかどうでもいいそうだ。

 因みに大臣曰く、「あの王は国民の前に出るなんて一度もしたことないからこっそり王が入れ替わっててもバレないバレない」らしい。それでいいのか大臣。

 というかナスタがシルスベールの王になることが当たり前のように話しているが、ナスタはこの後も別の国に行かなければいけないのだ。こんな所でテキパキ書類を捌いている場合ではない。

 ……のだが、ナスタは仕事をキッチリ終えてから他のことをやりたい性分なので、ここまでの書類を片付けようとか思ってしまい、まだまだシルスベールに滞在することになりそうだった。

「……というか、ジャックさんはいったい何処に……?」

 ナスタは一度兵士に頼んでジャックのいるであろう宿屋に行ってもらったのだが、そこにジャックの姿はなく、荷物もまとめて消えていたらしい。

 何処かに行った、とは思いたくないのはナスタの勝手だろうか。彼は傭兵で、ハッキリ言って信用できる立場の者ではないのだから。

「……はあ」

 手元のコーヒーに口をつける。もう冷め切っていた。

「溜め息は幸せを逃がすぞ?」

「ほっといてください。溜め息吐かないとやってけないんですよ」

「なんでだよ?」

「ジャックさんが何処かに行っちゃったから……え?」

 バッ! と部屋を見回す。ナスタのいる部屋にあるものは机と本棚のみだ。誰かが隠れる隙間はない。

「ど、どこにいるんですか!?」

 クルクルと回るナスタ。それと同時に動く足が計四本。

 ナスタの視線に合わせて位置を移動していたジャックは、ナスタの耳にフッと息を吹きかける。

「ひょわああああああああああああ!?」

 息から逃げるようにナスタは床を転がり、ジャックはそれを見て満足そうに笑う。

「なんだ? 耳が弱いのかお前」

「ほ、ほっといてください! って、ジャックさん!? 何処にいたんですか!?」

「あ? お前が気にしてたことを解決してやろうと頑張ってたのになんだその言い草は」

「……私が、気にしてたこと?」

「三歩歩いたら忘れるのかお前は? まあいい、さっさと行くぞ」

「ど、何処にですか?」

「見てからのお楽しみ」

 言うだけ言うとジャックは部屋から出て行く。ナスタは書類のことを気にしながらもジャックを追いかけていく。

 部屋の外に出ると、ジャックが兵士に笑いながら話しかけていた。もちろん、兵士は「ひぃ!?」と悲鳴をあげているが。ジャックもそれを見て楽しんでいるように見える。

 ナスタはジャックの手を引いてさっさと外に出る。兵士が神を見るような目になっていたのは多分気のせいだ。

 ジャックの後ろをナスタは付いていき、数分は経っただろうか。ジャックは足を止めた。

「ここって……」

 ここは、二日前に来たばかりの地獄だった。血の匂いが蔓延し、怪我人で溢れていた場所だった。

 のだが、今は怪我人などどこにもいない。血の匂いはまだ残っているが、前と比べると殆どないに等しかった。

「ほら行くぞ。ここにいた奴らが何してるかを知りたいだろ?」

 ジャックは再度足を動かし始める。ナスタは周りをキョロキョロとしながらも付いていく。

 さらに数分、大きな音が遠くから聞こえてきた。何かを作っているような、そんな音。

「じゃ、ジャックさん? この音はいったい何ですか?」

「んー? 旅館作ってんだろ」

「……旅館?」

「ほら、着いたぞ」

 ジャックは足を止め、指を指す。

 ナスタは指の先を追いかけ、それを見た。

「……ジャックさん、あれは?」

「えーと、魔女の玩具?」

 ジャックの指差す先には、人の形をした鉄があった。ガシャンッガシャンッと音を立てながら一度に数十本ほどの木材を持ち上げている。さらにそれは一体ではなく、何十体もいる。

 ジャックが鉄の何かについて説明してくれる。

「魔導機つってな、搭乗者の魔力を使って動かしてるんだと。東の方にあるラーグとかいう国が作ろうとしてたのを見て変態が適当に作ってみたらしい。……しかもそこらのゴミ山にあったのを素材にしてな。変態にもほどがあるぞ」

「変態だなんて酷い。女性に言う台詞じゃないわね」

 ヒュンッと、風を切るような音と共にジャックとナスタの前に眼鏡をかけた一人の女性が現れた。

 女性は白いロングスカートを履き、黒のノースリーブの上に空色のポンチョを身に付けている。その手には銀色の杖があるが、どんな素材で作られたのかはナスタには一切わからない。

 女性は黒髪の長い髪を振り払いながらジャックに文句を言う。

「私はただ他の人より才能があって知的好奇心が豊富なだけ」

「よく言うよ『狂った好奇心(アフレイドウィッチ)』め。つーか自分で才能があるとか普通言うか?」

「事実だもの。それとその二つ名はやめてもらぬぅ!」

 話の途中で、突然女性は野太い声をあげる。女性の視線は、ナスタに注がれていた。

「おお、おおおおおお!?」

 よくわからない叫びをあげながら女性はガッとナスタの肩を掴む。

「貴女、名前は!?」

「な、ナスタです!」

「ナスタ、へえナスタ! お姫様と同じ名前なんて凄く良いわ!」

 同じ名前じゃなくてそのお姫様だよ。というジャックのツッコミは女性に届かない。

 女性は妖艶な笑みを何故かこの状況で浮かべる。

「貴女良いわ、凄く良いわ!」

「は、はあ」

「ジャックも良い子を連れてきてくれたものだわ! 着せ替えが捗るわ!」

「え、え? 着せ替え? ジャックさん、ちょっと?」

 ナスタは助けを求めるようにジャックに目をやるが、ジャックは視線を逸らしてしまう。

 女性はなんか体をうねうねと動かし始めるのだが、それが凄く怖い。どのくらい怖いかと言うと、夜出会ったら間違いなく叫びながら失神するくらい。しかも妖艶な笑みは変わらないので怖さが増している。

 女性が杖を振るう。ヒュンッ! と風を切る音と共に大量の衣服が現れた。

 いつもなら大量の空間転移を一度に行うことができたこの女性の技量に驚くところなのだが、この状況ではそんなことを考える暇はない。

「あ、あの、周りにたくさん人がいるんですが!?」

「むしろそそられる!」

「ちょ、ちょっとま―――!?」

 女性を止められる者は、誰もいなかった。

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