勇者と依頼
ようやく雨が落ち着いてきた頃、ジンと『勇者』は大きな部屋にいた
長机を挟むように椅子が二脚あるだけの部屋で、ジンは『勇者』に尋ねる
「今日はどういったご用件で?『勇者』殿」
「・・・・・・・」
『勇者』は無言で一枚の手紙を机に置く。手紙には国の手紙であることを示す印鑑が押されていた
「この手紙・・・シルスベールですか?」
『勇者』は黙って首を縦に振るだけだった
シルスベールというのは、ラルバディアの北の方にある国だ。国土の半分以上が畑や水田で、海に面しているため漁業も盛んらしい
ジンの記憶ではラルバディアにある野菜や海鮮類のほとんどはシルスベール産だったはずだ
手紙の封を切って中身を見る。そこにはこんなことが書かれていた
『英雄、ジャック様へ
貴方様が二百年の時を越えて現代に現れたという噂はこちらの耳にも届いております
大変ご多忙であろうことは予想できている上でのお願いがあります
近年、我らの国では魔獣の被害に悩まされております。魔獣が暴れまわり、畑は荒らされ、魚たちは逃げていってしまっています
我々の力では、やってくる魔獣を撃退することが精一杯です。そこに魔人も来てしまえば、我々は滅びるしかないでしょう
貴方様には、その魔獣たちがどこから来ているのかを突き止めて欲しいのです
今すぐではなくとも結構です。貴方様がやってくるその日まで、我々も全力で国を護ってみせますので、予定が空いた時は、どうか我が国へと
シルスベールの王、マーケティヌス・シルスベール四世より』
「・・・なるほど」
手紙を読み終えたジンは手紙を机に置く。『勇者』に向かってジンは尋ねる
「この手紙を、どうして貴方が?」
「・・・・シルスベールは、自分の故郷です」
「なるほどなるほど」
ジンは立ち上がり、『勇者』に向かって手を差し出す
「この件、お引き受けいたします」
「ありがとうございます」
『勇者』は手を伸ばし、ジンの手をしっかりと握りしめる
(・・・?)
握手をした瞬間、ジンはあることに気付いたが、そのことは言葉にも顔にも出さなかった
「自分はソロ・ロウンリナスです」
「ジャック・リルクルドです。長い付き合いをお願いしますソロさん」
ジンは笑顔で言ったが、ソロの顔に感情は籠らなかった
王が死んだという事実のみが、国民に伝えられた
人々は老死だの暗殺だの騒いでいるが関係ない。王に死なれると、いよいよ依頼の詳細がわからなくなった
というわけで唯一知ってそうな王の娘、ナスタ姫の所へ向かおうとしているのだがここで一つ問題があった
王城の唯一の出入り口の巨大な扉、そこに大量の軍隊がいた
服装を見る限りだとどうも王の親族の部下らしい。扉が魔法障壁で封じられていて、今は必死に障壁を破壊しようとしている
「ちょいとちょいと、そこの兄ちゃん」
退屈そうにしている最後尾の兵士に話しかける
「ん、なんだお前」
「この軍隊ってさ、全員ナスタとかいう姫を殺しに来てるわけ?」
「ああそうだ。最初は捕縛して処刑するつもりだったらしいが、首があれば生死なんて分かるって上は判断したらしいな。しっかし姫は人望あるのかないのか。国民には王の候補によいしょされてるが、その姫を護る奴が一人もいねえとはなあ」
「これは酷い。本気で何を手伝えってんだ」
この兵士とペラペラ喋っていると、他の兵士が気付いて注意しにきた
「おい、職務中に雑談なんてするな!」
「す、すいません!」
「おう怖い怖い」
「そこのお前も、ここは立ち入り禁止だ」
「へいへーい」
二三歩離れて、もののついでに勘違いを訂正しておく
「そうだ。さっきお前姫を護る奴が一人もいないとか言ってたけどさ」
「ん?それがなんだ?」
「ちゃんといるぞ。護る奴」
多分その時、とてもいい笑顔だったと思う
「俺が」
ゴバッ!と兵士の一団が空を舞った
兵士たちが何事かとこっちに武器を向けてくる。剣を構えて兵士たちに聞こえる程度の声で呟く
「さあて、殺し合いを楽しもうか」




