幕間1
あくまでも主人公はウサギです。
そして野生の法則無視して、動物たちがひたすら仲良しです。
そのため、そういう世界観を許容して頂けると幸いです。
どうしてニンゲンになりたいの?
彼らは力を持っているから―
ちから?きょうりょくな?
ふふふ、僕が言いたいのはそういう意味じゃないよ?
じゃあ、どんな?
それは――
***
「ありゃ?」
茜色に染まる空。
ビヨーンと伸びる自身の黒い影。
錆びついたベンチ。
いつもの時間、いつもの場所にいけば、いつもと同じ風景がオレを出迎えた。決して見目麗しいといえない、むしろ誰も近寄りたがらないような薄汚れた公園の端にポツンと鎮座しているベンチこそオレのお気に入りの場所。といっても、これがまたひどくみすぼらしいものだった。
もともと塗装してあった白いペンキはところどころ剥がれかけていて、点々と鳥の糞が背もたれにこびりついているといった具合で、まともなニンゲンだったらまず座ろうなんて考えもしないだろう。
だからここには誰もいないことが多かった。そしてそれこそオレがこの場所を気に入っている最大の理由で、唯一の理由である。そうでなければ誰がこんな汚いベンチに好き好んで来るものか。
しかし世の中には奇跡などというものがあるらしい。オレは生まれて初めてこのベンチに座っている自分以外のヤツを見た。
つまり、いつもと同じ時間、いつもと同じ場所にいけば、いつもと同じではない光景が眼前に広がっていたというわけである。
ベンチに座る招かざる客はオレなどとは違って小奇麗な姿をしており、いかにも育ちのいい坊ちゃんといった態だった。
小さな体を丸めるようにして座る姿は何かを必死に拒絶しているように見える。
「はぁ。」
オレはガクリとうなだれると肺の中から搾り出すようなため息をついた。
世の中というものはどうしてこうも理不尽で不平等なのか。どうせあいつもオレにしてみれば羨ましいような悩みを抱えているに違いない。ここは一肌脱ぐか。
「よぉ、ぼっちゃん、こんばんは。」
ひょいと片手を挙げて挨拶してみせるオレの姿を見て、あいつの体がビクンと跳ね上がった。
ケケケ、面白いヤツ。
「こ、こんばんは。」
戸惑いと警戒に揺れる瞳で、けれどしっかりとあいつは返事をした。幼さの残る愛らしい声だった。
「へぇ、関心、関心。ちゃんとあいさつはできるんだな?そんなことよりこんなところでなにやっているんだ?家出?」
「…」
「ちぇ、だんまりかよ。まあいいけどさ、べつに。ただあんたの座っているそこはオレのお気に入りの場所なの。わかる?」
「はい…」
「いや、はいじゃなくてね?はっきり言ってジャマなんだよ。家出だかなんだか知らねぇーけどはやくお家に帰りな。」
少しきつい言い方だったか?
そろそろと横目でヤツの様子をうかがうと、眉間に皴を寄せて、口を真一文字に引き結んでいる姿が見て取れた。それは三丁目に住んでいる頑固爺さんの口元とそっくりだ。が、可愛らしい顔にはいささか不似合いで、滑稽としかいいようがない。
「…たくない。」
「はぁ?」
「カエリタクナイデス。」
ははは、家出決定。
「帰りたくないって言われてもねぇ。」
オレはポリポリと頭をかきながら視線を空へと向ける。茜色だった空はいつの間にか薄紫から黒へと鮮やかなグラデーションを形成しており、その舞台上から太陽が惜しむように退場しかけていた。これからは闇とそれを統べる月が主役の舞台。
「なぁ…」
丸々とした姿を見せた闇の王は景気のいい光を放ち、オレとあいつの顔を照らしだしていた。
「?」
零れ落ちそうなほど大きな瞳がひたと向けられる。
あぁ…
似ているんだ、こいつは――
「どこにあるんだろうな?」
無意識の言葉。
「はい?」
パチパチと瞬きを繰り返すあいつの姿にハッと我に返る。
「どこにあるって…なにがです?」
向けられた純粋なまなざしに、ふとオレの中で小さな出来心が顔を除かせた。
こいつに話してみようか?
胸によぎった懐かしい記憶を。
「どうせお前行くとこないんだろ?しょーがねーからここにいさせてやるよ。」
「はぁ。」
「だからその代わりオレの話を聞いていけって。な?」
「はなし、ですか?」
軽く眉根をよせる瞳は困惑の色を宿している。けれど、そこに嫌悪の感情を読み取ることはできなかった。
そういうことなら勝手に話を進めさせてもらうぜ?
「ああ。ウサギとネズミが出てくる物語なんだが…あんたは知らないよな?」
「ウサギとネズミ?ウサギが出てくる昔話なら少し知っていますけど?」
小首を傾げたあいつの言葉に慌ててオレは首を横に振った。
「違う、違う。そんなに立派な話じゃねぇーよ。どこにでもある、ありふれた話なんだ。」
語り継がれているような偉大な物語たちと一緒にされちゃぁ困る。期待に見合うほどのもんなんて返せる自信がない。
「バカがつくほどお人よしな動物の話なんだ。ほんと呆れるくらい…」
口の端をあげて笑って見せたオレをあいつは思いのほか真摯な表情でみつめていた。
なるほど。真剣に話を聞いてくれるというのなら、こちらも話しがいがあるというものだ。
「たいした話じゃない。でも――」
見上げれば闇はもうすぐそこまで迫ってきている。
「とても静かな話し、だな…」
霞がかかったような思考の先にあるのは見たこともない過去の追憶。
オレの声がぽつりと響いた。