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  作者: フル
第一話「疾風怒涛! 双生児学園とのデスマッチ!」
8/14

大空という名の絆

―登場人物―

◆怒凄恋◆

牧島和人まきしまかずと:主人公。いつまでも縛られてる。

早乙女凛さおとめりん:和君大好き。熱き思いを拳に変える。

萩宮明日菜はぎみやあすな:にゃもレッド。瀕死状態。

竜胆愛唯りんどうめい:冷静。絶賛介護中。


◆双生児◆

坂本夕海さかもとゆうみ:和人様大好き。和人様への想いを力に変える。

坂本章さかもとあきら:双子の弟。気絶中。

剛田ごうだ:優しい。気絶中。

 双生児学園にいる生徒達は誰もが驚愕していた。

 教室にいる携帯を掲げた生徒も、雨が降ってきて気を取り戻し始めた生徒も、愛唯さんも、早乙女さんも……この僕も。

「和人様、和人さまぁ……はぁ、はぁっ」

 美しい外見を揺らし、夢を見るように虚ろな表情でふらふらとこちらに歩み寄る夕海さん。

 見るからに今にも崩れ落ちそうな体勢だが、前髪の奥に宿る眼光は深く、鋭く、見る人全てを身震いさせる。

 こんな表情を作る夕海さんが信じられなかった。

 雨の作る幻覚だと信じたかった、優しい笑顔で対面したかった。

 でも、あの人は紛れもなく僕の友達だった。

「なるほど、この人がさっき倒した奴の姉貴ってわけね。……強そうじゃない」

 勘のいい早乙女さんは、全てがわかったかのように気を引き締めると夕海さんに向かって身構える。多分、やり合う気なんだろう。

 僕に危険が迫った時、彼女は必ず助けてくれた。今回も多分に洩れずそうなるんだろう。

 数少ない僕の友達二人が戦いあう。

 笑顔が一番似合う、普段は優しい筈の二人が戦いあうんだ。僕のせいで。

 こんなことがあっていいのか? ……いいわけがないだろ!

 必死に体を動かしてみる。ぎしりと縄が体に食い込み肌に赤い痣ができた。

 っくそ、不幸なことにまだ縄が解けていないじゃないか。

 だったらせめて止めないと。僕の大好きな人達が争っているところなんて見たくない。

 他人が苦しそうにしているところを見るのが、何より僕は嫌なんだ。

「やめて、やめてよ二人とも! ……夕海さん、僕なら大丈夫だから! この人達は悪い人達じゃないんだ!」

 喉が枯れることを気にもせず大声で叫ぶ。喉の奥が震えて痛いけど、こんなことを気にしている場合ではない。

 あぁ、こんなに大声を出したのはいつぶりのことだろうか。なんだったら日頃から発声練習でもしておくべきだった。

 夕海さんはぴたりと足を止め、墨汁で塗りつぶしたような黒い瞳でゆらりと僕を見る。

「わかってますよ、和人様。今、すぐにでも、楽にしてあげますから、そしたら校門で一緒に写真を撮りましょう、春の美しい桜が舞い散る景色を背景に、他人の視線なんか気にせずに、手でも繋いで仲良く一緒に写真を撮りましょう。始業式はもう終わってしまったかも知れませんけれど、せめて、私達の始業式をやりましょう」

 より激しさを増していく雨に、追い打ちをかけるような吹き荒れる風。

 打たれて舞い上がる濡れ桜が自重に耐えきれず、淡色の雨となって急落する。

「ダメだよ和君、この人聞く耳持ってないから。……好きな人がこんなことになってるんだもん。事情を知らなきゃ、私だってこうなってたかもね」

「そんな……」

 確かに、僕も夕海さんが縄で縛られてでもいたら我を忘れてしまうかもしれないと思えた。

 だけど、だとしたら……こんな悲しい戦いはないよ。

 誰もが正当性を持ってて、誰が間違っているなんていうことがない。

 章さんだって、本心は夕海さんを心配してのことだった。

 アニメやドラマじゃあどちらが悪かなんてわかりやすくてよかったけれど、現実はこんなにも複雑だ。

 僕はどうすればいいんだろうか、叫び続ければ彼女の心を戻すことができるのか?

 それとも早乙女さんの方を説得するか? でもどうやって? あぁ、わからない、頭が混乱してきた……。

 って、えぇい、何をぐだぐだ考えているんだ、僕みたいに頭の悪い人が何かを考えたってしょうがないだろ!

 行動しなきゃ、何も生まれないんだ!

「ねぇ、早乙女さん。彼女とは戦って欲しく無いんだ。だから……」

「ごめんね」

 ひとまず冷静な早乙女さんを説得しようとしたが、すぐに僕の言葉は遮られた。

「ごめん、和君。あの人は和君に何もしていなそうだから、許してあげられたんだけど……明日菜が、可哀そうじゃない」

「あっ……」

 萩宮さんは今、愛唯さんがこの学校の保健室に運んで救急手当てをしている。

 剛田さんや章さんも未だノビたままだし、早く救急車を呼ばないといけないだろう。

 早乙女さんは萩宮さんが眠っているであろう保健室に目をやり、歯を食いしばる。

「あんな姿になるまで頑張ってくれたんだから、少しは借りを返してあげないと」

「……でも、暴力で暴力は解決しない。だから、平和的な解決方法を見つけようよ」

 暴力で生み出されるのは、いつだって嫌な感情だ。

 そんな思いを、二人に抱いて欲しく無い。

 真剣な眼差しで、真摯に伝える。

――だけど、早乙女さんは、一瞬、閉口して、

「それは無理だよ、和君」

――雨に紛れて一筋の涙を流しながら、

「だって、私……和君をあの人に取られたくないし。それに何より」

――満面に悲哀を映し、

「番長、なんだもの」

――夕海さんの元へと、走り出した。


    ◆


「うりゃあああああ!」

 非現実的な程凄まじい速さで移動する早乙女さんの姿は視認することも容易ではなかった。

 ぱしゃぱしゃと跳ねる水しぶきが妙な現実感を伴ち、一瞬にして夕海さんとの距離を詰める。

「でいっ!」

 高い高度を保った跳躍から体を極限まで捻った、旋風を纏う回し蹴り。

 夕海さんはよろりと体を反転させて避けたところに、ごうんと唸る早乙女さんの脚が通り過ぎる。

 早乙女さんは着地と共に回し蹴りの際生じた体の回転を活かし、今度は脚をくの字に折り曲げて夕海さんの体を捉えようとする。

「ふっ!」

 だが、作戦は失敗に終わった。

 夕海さんは迫りくる脚を今度は避けようともせずに、冷静に足先を掴むとぐにりと回す。

「きゃあ!」

 合気道の一種だろうか、ただそれだけの行為なのに早乙女さんの体は一回転して、雨を吸った砂利に叩きつけられた。

「終わりね」

 そのまま夕海さんは早乙女さんの体に脚を振り上げ、電光石火の勢いで振り下ろす。

「なんのっ!」

 早乙女さんはとっさに横へと素早く転がり、砂利のついた制服を気にしないまま立ち上がる。

「あら……中々しぶといんですね」

「和君は渡せないもの……早々やられはしないわ」

 苦虫を噛みしめるように顔を歪める夕海さん。

 濡れた黒髪をかきあげ後ろにやる、その動作一つとっても今の彼女は以前の彼女と比べ物にならない悲痛の色を見せていた。

「その、和君っていうの……やめてくれないかしら、背筋に虫唾が走るわ。大体あなた、一体和人様の何なのよ」

「私は、和君の幼馴染よ」

「おさな、なじみ? ……なるほど、確かに和人様は以前この街にいたらしいですけど、それとこれとどう関係があるっていうの?」

 多分、平和的に解決できるとしたらここだった。きちんとここまでの経緯を話せば夕海さんだってわかってくれるはずだった。

 元々争う必要はないんだ。怪我をしてない今なら、ちゃんと解決できるはず。

 しかし、一瞬考え込んだ早乙女さんは数瞬置いて、僕の希望とはまるで真逆の、挑発的な、嘲笑うかのような表情を浮かべた。

「……あまりにもこの学園がダサいもんだから、私の学園に連れていってあげようと思ったの」

「なっ!」

 その一言に激昂したのか、今度は夕海さんが距離を詰め早乙女さんの胸倉に掴みかかる。

 負けじと早乙女さんも夕海さんの首を絞めるように胸倉を掴み、見ているこちらが息が出来なくなってしまうぐらいの緊迫感が場を包む。

「今……何て言いました」

「こんな野蛮でダサい学園に、和君を置いておけないって言ったのよ。和君は怒凄恋学園が貰っていくわ」

「な、なん、ですって……?」

「大体私は和君の幼馴染なんだから、あんたみたいにぽっと出てきたような奴より、私の方が和君も安心するんじゃないの?」

「許しません! そんなことは絶対に、絶対に私が許しませんわ!」

「だったら、この戦いに勝つしかないわね。この戦い……私とあんたの、和君総取りデスマッチよ」

「……わかりました、いいでしょう」

 力を緩め、早乙女さんを解放する。

 同時に早乙女さんも手を離し、至近距離でお互いを見つめあう。

「だったら私、手加減は一切いたしませんけれど、本当にいいんですか?」

「望むところよ。番長同士の戦いに、手加減なんていらないわ」

「そう……それじゃあ、無敵といわれた怒凄恋番長の実力、見せてもらいましょうか」

 傍目で空気が歪んでいくのがわかるほど、両者の間に戦いの闘志が燃え広がる。

 それから瞬き程の間を置いて、戦いは始まった。

「はあああああ!」

「ぐぶぅっ!」

 早乙女さんの、掌に血の滲むような握り拳が夕海さんの顔面へ叩きつけられる。

 バウンドすることもなく夕海さんは一階教室の窓に叩きつけられ、血飛沫と共に窓ガラスの破片が霧状に散布する。

「夕海さん!」

 いくらなんでもこれはやりすぎだろう。

 普通の人間だったら間違いなく骨の五、六本は折れていそうな重い一撃が炸裂した。

「まだ、まだぁっ!」

 しかし、僕の予想を覆すかのように夕海さんはすぐに体勢を立て直し、ひょいと机を持ち上げて早乙女さんに投げつける。

 別の窓から出てきた机には多量の窓ガラスの破片が突き刺さっていて、真っ直ぐに早乙女さんに向かって牙をむく。

「ダメだ、早乙女さん、避けて!」

「だああああああああああ!」

 僕の必死なお願いも耳に入れず、早乙女さんは避けずに真正面から机を受けた。

 頭が痛くなりそうな鈍い音が僕の耳に入る。もうダメだと目をつぶってしまいたくなるが、見れば早乙女さんは服が多少切れただけで、出血はしていなかった。

 一体番長とはどんな体をしているのか、一般人の僕には見当もつかないが、見てるこっちは心臓がいつ止まってもおかしく無いぐらいに動悸してしまう。

 机を受けた早乙女さんはお返しとばかりに跳躍し、一階教室めがけて拳を振るう。

 対して夕海さんも教室から抉るような角度で拳を繰り出し、割れたガラス一枚越しに互いの拳が交差した。

「つあああああああ!」

「りゃああああああ!」

 丁度クロスカウンターとなった両者の拳。

 夕海さんは教室の奥へ吹き飛ばされ、抉るような角度から放たれた夕海さんの拳は早乙女さんを宙へ放り投げた。

 地面に着く瞬間に体を一回転させて勢いを殺した早乙女さんは、口元に滲む血のりを拭ってにやりと笑う。

 夕海さんは教室の奥に飛んでいってしまったためここからは見えない。

「強い……強いよ。へへ、こんなに強い人が、まだこの街にはいたんだね」

 なんてことだ、これが番長同士の戦い。

 僕はもう呆然とことの成行きを見守ることしかできなかった。

「これでも、くらいなさいっ!」

 声のする方向に目を向けると、二階の教室の窓からカーテンに身を包んだ夕海さんが早乙女さんに向かって飛び降りてきた。

「つりゃ!」

 臆することなく垂直にカーテンを蹴りあげる早乙女さん。

「なに!?」

 しかしカーテンの中身は先程と同じような机で、偽物だった。

 そちらに気を取られている間に、上空から豊満な肉体を踊りださせる夕海さんが現れる。

「ふんっ!」

「くぅ、つ!」

 夕海さんの五メートルぐらい上空からの踵下ろしをまともに左肩に受け、衝撃で地面を滑りながら体勢を整える早乙女さん。

「たりゃあっ!」

 起死回生の一撃を放つため、丁度自身の真下にあった先程のカーテンを持ち上げて夕海さんに放り投げる。

 雨水を吸った重いカーテンは面状に広がり夕海さんを包み込んだ。

「むぐぅ、むぐ!」

 じたじたと暴れてカーテンを解き放とうとする一瞬で、早乙女さんはカーテンの上から夕海さんを持ち上げ、

「うおおおおおおりゃああああああ!」

校舎の真上にある時計に投げつけた。

 円形状だった時計はひしゃげて歪な形になり、それだけ夕海さんに威力が伝わる。

「ぐばぁっ!」

 カーテンに包まれたまま叩きつけられた衝撃をそのままに、真下に向かって急降下する夕海さん。

 ゆうに十メートルはあるであろう高度から落ちている途中でカーテンを剥ぎ取ると、二階の教室の窓枠に掴まって持ちこたえた。

「なるほど……強い。さすがは無敵の番長といわれているだけありますね」

 体中に広がっている痣を気にもせずに、敵意剥き出しの瞳を早乙女さんに向ける。

「……夕海って言ったけ。あんたも、中々やるよ」

 早乙女さんはそんな瞳を見ても余裕の表情で見つめ返した。

「私のことを気安く夕海なんて……あなた如きが夕海なんて、言わないでください!」

 夕海さんが窓枠に掴まったまま片手で校舎を叩くと、ぴしりと縦に亀裂が入った。

 亀裂に手を入れてぐぼりとコンクリートの塊を取り出して、引き締まった脚で蹴りあげる。

 コンクリートの塊は粉砕し、つぶての嵐となって早乙女さんを襲う。

「くぅっ!」

 避けようがないと悟った早乙女さんは、一瞬で自分の制服を脱いでばさりと回し、遠心力で礫を防いだ。

「隙だらけですわ!」

 制服を盾にしてしまったために死角が出来てしまったのだろう。

 夕海さんはスライディングで早乙女さんの股の間を通るように死角に潜り込むと、勢いを殺さずに腰を掴んで、グラウンドに頭から叩きつけた。

「きゃあああ!」

 二、三バウンドするほどの威力を頭から叩きつけられて、一瞬意識を失ってしまったのかグラウンドの上で大の字になってぼうっとする早乙女さん。

 この隙を夕海さんが見逃すはずもなく、高く跳躍して早乙女さんの首元めがけて膝を振るう。

「これで終わり、ですわ!」

 ギロチンが落ちていくような絶望感が僕の背筋を這い回る。

 ダメだ、このままじゃ早乙女さんが死んでしまう!

 このまま何もしないで終わるのか。

 呆然と見守るだけで、自分の境遇に毒を吐いて、大切な人達が戦う様を見続けるのか。

 いやだ、いやだよ。 何かしなくちゃ、彼女達は本当は優しいんだから、きっとわかってもらえるはずなんだ。

 悲しんでないで、突破口を見つけなくちゃいけない。嘆いてないで、行動に移さなくちゃいけない。

「夕海さん!」

 友達の悩みを解消してあげられるのは、いつだって友達だ!

「和人、様……あっ」

 僕の心の底からの咆哮に気を取られた夕海さんの膝落としは軌道がずれて、早乙女さんの首すれすれのところに振り下ろされた。

 瞬間、意識が覚醒した早乙女さんはすぐさま夕海さんに絡みつき、手足の自由を奪うように拘束した。

「ぐぎ、ぎぎぎ……」

 万力の力でほどこうと画策する夕海さんだったが、早乙女さんのホールドはやわではないらしく、一向に解ける気配がない。

「ほら、聞きなよ和君の……自分の、好きな人の言葉を」

 かといって早乙女さんもこのまま夕海さんを締め上げる気はないらしく、僕からの言葉を催促するようにこちらに顔を向けた。

「夕海さん」

「和人様……」

「ごめんなさい」

「えっ……?」

「この戦いを引き起こしてしまったのは僕なんだ。僕がこの街にやってきたから、友達を作りたいなんて思ったから、章さんが、夕海さんが、剛田さんが、萩宮さんが、早乙女さんが、痛い思いをして、苦しい思いをしている。それこそ縛られて這いつくばっている今の僕よりも、何十倍も苦しい目にあっている」

 だから、友達を作るのをやめて、この街を離れよう……。

 そう言いたいのをぐっととこらえてカラカラの喉を奮い立たせる。

 もういい加減わかるんだ、このままじゃあいけないってことを。

 そして、はっきりと言葉に出して、相手に伝えるんだ。


――ごめんなさいは、もう言わない。


「ありがとう」

 感謝の気持ちを、高らかに。

「こんな僕の為に痛い思いを、苦しい思いをしてくれて、ありがとう」

 僕は友達を作りたい。これだけは変わらない、変えられない。

「友達ってさ、痛い思いや悲しい思いをする時もたくさんあると思うんだ」

 こんな絶望的な状況でも膝を折らないで前を向け。

「だったらさ、こんなに痛くて苦しい思いをしている僕たちは全員、友達だってことにしたっていいんじゃないかな」

 後ろ向きな考えを捨てて、前進しろ。

「そしたらさ、辛い思いをした分だけ、楽しいことが無限大に広がっていくと思わない?」

 おかしいと思われたって構わない。

「僕達全員がこのまま友達にならなかったら、痛いまま、辛いまま終わっちゃう。でも、友達になれたら嬉しさがその分だけ広がるんだよ?」

 理想論だろうが、ファンタジーだろうが、僕は皆が仲良く平和にしているところが見たいんだ。

「ははっ。そう考えたら、誰がどう考えても皆友達になった方がいいよね」

 こんなことが笑える思い出話になるような、そんな友達に僕はなりたいんだ。

 芋虫みたいになってる僕だけど、皆みたいな力は微塵もない僕だけど、だからこそ皆がとても素晴らしい人だということがよく分かる。

「だからさ。夕海さんも、早乙女さんも、こんなことはやめて皆で楽しく笑い合おうよ。僕たちはもう、皆友達なんだから、さ」

 嵐のように荒れたって、雪のように冷えたって、いいじゃないか。

 いつか、下から見上げた晴れ渡る大空がとても素晴らしく煌びやかなように、どんなに雲行きが怪しくったって素晴らしい絆が築けるはずなんだ。

「…………」

 僕が一思いに告げた後、長い沈黙が訪れる。

 早乙女さんは僕の話を聞き入っていたのか、既に夕海さんのの拘束は解かれていた。

 肝心の夕海さんも邪が抜け落ちたかのように、ぼうっと話を聞いていた。

「……ふふっ」

「……へへっ」

 そして、二人が笑いだしたのは同時だった。

「やっぱり、和人様はどんな状況に置かれても和人様なんですね」

 綻んだ夕海さんの顔は、僕がいつも見ていたあの顔で。

「変わらないね、和君は。何年経ったって、変わらない」

 目を細める早乙女さんの顔は、僕がいつも見ていたあの顔で。

「ふふふっ。……ねぇ、あなた。こともあろうに和人様は、さっきまで殴り合ってた私達を友達にしようと目論んでますよ?」

「へへへっ。さっきまで殺し合っていたようなものなのに、当の本人は仲良くさせようとしてるんだから、こんなにおかしなこともないよね」

 今までの色々がなかったかのようにくすくすと笑い出す彼女達。

 確かにおかしなことを言ったもんだなと我ながら思うけれど、彼女達の笑顔が見れたのなら十分な報酬だった。

 二人の間に緊迫感がなくなったのと呼応したように、見上げれば雨が止んで雲の切れ目から光の筋が差し込んでくる。

「じゃあ……どうしましょうか? このまま引っ込むのも恰好がつきませんよね」

「それは全くだけど。どうするかなんて、一つしかないんじゃないかな」

「……そうですね。私達、番長ですし」

「そうそう。仲が良かろうが悪かろうが、結局やることは一つなんだよね」

 晴れ晴れとした顔でお互いは向き合うと、拳を一つ出す。

「ボロボロだね」

「あなたもそうじゃないですか。手加減なんてしたら、許しませんよ」

「後悔しない? 私の拳は痛くて熱いよ」

「それじゃあ、私の愛と、その拳と、どちらが熱いか比べるのも悪くありませんね」

 もう、僕は何も言わない。早乙女さんと夕海さんの顔を見たら、なんだか納得してしまったからだ。

「じゃ、せーのでいくよ」

 あんな、晴れやかな顔つきで見つめ合う彼女らを見ると、否が応でも納得してしまう。

「せー、のぉ!」

 暴力は、あんがい暴力で解決するんじゃないかって。

 一筋の光の元、一撃が交差する瞬間の彼女達の顔は、間違いなく友達同士が笑い合った時の、自然に溢れ零れるような笑顔だった。

――次回予告――

【夕海】「和人様ぁー! 会いたかったですぅー!」

【章】「…………」

【凛】「かずくぅーん! 久しぶりぃ~!」

【明日菜】「…………」

【夕海】「和人様、和人様ぁ! ぺろぺろぺろぺろ」

【凛】「くんかくんか……えへへ、和君の匂いぃ……」

【章&明日菜】「…………」

【章】「……なぁ」

【明日菜】「……にゃ?」

【章】「こんなんで、あいつと友達になんてなれると思うか?」

【明日菜】「いっそ轢き殺してやりたいにゃ」

【章】「……俺も」


【愛唯】「次回、『牧島和人の普通の学園生活』……お楽しみに」

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