章の独白、夕海に寄せる想い
―登場人物―
◆怒凄恋◆
牧島和人:主人公。縛られる役。
早乙女凛:和君大好き。番長パワー全開。
萩宮明日菜:にゃもレッド。怪力。
竜胆愛唯:冷静。静かを好む。
◆双生児◆
坂本夕海:和人様大好き。パワー全開。
坂本章:双子の弟。シスコンパワー全開。
剛田:優しい。気絶中。
寂しげな風が愛を求めて彷徨うように吹き荒ぶ。ここは双生児学園グラウンド。
視線を校舎の教室に向ければ、この事件とは無関係の一般的な生徒達が好奇心を瞳に宿らせながら、携帯をこちらに向けて何やら楽しそうに歓談している姿が映る。
それもそうか、今日は学園の始業式。気分新たに学園生活を送るその初日に、傍から見てこんなに楽しそうなイベントもないだろうなと僕は思う。
普段はイベントの主役になることなんて滅多にない僕だったけど皮肉なもので、彼らの視線の先、幾人もの双生児学園の生徒が倒れている中央に、僕たちはいた。
隣に視線を移せば、早乙女さんは晴れやかな顔つきを浮かべていて、その喜びを映すきらびやかな表情は僕には眩し過ぎるほどだった。
「和君、大丈夫?」
僕の姿を眺めながら、興奮する調子を抑えるように眉をひそませる。
確かに僕は先程章さんの一撃を受けて、大丈夫とは遠く言い難い姿になっていた。
だけど、今は早乙女さんが隣にいるから、
「うん、僕は、大丈夫だよ」
なんて、少し強がった言い方をしてしまう。
「……そうだよね。和君は、そう言うんだよね」
早乙女さんと繋いでる柔らかい手から、焔のような熱く強い力が伝わってくる。思えば小さい頃僕が泣いて困っている時も、こうやって手を繋いでくれたっけ。
何を彼女に話したらいいだろうか。話すことは山のようにあったはずなのに、こんな時何を言っていいか、僕は強い感激の情念に捕らわれて何も言いだせなかった。
「ひゅーひゅー、お二人とも、お似合いだなぁ。かはは。……俺も、その輪に加わらせてくれよ」
そうやって僕がどぎまぎしている間に、気がつけば章さんが保健室の窓から這い出て来て僕達の目の前に立っていた。
多少の疲れの色は見えていたが、彼はまだ無傷だ。
「かはっ、かはははは! あー、笑っちゃうぜ。なーんもうまくいかねぇ、なーんもだ! ……許せねぇ。許せねぇんだよなぁ、そういうの。なんもかんも許せねぇ」
自分の目の前で倒れていた生徒を蹴り飛ばし、腰をくの字に曲げ、乾いた笑いをグラウンドに響かせる。
「かはははっ! かは、かはははは! お笑いだよな、あぁお笑いだ! かはははははは!」
怒りが内に溜まり、溢れだした怒気の雫が痙攣として現われたのではないだろうかというほどに、章さんの笑い方は空虚だった。
「こいつが、和君を……」
章さんの姿を見て、早乙女さんの手に力が籠り、ぎゅうと握りしめられた彼女の手から悲痛な気持が伝わってくる。
「愛唯、和君をお願い」
「……わかった」
「っえ、あ、早乙女さん……?」
早乙女さんは僕の手を離すと、代わりに愛唯と呼ばれた小柄な少女が僕のそばに寄り、か弱い雛鳥を思わせる小さな掌が僕の服を掴んだ。
「和君、待っててね。今こいつを殺っちゃうから」
その言葉に、昔の思い出がフラッシュバックする。
小さい頃、僕がよく虐められていた時のことだ。その度に早乙女さんはどこからともなく現れ、彼らを叩きのめしていた。
凛と跳ねるポニーテール、僕とは比較にならない健康的な体、芸術的な体さばきに見惚れ、呆然とするだけだったあの時の僕。
いつも意識が戻るのは、彼らを叩きのめして全てが終わった後、「どう? 私、強いでしょ?」とどこか自慢げな態度を見せてきた時だった。
正直に言うと、昔の僕は彼らのことを可哀そうだと思う反面、叩きのめされることでスカッしていたのは事実だ。
だが、今は思う。それじゃダメなんだと。
「ダメだ、早乙女さん」
章さんへ向かおうとする早乙女さんを引きとめる。……そうだ、暴力で暴力を解決しちゃだめなんだ。
「暴力は、ダメだ」
「和君……」
振りかえる早乙女さん。
目元に柔和な笑みを浮かべる彼女の顔に、風が靡いてポニーテールが散り舞い、開花する。
「ごめんね。和君がやられて黙っているほど、まだ私人間ができてないし……私が和君にできることって、これぐらいだから」
「早乙女さんっ……!」
章さんへ向かう早乙女さんを止めようとすると、後ろから何か引っ張る力を感じた。
「なっ……」
そういえば、愛唯と呼ばれていた子が僕の服を掴んでいたっけ。
「だめ……私は、あなたを守る係だから」
そう言って彼女は手を離そうとしない。力を入れてもビクともしないあたり、見かけによらず相当力がありそうだ。
「頼むよ。僕は、争いとかそういうのは望んでないんだ」
「そう」
「だから、あの、止めなきゃいけないんだよ!」
「そう」
「じゃなきゃ、皆が痛い思いをする。平和に解決できるなら、それが一番なんだ」
「そう」
「で、その、できれば、手を離してくれたら……」
「だめ」
な、なんてことだ、彼女は僕の言うことを聞く気がない!?
「いや、だから、このままじゃだめなんだって!」
「う・る・さ・い」
「ひゃい! ご、ごめんなさ……えっ?」
一瞬だった。何が起きたか僕が把握する前に、両腕両足が縛られ、口には彼女のハンカチが巻き付けられていた。
「ひょ、ひゃにひひぇんひょ! (ちょ、何してんの!)」
「ふぅ、これで一安心」
どこも安心できないよ! これじゃ章さん達に捕らわれてたのとあまり変わらないよ!
心の中で叫んだところで彼女のハンカチが邪魔してうまく喋ることができない。逆に女の子特有の甘い香りが鼻腔を刺激し、縛られていることと相まって嫌な情念を抱いてしまう。
「あなたは見てればいい。それが、あなたの役目だから」
声量は小さいものの、澄んだよく透る声が彼女の口から発せられる。
肉体が疲弊して抵抗することもできない僕は、彼女の言うとおり見守ることしかできそうになかった。
どうか、平和に終わりますようにという、切実な祈りと共に……。
◆
「かははっ。女ぁ、くだらねぇ茶番劇はもう終わったのか?」
紫煙のような鈍色の雲が空を埋め、青一つない空が双生児学園を包む。
「……馬鹿だね。茶番劇は、これから始まるんだよ」
なんだかんだ言って章さんは早乙女さんの実力を侮ってはいないのか、一定の距離を取り合って間合いを計り合う。
「俺は双生児学園番長の坂本章ってんだ。あんたは?」
「私は……怒凄恋番長、早乙女凛」
「へぇ、あんたがあの有名な怒凄恋番長か……どおりで、オーラが違うわけだ」
じりじりと距離を詰める両者。今か今かといわんばかりの距離まで詰めて、ぴたりと止まる。
「いいねぇ、この緊張感。喧嘩ってのはこのぐらいじゃないとな」
「別に。普通なんじゃないかな」
「かははっ。さすが、言うことが違うねぇ。それじゃ、早速はじめます……か!」
言うが早いが、章さんは深い踏みこみと共に腰を捻りあげ、早乙女さんの顔を目がけて上段回し蹴りを放つ。
「甘い!」
だが、早乙女さんは砂埃を払う様に彼の蹴りを弾きあげ、重心を低くとりながら向かって来た章さんの力を利用して首を鷲掴み、そのまま固いグラウンドの地面へと叩きつけた。
「ぐぶばっ!」
一瞬何が起きたのかわからなかったのだろう。後頭部からもろに衝撃を受けた章さんは数秒目をちかちかさせて天を仰いだ。
「これで終わり?」
「っだぁ! まぁげんやろ!」
挑発的な早乙女さんの態度を受けて章さんはこめかみに血筋が浮き上がり、理性を失った獣の如き、脊髄反射の咆哮を上げる。
グラウンドの砂利を掴み、早乙女さんに向けて投げつける。少し手をかざして砂利を避けた隙に立ち上がり、その反動を活かしてボディへ鋭い右拳を突き入れる。
「はぁ!」
「な……にっ……!?」
だが、章さんの拳は早乙女さんの肘にうまく阻まれ、驚愕の顔を見せる。
「でやぁああ!」
そして、章さんの右拳が返る寸前、ガラ空きの右胸に早乙女さんの足がガブリと喰らい付く。
「ぶびゃっばぁ!」
5メートルは横に飛んだだろうか。ばんばんと嫌なバウンド音を立てて転がっていく章さん。
彼にも意地があるのか、今度はもろに倒れることはなく両手を地面に立ててすぐに立ち上がり、額に血を流しながら殺気を帯びた恐ろしい形相で見つめてきた。
「あ~あ、弱いねぇ。こんなのが番長やってる学園に、和君を置いておけるわけがないよ。まぁ、最初から置いておくつもりはないんだけど」
「ぜひゅう……ぜひゅう……まだ、まだだ……」
大分体制を崩しながら駆けこみ、章さんは正面から正直にアッパーカットを狙う。
剛田さんを天井まで届かせたあの鋭さは今はなく、早乙女さんは冷静に腕を掴むと捻りあげ、またしてもグラウンドへ正面から叩きつけた。
「ぐぁっ!」
右腕を背面で固定し、後頭部を足で押さえつけた早乙女さん。
「ね、くだらない茶番劇だったでしょ」
勝負は、これで決まったようなものだった。
いくら疲れていたとはいえ、章さんは剛田さんを一撃で倒せるような凄い人だ。そんな人を、赤子の手を捻る様に倒してしまうなんて……。
早乙女さんはやっぱり変わっていないんだなということを改めて感じてしまう。
「さて、それじゃあ教えてもらおうかな。何で和君を虐めていたのかを」
「あだだだ! ……んだよ、てめぇ、ぶっごろすぞ!」
「へぇ、まだそんなこと言えるんだ」
「ぎぃあああああ! っくそ、くそ! やめろごらぁ!」
骨の軋む音がこちらに響いてきそうなぐらい腕を捻りあげられた章さんは苦悶の表情を浮かべて声を荒げる。
「やめて欲しい? じゃあ言ってよ、何で和君を虐めていたのか」
早乙女さんの問いに、しばらく黙っていた章さんだったが、腕から伝わる痛みに耐えかねたのか、やがて諦めたような顔つきを浮かべ語り始めた。
「お前……お前のせいなんだよ。全部、全部なぁ!」
僕に、向かって。
◆~坂本章の独白~◆
昔、俺がまだ小学生の時のことだ。ひ弱で軟弱だった俺は、クラスでも目立たない奴だった。
仲が良いクラスメイトもいないし、別段勉強ができるわけでもなかった当時、俺の話し相手は姉貴だけだったんだ。
「ねぇちゃん、今日もテストの点数、悪かったよ……」
「大丈夫よ、章はできる子なんだから」
二卵性の双子として生まれた俺と姉貴。姉貴もそん時はあまり目立たない子で、勉強はできたが、容姿があまり良くないためによく虐められていたりもした。
当時は双子揃ってダメな姉弟だったんだ。特に俺は姉貴に甘えるばかりで、姉貴に何もしてやれなかった。
そんな状況で俺は姉貴に甘え続け、遂に取り返しのつかない事件が起こった。
これは、姉貴の尊厳に関わるから言えないが、とにかく俺の無力を痛感させる事件だった。
その日を境に、姉貴は家に引き籠りパソコンばかりやるようになってしまったんだ。
だから、俺は決めたんだ、『強くなってやる』と。
強くなって、姉貴を守れるような男になってやると決めた俺は、最初ボクシングジムに通うことにした。
話しかけても生気の見えない姉貴を見て、きっと俺が姉貴を守れるほど強くなれれば姉貴は元通りになると思ったんだ。
でも、姉貴は違った。突然性格が変わったんだ。カズとかいう男と友達になった、とか何とか言って。
「私は変わるの。それで、カズっていう人と会うの」
そう言う姉貴は本当に楽しそうで、日々がむしゃらに頑張ってる姿を見て、姉貴は元気になったものの俺は逆に不満を抱いていた。
どうして姉貴を変えるきっかけを与えたのが俺じゃないんだ。
パソコン越しの誰とも知らない奴よりも、昔から、それこそ姉貴がまだ美人じゃなかった頃から好きだった俺の方が姉貴を変えさせる権利があるだろう、と。
あの日から姉貴はずば抜けて綺麗になったし強くなった。そして、学校にまた通う様になって今までが嘘のように褒め称えられた。
それで、俺はといえばできそこないの弟ポジションだ。笑っちまうよなぁ。
姉貴を守るために生きようとして、逆に姉貴の荷物になっちまったんだ。
こんな俺が許せなかった俺は、せめて強さでは誰にも負けないよう鍛え抜いて、この学園の番長になるまでにはなった。
だけど、やっぱりカズとかいう野郎は許せなかった。俺から姉貴を、俺だけの姉貴を奪いやがったどこの誰ともわからない男。
もし姉貴の体だけを狙っていたら?
男なんてあんなに綺麗な女が近付いただけで理性を失うに決まっている。
だから、だから俺は……お前をさらって、学園に来れないような体にしようと思ったんだ。
◆
語り終えた章さんは、
「これで全部だ。後はもう、煮るなり焼くなり好きにしろよ」
と言って力を抜いた。多分、本当の意味で全てを出しつくしたんだろう。
「ひょ、ひょんな、びょふが……(そ、そんな、僕が……)」
そういえばまだハンカチで口を縛られているんだった。
捨てられた子犬のような切なげな目で愛唯さんを見たら、空気を読んでくれたのかハンカチを取り払ってくれた。
「僕のせいで、こんなことに……」
「その通り、お前のせいだ。お前さえいなきゃ、こんなことにはならなかったんだ!」
確かに、章さんの言うとおりだ。僕が夕海さんと知り合わなければ、こんなことにはならなかったんだ。
僕は、一人の人間の人生を奈落に突き落としてしまったんじゃないか?
「そ、そんな、ごめ、ごめん。ごめんなさい」
歯がカチカチと噛み合わない。肩が震えて今にも吐きそうだ。
胃からあらゆる物が出ていきそうになる感覚を必死にこらえると、氷を背中に次々と入れたような寒気が襲う。
「ごめんじゃねーんだよ! どうしてくれんだよこら!」
そうだ、ごめんじゃない。どうしよう。どうすれば彼に許してもらえるのか。
そうだ、街を出よう。それでも許してもらえないだろうけど、唯一の罪滅ぼしだ。
そうだ、いつだってそうだ、僕が友達を作るとろくなことがない。
――もう、友達を作るのは、やめよう……。
「こらじゃねーんだよ、こら」
響いたのは、僕の思い出じゃない、ちゃんとした彼女の肉声だった。
その名の通り、凛とした、嫌な空気をしゃきりと元に戻してくれる声。
早乙女さんは、怒っていた。
「話を聞いていれば何? ようは、大好きなおねーちゃんを取られたのを人のせいにして僻んでるだけじゃない?」
「う、うるせぇ! 俺は……いでで!」
「大体、大好きな人が元気になったのも喜べない、がむしゃらに頑張る姿を応援できない、褒め称えられて自慢もできないで、どこが大好きなのか言ってみなさいよ!」
「そ、それは……」
「あんた、おねーちゃんを守るとか強くなるとかどうとか言ってるけど、やってることは弱い者いじめとか男として最低の行為じゃない。そのおねーちゃんも、こんな最低な弟に守られるなんてまっぴらごめんでしょーよ」
「ぬ、ぬぐぐぐぐ……がぁああああ!」
「そうやって、都合が悪くなると暴れるのね。ほら、まるで子供。成長なんてしていない」
「うるせぇ! うるせえうるせええええええええ! 俺が! 姉貴が! 姉貴を! 守るんだ! こんなクソみてぇな男に……ぼげぅ!」
暴れ出す章さんを押さえつけ首筋に手刀を繰り出すと、白目をむいて気絶した。
「暴れる子供は寝かしつけないとね」
凛としたポニーテールをぶら下げて、きらりと光る汗をぬぐう。やっぱり、早乙女さんはかっこいい。
永遠に、僕の中で憧れの人になるだろう。
「早乙女さん、僕」
「いいの」
「えっ?」
「いいんだよ。多分、こいつもどうにもならないことはわかってるんだと思う。ただその悩みを打ち明ける場がなくて、ストレスが溜まってただけなんだよ」
「そう、なのかな……」
ふと上を見上げると、今までずっと耐えてきた鈍色の雲から、遂にぽつりぽつりと天の雫を落としてきた。
「帰ろっか」
早乙女さんも上空を見上げて手をかざし、目を細めて天を仰ぐ。どこに帰るのかと僕が聞くと、彼女はにこやかに笑って、
「もちろん、私達の学園、怒凄恋学園に!」
かざしていた手をこちらへ向けた。
「あ、僕今縛られてて手を差し出せないや」
「あはっ、本当だ。待ってて、今外してあげる」
僕を縛っているロープに手をかける早乙女さん。
僕はこれからどうなるのか、ひとまず早乙女さんの学園に行って、今後の計画を立てないといけないだろう。
それにしても今日は色々なことが起こり過ぎた。
朝夕海さんと待ち合わせして、萩宮さんにさらわれて。
「あれ、そういえば、萩宮さんは?」
「あぁ、明日菜なら、校門のところで見張り番してるよ」
「じゃあ、無事だったんですね……」
「うん。血相変えて私のところに来た時は何事かと思ったんだけど……和君が無事でよかったぁ」
僕も思う、萩宮さんが無事でよかったぁと。
萩宮さんにさらわれたと思ったら、気絶している間に更に章さん達にさらわれて、郷田さんが助けてくれて、早乙女さんが助けてくれて……。
本当、これ以上の出来事はもう一生経験しないだろうなっていうくらい様々なことが起きた。
そういえば、夕海さんは今どうして
「はぁっ! はぁっ! 和人様ぁ!」
僕のエピローグを遮る様に、悲痛な金切り声が雨を引き裂いてグラウンドを揺らす。
「な、何!?」
とっさに手を離して校門方面を見る早乙女さん。僕も、這いつくばって目を凝らす。
「……誰か、いる」
最初に発見したのは愛唯さんだった。確かに、人影っぽいものが見える。あれが、萩宮さん?
いや、違う。
「はぁあ、和人様ぁ。ようやく、ようやく見つけましたわ」
とてつもなく信じがたいことだけど、この人は……。
「夕海……さん?」
「はい、和人様。私、約束通り、和人様を助けにやって来ましたわ」
雨に濡れ、前髪を垂らし、制服も乱れた夕海さんの姿は亡霊を思わせた。
僕に浮かべていた笑顔は気配を消し、どこか邪悪な気配漂う悪魔の笑みを貼りつかせていた。
「誰、明日菜をどうしたの!」
「明日菜? あぁ、この子のことですか?」
そう言って凄惨な姿で転がされてきたのは、虫の息の萩宮さんだった。
「明日菜ぁ! 大丈夫、明日菜!?」
「……姉御……愛唯……にげ、るにゃ……勝てにゃ、い……」
息も絶え絶えにそれだけ言うと、早乙女さんの顔を見て気絶した。
「誰……あなたは一体誰よ!」
早乙女さんが激昂すると、夕海さんはにやりと笑う。
違う、夕海さんはこんな笑い方をしない。いつも僕の前ではとても優しい人だったじゃないか。
「私? ……そうね、もう隠す必要もないし、教えて差し上げましょうか」
なのに、何で……何で彼女は……。
「私は双生児番長、坂本夕海。和人様に仇なす者は、例え誰であっても許さない!」
地、唸るような雷鳴が轟き、夕海さんと早乙女さんの間を閃光が染める。
あの優しかった夕海さんが悪魔の面を張り付けて、僕達の目の前に立った。