夕海の追想、和人に抱く恋心
―登場人物―
◆怒凄恋◆
牧島和人:夕海の最初の友達。和人様。
萩宮明日菜:夕海の粛清ターゲット№1。
◆双生児◆
坂本夕海:今回だけ主人公。和人様好き好き。
坂本章:双子の弟。実は姉っこ。
◆~夕海サイド~◆
「はぁ、はぁ、はぁ……! 和人様、和人様はどこにいるの!」
萩宮という女が和人様を連れ去ってから、ゆうに三時間は経過しようとしているところだった。
私は一人、全力で走りながら和人様を探していた。
いつも優雅になびいていた黒髪から汗を滴らせ、制服を濡らす。
雪のような肌が透けあがり豊満な胸の形が浮き上がった扇情的な姿は通行人の視線を一人占めにするも、そんなことはおかまいなしにと足を振り上げ手を振り抜き、走りのギアをあげる。
人混みを掻き分け流れる景色に和人様の姿を探すが、結局和人様をさらったバイクの影すら見つからなかった。
「ど、どうしましょう。とりあえずもう一回章と連絡をとらないと」
携帯を取り出し章に繋げる。無機質なコール音が私の耳元で鳴り響くたびにもわもわと嫌な感情が煙となって頭の中に広がっていく。
もし、既に怒凄恋学園に連れて行かれていたら?
そこで、想像もしたくない嫌な思いをさせられていたら?
せっかく、せっかく和人様と会えたのに、もう離れ離れなの?
何回かかけ直してコールしても弟の章が電話に出ないことに気がつく頃には、最悪の事態を想定して瞼を震わせていた。
電話に出ない章に対して、これはどういうことなのかとイラつきながら携帯をしまう。
残念なことに章以外の、他の男子生徒の携帯番号は私は把握していなかった。
私の外見だけを見て寄って集る男達にはどうしても興味が持てなかったからなのだが、ここにきてまずいことをしたなと顔をしかめる。
「でも……なんで章は電話に出ないのかしら?」
一旦深呼吸を挟んで、私は冷静に考える。
まず章が普段私からの電話に出ないことはありえない。だから、章は今電話に出れない状況にあるということだ。
つまり、携帯の電池が切れたか、私からの電話を無視するぐらい重大な事件に巻き込まれたか……私を裏切ったかの三択になるだろう。
いつも予備のバッテリーパックを持っている章の携帯の電池が切れることはあり得ないし、一応番長の名を冠している章がそうそう重大な事件に巻き込まれて窮地に陥ることもない気がする。
結局、最後に残った選択肢……私を裏切って和人様を探していないことが一番有力なのではないだろうか?
大体あの弟は今回和人様が私達の学園に来ることに、どこか否定的だった。
少し前に電話した時も、バイクの免許を持っている人総動員で探しているとは言っていたが、私がこんなに探しているのに鉢合わないことから嘘をついているようにも思える。
と、いうことは、だ。現時点で和人様を探しているのは、もしかして――私だけ?
信じがたいことだけど、章は私に嘘をついた可能性が高いことは確かだ。
「そんな、まさか章が……」
嗚咽の前触れのような気持ちの悪い予兆が、どうしようもなく揺れるさざ波が心に押し寄せる。
「ぎぁっ! 痛っ、頭が、痛い!」
その場にしゃがみ込み、電柱に手を添えて必死に痛みに耐える。脂汗がナメクジのようにぬめりと伝い、必死に吐き気を抑えて眉間に皺を寄せる。
「ダメよ。抑、抑えなきゃ」
だが、その甲斐も虚しく、思い出したくない、私の封印したはずの思い出が、扉を叩いて開け放たれる。
鳴り響く、脳内を掻き回す雑音。引き裂かれる心の扉と共に、下卑た男達の声が鼓膜に張り付いていく。
『やめて、お願いだから、やめてよぉ! どうして、どうして、友達になってくれるって言ったじゃない!』
『バーカ、何で俺達がお前の願いを聞いてやんなきゃいけねぇんだよ!』
『お前みたいなブサイクな奴が泣いたって誰も困んねぇし、バカなんじゃねぇの?』
『おい、こいつよく見たら胸だけは少しあんぞ! 揉め揉め!』
『やだっ! ごめ……さい、やめで、ぐだざい』
『ははは、まじブッセー! 飼育小屋で飼ってる豚みたいな顔してんな!』
『本当だ! マジ似てる。おら、豚の鳴き声の真似してみろよ、そしたら許してやるかもなぁ!』
『…………ぐず、ひぐっ……ぶひぃ』
『あぁん? 聞こえましぇんなぁ』
『もっと大きく鳴けよ!』
『ぶひぃ! ブヒ、ブヒィ!』
『おー、可愛い可愛い! アヒャヒャヒャヒャヒャ!』
『だーれがお前みたいなブタの胸揉むかっつうの!』
『そりゃ言えてる、友達はおろかペットですらお断りだわ!』
『今度はこの豚の餌食わしてみようぜ!』
『はははははははは!』
「ひっ! いやっ……!」
当時引っ込み思案だった私が初めて友達を作ろうとして、失敗した、痛い過去。心を抉る、氷の杭。
ぐるぐる、ぐるぐると視界が回る。助けて、誰か助けてと心が慟哭し細長く濃いまつ毛に涙を溜める。
『ユーミンさんって、いうんですね』
瞬間、同時に思い出される、私の思い出。この思い出がなければ私は今頃自殺していただろう。
藁に縋る様に思い出す。
私、坂本夕海が、和人様を愛することになったあの思い出を……
◆
あの事件があって以来、私はしばらく家に引きこもってネットばかりしていた。憂鬱な毎日を、ひたすらキーボードを叩きゲームをするだけで消化していった。
両親や章は私のことを心配してくれていたが、人間不信に陥っていた私は裏切られることを恐れ、家族とすら口を聞くことも拒んでいた。
悪魔のような子供達がいる学校を拒んで手に入れたのは、実に空虚な日常だった。刺激という刺激を一切排除した、完全デジタルな世界。
光沢を失った真っ黒な瞳を無秩序に動かし機械的に作業をこなす。ただそれだけの日々。
元々あまりなかった感情表現は更に乏しくなり、トイレに向かうことさえ憂鬱だった。
私以外の世界の時が止まったような錯覚を受け、時たま思い起こすあの嫌な思い出に意識を奪われる。
和人様に出会ったのは、そんな生活が当たり前になってきて、親も諦め章もグレ始めた頃だった。
「僕と、友達になってくれませんか?」
この一文が、私を変えたのだ。当時友達という言葉に過剰に反応していた私だったが、ネット越しということもありこの誘いを受け入れた。
普通は断っていたのだが、これが不思議なもので、彼は人の心を開かせるのがうまかったのだと思う。
それからは一緒にゲームをすることも増え、ゲーム内ではあったが会話も弾んだ。
聞けば和人様も学校であまり友達がいないらしく親近感も芽生えて、ならばとくだらない会話で盛り上がることも多かった。
まともに人と会話をしたことができなかった私にとって、この時間が私が唯一笑顔になれる瞬間だった。
時にゲームで白熱すれば一緒に叫び、哀しいことがあれば相談に乗ってくれて、楽しいことがあれば笑ってくれる。
こんな風に家族以外で感情を共有してくれる人はネットとはいえ初めてのことで、私は徐々に感情が豊かになっていき、それに比例して和人様への想いが募るのも時間の問題だった。
実際、私が和人様に会いたいと思い始めるようになっていくのに、あまり時間はかからなかった。
だけど今の私では、和人様にあったところでげんなりされてしまうことはわかりきっていた。
お風呂上りに鏡の前に立つと、直視できないくらいに悲惨な、女の子かどうかもわからないようなブタが一匹立っていて、胸はこの頃からあったが、だからどうしたというのだといわんばかりのひどい様相だった。
『変わらなきゃ』
今の自分じゃ、和人様に会う資格なんてない。そう思った私は、この日から壮絶なトレーニングを日々こなしていった。
目標は誰もが見惚れるような女になること、そして男達に負けない強い自分を作ることだった。
美容、運動、食生活、全てを見直して改善していった。私の全てを和人様の為に捧げるためならば、がむしゃらに頑張ることも苦では無かった。
幸い私には元々才能があったらしく、章が通っていたボクシングジムに通って二年もしたら敵がいなくなるほど強くなることができた。
この頃になると私は逆に男から言い寄られることも多くなってきたが、人を外見で判断するような男達には辟易しその全てを断った。
それもこれも、全部和人様に会うためだった。
和人様がどんな容姿をしていたって……最悪、私の体目当てで絡んできていたのだとしても、構わなかった。
体目当てで出会って失望されることの方が、私にとっては何万倍も辛いことだったからだ。
だからこそ、和人様に会って少しでも『この人に会って良かった』と思って貰う為ならば、どんな努力も惜しまなかった。
結局、実際に会ってみて和人様が騙され私ではない男がユーミンと名乗り裏切られてなお「友達になろう」と言えた勇気に感激して、和人様は本当に優しい人なのだとわかり、その日は眠れなかったほど興奮してしまった。
ネット越しで会話していた和人様は、実際更に素敵な殿方だったのだ。何故彼に友達ができなかったのか、甚だ不思議に思う。
昔の自分だったら、恋なんてクソ食らえと思っていただろう。
でも、今私は痛いほど恋している。
◆
昔の私は一人だったけど、今の私は一人じゃない。
あの頃からの私の生きる指標となった、和人様というかけがえのない友達ができたんだ。
吐き気が止み、視界が明るくなる。何分ぐらいうなだれていたのだろうか、背中に嫌な汗がびっしょりと流れていて、制服が張り付いていた。
「和人様、和人様を助けないと……!」
和人様は今苦しんでいるかもしれないのだ。過去の私のように。
懲らしめないと、あいつらを。助け出さないと、和人様を。
「ふ、ふふ、ふふふ……どうしましょう、どうしてあげましょうか」
ふつふつとしたミストサウナのような熱さが体中を痺れさせ、恍惚たる陰鬱の感激が湧き上がる。
私を裏切る者には制裁を。和人様に仇名すものには天誅を。
和人様の前では決して見せるまいと決めていた、どす黒い感情が表情に影を差す。
しかしよくよく考えてみれば、本性を現さなかったからこそ、和人様がさらわれてしまった時に何もできなかったのだ。
今の私であれば、一瞬の躊躇もすることなくさらっていった彼女を塵屑として葬ることだろう。
「こんなことだったら、もっと早く和人様を私の物にしておくべきだったんですわ」
それこそ和人様が引っ越す前からIPアドレスを辿って、家に押し掛けるなりなんなりするべきだった。
何もかも後回しにするから、こうやってつけが回ってやってくる。
恋も喧嘩も、勝負事は先手必勝が常識なのに、何をぬるいことやっているのよ私。
「とりあえず、一回学園に戻りましょう。……そして、私に逆らう人たちにお仕置きをしませんと」
固く緊った太腿の筋肉に力を入れて、夕海は双生児学園へ猛然と駆けだした。
――次回予告――
【章】「こっ、これは姉貴の下着……!?」
【章】「きょろきょろ……よし、誰もいないな……?」
【章】「ごくり……よし、やるか」
【夕海】「何をやるの?」
【章】「うわっ、姉貴! いや、これは、ちがくて」
【夕海】「何が違うのよ! 言い訳ばっかりして男らしくない!」
【章】「っくそ! 全部あいつのせいだかんなあああああ!」
【愛唯】「次回、『章の独白、夕海に寄せる想い』」
【凛&明日菜】「次回も、おったのしみに(にゃ)~!」