父親
ユニークアクセスが100を超えました。まだまだ見直すべき点も、見苦しい所もあると思いますが、沢山の方に読んでいただき大変嬉しく思っています。
ローニル伍長が部屋を去ったあと、ルシルは机の上の受話器を取った。6つほどしかボタンが無いが、その内の一つを押した。
この国の通信手段の一つである電話は、どちらかと言うと無線機に近い。有線ではなく無線で電波を発し、(基地の屋上にヤギアンテナのようなアンテナが設置されている)近くの電話を呼び出す。電話番号ではなく周波数を切りかえて相手を選ぶので、話せる相手は限られている。しばらくして、交換手のような役割の男が電話に出た。
「こちら陸軍参謀本部です。」
「ルシル・キンバレ中佐だ。父上につないでくれ。」
「しばらくお待ち下さい。」
しばらく待つと、何かが切り替わるような音と共にしわがれた声の男が電話に出た。
「ルシルか。こんな時間に何の用だね?」
「眠れずに仕事をしているのはわたしだけではない、という事ですね。父上。」
乾いた笑い声が電話の向こうから聞こえて来た。
「それで用件は?」
断固とした口調で男が尋ねる。
「ノミオル・ビルセンタ伍長の件です。」
ルシルもまた、毅然とした態度で言った。ルシルの父、アルゴ・キンバレは黙ったままだった。
「ラオル曹長の調査と、ローニル伍長の内偵も、父上の差し金でしょう。何が知りたくて何を隠したいのかはわたしには分かりませんが、ここはわたしの基地です。父上といえど、部下を好きにされては沽券に関わります。それとも、わたしの階級は飾りに過ぎないのでしょうか?かつて父上がそうされたように、わたしも軍上層部の奴隷に過ぎないという事ですか?」
ルシルは受話器に向けて怒鳴った。滅多に見せる事のない怒りに、大型犬のレノは尻尾を丸めてルシルの足元から逃げた。
「いい加減にしろ、ルシル。お前は父親と話しているのではない。陸軍の最高司令官と会話しているのだ。」
アルゴは、冷静な口調でルシルに言った。だが、ルシルはひるむことなく言い返す。
「ええ、分かっていますよ、父上。なら、わたしを今すぐ前線に送れば良いではないですか!それが出来ないのは、父上がわたしを自分の娘として見ている事に他ならないはずです。わたしが貴方を父上として見るように。」
しばらく無言の時間が過ぎたが、やがてアルゴは言った。
「・・・言いたかったのはそれだけか?私も暇では無いのだ。特に、敵が進軍してきているこの時期ではな。切るぞ。」
初老の男が冷たく言いはなったのを最期に、電話は切れた。ルシルは、肩を震わせたままイスに座った。
しばらくして、ルシルは再び受話器を取り、今度は内線のボタンを押した。
「ルシル中佐だ。ラオル上級曹長を呼んでくれ、大至急だ。」
数分ほどして、あわただしい足音と共にラオルが部屋に入ってきた。
「中佐!どうされました?」
珍しく狼狽したラオルは平静を装ったルシルを見て、少しホッとした。だが、何の用件もなしに自分を呼ぶはずは無いと分かり
気を引き締めた。ルシルの机の前で「休め」の体制になる。
「さっきまで、父上と電話で話していた。喧嘩していた、というのが正しいか。」
ラオルを見ず、腕を組んだままルシルは自嘲気味に笑った。
「もっとも、いつだって怒鳴るのはわたしの方だ。父上は・・・。いつだって何を考えているのか分かりはしない。」
目頭に涙を浮かべてルシルはつぶやいた。ラオルは、出来るだけ優しい口調で尋ねた。
「父上と、どんな話をなさったのかは察しかねます。しかし、彼も人間なのです。それだけは理解してください。それで、用件は何でしょうか?」
静寂が、二人を包んだが、やがてルシルはいつもの口調でラオルに尋ねた。
「ビルセンタ伍長の事だ。なぜ父上は、彼女にこだわる?なぜローニル伍長はわざわざこの基地に来たんだ?」
再び静寂が流れたが、ラオルが重々しくつぶやいた。
「それは・・・。例え中佐であっても、お答え出来ません。」
「やはり彼女には何か秘密があるんだな?・・・わたしも基地指令だ。やりようによっては情報を集めることは出来る。しかし、曹長。君がその手間を省いてくれるとありがたいのだが。」
ラオルは目頭を押さえながら苦悩し、やがて口を開いた。
「わかりました・・・、お話ししましょう。実は、彼女、いえ、彼女の父親が、アルゴ元帥をあんな姿にしたのかもしれない、という事です。」