狙撃訓練
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ルシルはレノという犬と一緒に基地の外周を走っていた。途中で何人か見張りの兵士とすれ違ったが、軽く会釈しただけだった。日が昇る頃、兵舎に犬と共に戻り、そのまま食堂に向かった。
食堂では決められたメニューが決められた日に出される。たいていは量もカロリーも多い物が出されるが、皆ほとんど残さず食べる。サプライズで菓子類や酒のたぐいも出ることはあるが、ほとんどが成人男性の陸軍ではあまり喜ばれない。
食事は順番で通常の兵士達が作る。人経費削減の為と「戦場ではあらゆる技能が必要となる」というルシルの父、アルゴ・キンバレ陸軍元帥の言葉による方針だった。作る人間によって食事の味が変わるのを防ぐため、料理方法のマニュアルも作成してある。兵士達は銃の整備手順や戦術が書いてある本と共にそれを読み、毎日思い思いの時間を過ごしている。料理担当のシフトが変わる直前になるとそれを必死に読む兵士が増えるのも、おなじみの光景となりつつある。
ルシルはまだ誰もいない食堂で食事を済ませ、犬に食べさせても問題の無い健康的な食品で構成された餌をレノに与えると、詰め所に戻った。
やがて食堂は腹を空かせた兵士達でいっぱいになり、その中にはもちろんノミオルも居た。集団行動、といっても異性にばかり囲まれた中での生活だが、ノミオルは落ち着いた様子で食事を受け取り、席に着くと、誰とも話さず食べ進める。
食べ終えた兵士はトレイや食器を次々と厨房のカウンターに返していく。厨房では今日一日を厨房で過ごす兵士達が無表情に片付けていく。彼らと同様に、掃除、洗濯、空調整備や兵器管理、医療事務もシフトで決められた順番が必ず誰かに回ってくる。それぞれに監督(軍曹階級で高齢な者)が付き、厳しく評価されるので気が抜けない。すぐに自分の仕事が来るので兵士達は食事が終わると足早に兵舎を後にする。ノミオルもすぐに食堂を後にした。
ノミオルのグループはその日、訓練をすることになっていた。一兵士に必要な技能がルシルやその父親アルゴによって絞られこれまたシフトで順番に訓練が回ってくる。
今日の訓練内容は狙撃訓練、とあり、教官はなんとルシル本人だった。ルシルは敵が攻めてきてまだ間もない頃、偵察部隊の一員として最前線に立つ任務を受け持っていた。自分の娘だからこそ厳しくする、という彼女の父、アルゴによる配属だった。
彼女は生まれ持った射撃のセンスに加え、父親による日々の鍛錬、そして特殊部隊としての厳しい訓練と義務感により、何ヶ月もの偵察任務を無事終えて帰還した。もともと遠視の彼女は、スコープなしでも遠距離への正確な射撃が可能であり、狙撃専用のライフルやスコープが登場すると彼女の射程距離は更に伸びた。非公式だが、地球の単位で約2キロ離れた敵を狙撃し、致命傷を負わせた記録も残っている。彼女は裏のレコードホルダー(記録保持者)として軍部や敵に恐れられ、付いたあだ名が「千里眼」や「タカの目」、さらには「悪魔の女」ともささやかれた。(もっとも、本人は全く気にせず、仕事をしただけ、とかなりやる気の無い返事を返すだけだが)
そんな彼女は、今は整列しているノミオル達の前に腕を組んで立っていた。場所は基地のグラウンド。彼女の足元には装填されていないボルトアクション式のライフルが10丁ほど並べられている。可変ズームとフォーカスの大型スコープが載せられていて今は二脚で地面に立っている。
「よし、全員揃ったな。今から、この6ニルボルトアクション狙撃銃を解説する。本当は100丁よこせと父上に言ったんだが・・・。わたしの後輩達が使っているらしくてな。とりあえず10丁だけ寄せ集めてみた。」
言い終えるとルシルはまるで愛しい赤子を抱くような表情で足元のライフルを抱え上げた。もっとも彼女の忠犬は足元で伏せをしたままだったが。
「美しい銃だ・・・。バレルもレシーバーも高速度鋼でできている。レシーバーに直接スコープマウントを溶接しているから誤差はほとんど皆無だ。更にフリーフローティングで肉厚のブルバレル。ハイダーもわたしの前任者達がデザインした特別製だ。」
ボルトを閉鎖してトリガーを引き、撃鉄を落とすとその銃を足元に置いた。
「口径は6ニル(約12mm)でこれは我が軍の重機関銃と同じ弾を使う。だから弾に困った時は機関銃のベルトリンクから弾を引き抜いて使え。実際にわたしもそうした。」
見たことのない美しい笑顔に一瞬、面食らったノミオル達数十人だったが、いつもの調子に戻ったルシルの話を黙って聞く。
「よし、早速この銃の実射性能を見せてやろう。グラウンドの端にポリタンクが置いてある。中身は今日、お前達に振る舞われる予定だった酒だ。わたしが外したらお前達は酒を飲んで酔っぱらう事が出来るが、当てたら酒は地面を潤すだけだ。せいぜい外すよう祈るんだな。よし、と。」
ルシルは土で服が汚れる事も構わずその場に伏せた。目の前にライフルを持ってきてボルトを後退させる。
「さて、弾はどこかな?おお、良い子だレノ。」
レノと呼ばれた犬は弾薬箱から大きめの弾薬を口にくわえて地面に伏せてるルシルに渡した。ルシルは直接、薬室にそれを押し込むとハンドルを前進させボルトを閉鎖する。
グラウンドの端から端まではおよそ800m離れている。肉眼ではタンクは点にしか見えず、スコープを最大倍率にしてもまだ小さく感じる。ルシルは何度か深呼吸すると、風向きや気温を計算して弾道がずれる分だけスコープのダイヤルを回した。
ノミオル達は固唾を飲んでそれを見守る。すると、風が吹き止んだ瞬間、ノミオルは息を止めて引き金を引いた。ほとんど爆音に近い発砲音がグラウンドに響いた。耳を塞いでいる兵士も居た。次の瞬間、タンクは爆発するように中身を飛び散らせながら四散してしまった。あらかじめタンクの後ろに置いてあった鋼鉄製のプレートに弾丸が突き刺さり、プレートを大きくへこませた。
「よし、命中だな。まあ、この距離じゃ外す自信の方が無いんだが・・・。あの酒も腐りかけだったし。」
足元に居るはずのレノが、四散した酒めがけて猛ダッシュしていた。
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