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格闘訓練

ルセ・バルジオの首都ルバジオから北に数十キロメートル進んだ所に陸軍の基地がある。ルバジオ陸軍駐屯基地である。 ぎりぎり敵の艦載機や砲撃から攻撃を受けない場所に存在していて、近くには空軍の基地もある。

 ルセ・バルジオ陸軍は今からおよそ20年前、大戦の終結と共に設立された。旧ルセ、旧バルジオ帝国の両国とも陸軍を保持していて、どちらも屈強な軍隊であったが、統合後の混乱もあり規模は縮小傾向にあった。

 そのルバジオ陸軍基地は上から見ると東西南北およそ10kmの正方形で周囲は有刺鉄線と木の杭が張り巡らされている。 有刺鉄線の内側には正方形の角にあたる部分に見張り台が設けられていて、見張りの兵士が双眼鏡とライフルを持ち、寝ずの番をしている。

 柵と見張り台の内側にはさらにもう一つの正方形があり、こちらは頑丈な鉄筋コンクリートで囲われている。門は南北にひとつずつでそれぞれに詰め所があり、そこにも兵士が常時控えている。

 内部は大きなカマボコ型の兵舎が三つと学校の様な作りの建物が一つ、貯水施設と敵の爆撃にも耐える地下武器倉庫に広いグラウンドがある。

 そして現在、基地内部は人でごった返していた。大半が髪の毛を短くした若い男性で全員が薄い茶色のTシャツと濃い緑色のズボンを履いていて足には革製の編み上げブーツ。それぞれ両手には何も持って居なかったり、略帽をかぶり背中と両手にバッグを持って居たりと状態は様々。

 さらにグラウンドの中心では男達が円陣を組み、その円陣の真ん中で格闘訓練が行われていた。数人の兵士が味方に背負われたり担架に乗せられたりして次々と運び出されていく。総じて外見的な怪我はないが、骨や内臓にダメージを負っているのかぐったりした兵士も中には居た。

 円陣の真ん中に、若い女性が一人立っている。女性にしてはやや背が高く、しなやかな筋肉が全身に付いていて、加えて髪が短いので一見しただけでは女性とは分からず、男性と見間違えるかもしれない。

 彼女の服装は他の兵士と同じ茶色のTシャツに緑のズボン。足にはやはり編み上げブーツ。その服装が更に彼女の女性らしさや色気を消していた。

しかし、彼女の顔立ちはとても整っており、黒い大きな双眸に黒い地毛をしていて目鼻立ちがすっきりしている。

「もう、これで終わり。で、いいか?」

 彼女が低くも高くもない中性的な声で円陣を組んでる男達に言った。言葉は、北半球大陸でどこでも話されている標準語のノーレ語。

現在、彼女には疲れている様子は無いが、うっすらと肌に浮かぶ汗が激しい運動後であることを物語る。

「ようし、なら今度は俺が相手だ。」

 そう言って円陣をかき分けて登場したのは屈強な体格の男で、拳や首をぱきぱき鳴らしながら歩いてくる。彼女の正面に立つと体の大きさが頭二つ分ほど違う。しかし、彼女は臆せず男をまっすぐ見つめてこう言った。

「止めておけ、怪我したい?」

男を気遣う声色も含んだ言い方に、男がにわかに殺気立つ。

「なめんな、二度と立てなくしてやる!」

そう叫ぶと男は彼女に向けて姿勢を低くし両手を脇に出して突進。

 しばらく棒立ちだった彼女は、右足を前に出して腰を少し低くする構えを一瞬で取ると、突進する男の左足に右足で強烈なローキックを食らわす。

「のえっ!?」

言葉にならない言葉を叫ぶと、男は後ろ向きに転倒。女はすかさず回転し男の背後を取ると、一回転して仰向けになった男のみぞおちに倒れかかるように全体重を乗せた肘打ちをお見舞いする。

 全てがほんの数秒の出来事だったが、周りの男達は見慣れた光景とばかりに静かに見ていた。彼女はすぐに立ち上がり、眼を白黒させてうめいている大男から離れた。

「その辺にしておけ。これ以上やると、おまえの軍歴に傷が付くぞ。」

不意に円陣の外側から別の女性の声がした。女性にしては太く低い声で、その声に大男を倒したばかりの女性を含めた全員が声の方向に振り向いた。

そこには、両腕を組んで立つ女性兵士の姿があった。背は高く、並んでいる男達と同じくらい。みんなと同じ、緑の布でできた帽子とジャケット、それにズボンを着ている。

「大隊長・・・?」「なぜここに?」「今の、見ていたのか・・・?」「はあ、今日は厄日か?」

彼女を見るなり、静かだった男達が口々にどよめく。大男を倒した女はというと、黙ったまま、彼女をじっと見つめていて、アゴにしたたる汗を拳でぬぐう。

「しばらく遠くで見ていたが、やはりこのまま放ってはおけなくてな。そこまで練度の低い連中ではないハズなんだが・・・。」

そう言いながら彼女は帽子を取ると、女の方へ歩み寄る。

帽子の下には赤く、艶やかな長い髪が束ねてあった。顔立ちは整ってはいるものの、切れ長の青い双眸とシャープな目鼻立ちが見る者に冷たい、爬虫類的な印象を与える。

男達は静かに脇にどいて、道を空けた。同時に目を回している大男を二人の兵士が担いで兵舎に運んでいく。

 その女性兵士は汗をかいている女の前に立つと、

「おまえが、今回補充に充てられた兵士だな?」と尋ねた。

「…貴方が、大隊長ですか?」

女は質問には答えず、逆に尋ねた。

「そうだ。ところで、おまえの名前はなんて言うんだ?」

「失礼、申し遅れました。ノミオル・ビルセンタ伍長であります。」

 かかとを揃え、背筋を伸ばして直立不動の体制を取ると彼女は右手を左胸の前に出して浅いお辞儀をした。この国での一般的な敬礼である。

「ふむ、ビルセンタ伍長か・・・。まあ、いい、ラクにしてくれ。」

「…。はい。」

ビルセンタが直立態勢を解く。

「私は…。といっても、もうおまえも知ってるとは思うが、ルシル・キンバレという。この基地の指揮官もしているが、今はこの大隊の隊長だ。」

 腰に手を当て、世間話のような軽い口調でルシルは言う。ノミオルは黙って彼女の話を聞いていた。

「初対面でいきなり難だが・・・。私とひとつ、手合わせしてくれないか?」

軽い口調で飛び出た大胆な提案に、周りの男達が再びどよめきだす。

「隊長、無茶ですよ?」「もし怪我をされたら職務に支障が・・・。」「隊長、そのやる気だけで充分です。」

「見ていたおまえ達が言うんだから彼女の腕前は相当だろうが、旧バルジオ帝国の人間に出しゃばられたら、我々ルセ人の先祖が泣くぞ?」

男達にルシルは言った。とたんに周りの男達が静かになる。ノミオルは若干、表情をこわばらせた。

「なぜ、それを?」

ノミオルはルシルに尋ねる。するとルシルは簡単な問題の答えを教えるかのように再び軽い口調で答えた。

「ん?ああ、至って簡単だ。まずその黒い目と髪。次に名前だ。明らかに東部地方、旧バルジオのアクセントだしな。そして何より・・・。」

そこで発言を止めると、ルシルは上着を脱いだ。やはり彼女も、上着の下には茶色いTシャツを着ている。若干いぶかしむ表情で、ノミオルはルシルをまっすぐ見つめる。

「…その格闘術だ。護身だけにとどまらず、素手で相手に大きなダメージを効率良く与え、なおかつ回避や反撃にも柔軟に対応できる蹴り中心のスタイル・・・。旧バルジオで教えてられていたものだ。」

男達はみんな黙って、ルシルの言葉に耳を傾けている。ノミオルは拳を握りしめ、ルシルを睨んでいた。

「そう怖い顔をするな。今じゃバルジオ人なんて珍しくもない。旧陸軍の軍人は、別の話だが。」

 ルシルはそう言いながら、その場でジャンプをしたり、腕や足の筋肉と腱を伸ばす運動をする。動きに合わせて彼女の豊満な胸が上下する。

「さて。遠慮はいらん、もうかかってこい。」

ルシルが手招きすると、ノミオルが大声で叫んでルシルに駆け寄る。

彼女はそのまま跳び蹴りを右足で放つが、ルシルは素早い動きで横に回避。ノミオルは着地すると同時に、今度は左足で彼女の首めがけて高い蹴りを放つ。ルシルはその蹴りを右腕でガード。ガードすると同時に素早いステップで、やや離れて間合いを一気に詰めると、左手でアッパーカットを放つ。続けて右ストレートを放つが、ノミオルはしゃがんで回避した。

 激しい蹴りと殴りの応酬に、にわかに男達が騒ぎ始める。

「やれ!そのバルジオ女を倒してくれ、隊長!」「隊長を倒したら酒をおごるぞ!新人!」「どっちが勝つか、俺と賭けようぜ!」「乗った!俺は新人に賭けるぜ!」

手を叩いたり、拳を振り上げたりしながらわめく男達を尻目に、女性同士の殴りあいの戦いは続く。

 ノミオルが放った首筋への蹴りを、再び右手でルシルは防ぐが、蹴りを放った瞬間ノミオルの左足はすぐさま地面に戻り、すかさず続けて右足で蹴りを放った。鋭い蹴りにルシルは反応できず、鉄の入ったブーツのつま先が彼女の頬を貫く。

しかし、ルシルは少しふらついたものの、倒れたりはしなかった。蹴りの入った左頬をさすりながら

(伍長に肩入れしたやつには懲罰だな・・・。)

そんなことを考えていた。

 その場でステップを踏むノミオルにルシルは素早く踏み込む。すかさず蹴りを放とうと片足に体重を乗せた彼女の顔に、ルシルは血の混じったつばを吐きかけた。つばが顔に当たりノミオルがわずかに怯むと、ルシルは彼女のみぞおちに左肘をたたき込む。すかさず次に右手でアッパー。どちらもほぼ完全な形で食らったノミオルは、そのまま仰向けに倒れそうになるが、瞬間的に彼女の右手をルシルは掴んでノミオルを助け起こした。

彼女の方が背が高いこともあり、前のめりなり、ノミオルはルシルの胸に顔を埋める形になる。

「これは、さっきの賭けの配当に当たるのか?」

 しばらくそのまま静止していた二人を見て男の一人が言ったが、抱き合う彼女達には聞こえていない。

「大丈夫だったか?ビルセンタ伍長。」

 ノミオルの両肩を掴んで上半身を起こしながらルシルはノミオルを気遣うように声をかけた。

「ええ。問題ありません、隊長。ありがとうございました。」

アッパーを受けたアゴを触りながらノミオルは答えた。

「そうか。さて、もうすぐ日が暮れる。」

 ぽんぽん、とノミオルの背中を叩きながらルシルはつぶやくと、男達に向き直ってこう叫んだ。

「もうお開きの時間だ!さっさと兵舎に戻れ!メシにするぞ!」

 大声で返事をすると、駆け足でグラウンドを後にする男達を尻目に、ルシルとノミオルは並んで歩きながら兵舎に向かった。


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