第六話:異常事態
本日三度目の起床は呼び鈴によるものだった。
プリンと桃入りのゼリーを一つ、缶入りのミルクセーキを一本飲んでから市販の風邪薬と解熱剤を適量飲み眠りに着いたのが今から約三時間前。
六時前の窓から見える風景はもうすでに暗かった。
シャツにカーディガンを羽織り、綿製のパンツに着替えて覗き穴から相手を確認する。
レンズ越しに見えたのは――
「………なんで、莉乃が俺の家知ってるんだよ。マジで有り得ねぇ。」
処女雪のような白いダッフルコートにこの近くのスーパーマーケットのレジ袋を持った莉乃だった。
莉乃には俺のマンションの住所を教えていなかったはずだ。
他のクラスメートに教えた記憶もないし、生徒証にもケータイの番号しか書いていないし、何かしらの書類に書いた記憶もない。
知っている人間と言えば、せいぜい家族くらいだが、莉乃がコンタクトを取っていたような気配はない。
玄関で立ち尽くしていると莉乃が動き始めた。
そして門の前から消えていた。
安堵した俺は念のために部屋に戻る前にもう一度覗き穴で確認し、そして俺は奇声を発していた。
莉乃はあろうことかおそらくケータイのライトを覗き穴に近付けたのだ。
それを直接見てしまった俺は強過ぎる光のせいで視界が黒一色に染まる。
それからしばらくの間は呼び鈴が忙しなく鳴り響いていたが俺の視力が戻るころには鳴り止み、今度こそ自室に戻ることが叶った。
しかし莉乃の行動力は俺の予想を更に飛躍させた場所にあることを知ることとなる。
幾分か食欲の戻った俺はコンビニで買い溜めしておいたかぼちゃのポタージュとクラッカーで質素な夕食で食事を進めるつもりでいた。
その時、玄関のほうから何か嫌な物音が断続的に続いていることに気付いた。
とび跳ねた俺は気だるさすらも忘れて玄関に向かうと、俺が明けてもいないのにドアが一人で開いた。
するとそこには管理人の中年男性と一緒にいる笑顔の莉乃の姿が映った。
管理人は俺が出てきたことに安心した表情で莉乃に一言言うと何事もなかったように歩き去って行った。
「帰れ。」
気が立っていたせいで命令口調になってしまったがこの際関係ない。
間違いを起こす前に帰したほうがいい。
身体が弱っているときは自制心がついつい緩んでしまう。
それはダメだ。
「ひっど~いっ。せっかくクラスメイトがお見舞いに来てあげたのにぃ。少しくらい世話焼かせてよ。」
莉乃が遊び盛りの女の子のように口の中一杯に空気をため込んで頬を膨らます。
その頬を膨らませるその行動があざと過ぎて、大人びたルックスとのギャップが大き過ぎて、つい気持ちが緩んでしまった。
その隙を突いた莉乃は俺の腕の下を擦り抜けると次の瞬間、俺の背中は押されて、店子である俺を残してドアが閉まってしまった。
それに次いで鍵を掛けた音が無情にも冷え込む空気の中に俺を取り残した。
「私は市ノ瀬 正人の部屋に入る許可と同人の看病をする権利を貴公に要求しま~す。」
ドア越しに莉乃の間延びした声が響く。
その声から察するにきっと笑顔でニヤニヤしているのだろう。
逡巡する。
どうすればいい。
答えは最初から決まっている。
ノーだ。
だが、それを莉乃に告げて素直にドアを開けて大人しく帰ってくれるだろうか。
そんなことはあり得ない。
良心と常識がある人間は客人と言う立場を忘れて弱っている借り主を、そのことを知った上で追い出すなんて暴挙起こすはずがない。
だが今の莉乃に良心と常識があるようには思えない。
莉乃は俺の悪友であって親友ではない。
ならば答えは必然的に決まるだろう。
「好きにしていいから早く部屋に入れてくれ。ここにいたら風がぶり返しそうになる。」
降伏するとドアが開き、満面の笑みを浮かべた莉乃がお出迎えしてくれた。