第二話:否日常
「ねぇ、正人。正人ってモテるのに、なんで彼女作ったりしないの?」
俺は莉乃の思いもせぬ問いに驚いて、危うくコンクリートにバンジージャンプしそうになってしまった。
慌てて身体の体勢を立て直すと莉乃の慌てふためく顔が見えた。
「別にー。今はバイトが忙しくて、彼女作る余裕がないだけー。なんで、んなこと聞くんだよ。」
莉乃は去年の秋頃からつるみ出したクラスメートだった。
地毛だと言う明るく肩甲骨よりも少し長い茶髪に八等身でメリハリのあるボディーライン。
垢抜けた容姿とは裏腹に、好物は緑茶、和菓子、縁側。
年寄りがファンタジーな力を使って若返ったような内外のギャップは賛否両論あるそうだ。
それでも異性からはもちろん、同性からも大した妬みも受けないのは莉乃の仁徳と言ったところだろう。
俺は別にどうでもいいと思う。
俺が何かを言って変わるわけでもないし、言う義理もない。
「私たちもう三年生だよ?そろそろ進学のこと真剣に考えたら?」
「あぁ、まぁ、そうだなー。」
莉乃にはまだ言っていないが俺は高校を卒業したら就職するつもりでいる。
ボロを出して問い詰められるのも吝かだったのでフェンスを下に落とした。
が、数秒後には後悔していた。
「あっ、有記と阪上君だ。良かった、ちゃんと幸せそうだ。」
俺につられて視線を落とした莉乃はベンチで昼食を取るカップルを見て安堵の息を漏らした。
照れながら食事で花を咲かせる二人は確かに青春で、微笑ましいものなのだろう。
「…いいなぁ。」
莉乃が零した言葉を聞かなかった俺は視線を空へと変える。
緩やかに流れる雲を眺めていると、真っ白な雲は段々と形作り始めた。
フェンスに凭れかかった背中から上の力を抜いていくと世界が反転して逆さまな莉乃と視線があった。
雲を見て『練り飴だー。』と呑気に食い気を見せる莉乃を見て力が抜けてしまう。
俺の隣に莉乃が居るのは心地良い。
男に限らず、女も恋をする。
別にそれはいい。
でもそれに中てられるのはごめんだ。
莉乃は自分のことよりも他人のことのほうが気になる性質らしい。
自分には男の一人もいないのに(俺が知らないだけでもしかしたら居るのかもしれない)、友達の恋の為に右往左往する。
だから莉乃の隣は俺にとって絶好の立ち木なのだ。気を張る必要がないから。
でももしかしたらそんな関係ももうすぐ終わってしまうのかもしれない。
そんな気がした。
反れたせいで余計に強調させた胸が上げた視線に入った。見入ってしまうのは男の哀しき性なのだろう。
視線を再び下げたところでイタズラな顔をする莉乃の視線が交差した。
「エッチッ。」
バレたらしい。
「男の哀しき性だからな。」
視線を外して苦し紛れに一言呟くと、俺に思ってもみなかった追い風が吹いた。
「急げ、莉乃。余鈴が鳴ったからさっさと教室に戻るぞ。古典の佐々木は特に五月蠅いからな。」
言うが早いか、動くが早いか、俺は駈け出していた。
莉乃も俺に数秒遅れて着いてきた。
こういうのは、………結構楽しいと思う。
まぁ、結局莉乃は遅れて遅刻扱いだったけど。