第十話:血縁
「男の子の部屋ってもっと散らかってるものだと思っていたよ。意外とちゃんとしっかりしてるのね。」
姉さん、実乃里は部屋をキョロキョロと見回すと意外そうな顔でそう呟いた。
姉さんは以前見たときよりももっと綺麗になっていた。
肩甲骨まであった黒髪はその艶を失うことなく更に腰のあたりまで伸びていたし、化粧が上手くなったせいか大人びた顔つきになっている。
「何年も独り暮らししたら嫌でも整理上手になるさ。姉さんは前よりももっと綺麗になったよ。」
以前最後にあったのは姉さんが高校生のときだ。
そのときも姉さんは妖艶さを醸し出していたけど、今はさらに磨きがかかって大人の色気を出している。
さっき変に齧ったせいでついそれに中てられてしまいそうになる。
「何年も会っていなければ自然と変わっていくものよ。お父さんもお母さんも心配していたわ。それと言伝もあるの。『せめて年末年始、お盆くらいは帰ってきなさい。元気な顔を見せることだって立派な親孝行よ。』だってさ。そんなにここでの生活がいいのかしら。それとも――」
姉さんはすっと目を細めて唇を歪めるととても楽しそうに言葉を続ける。
「私から逃げたかったのかしら」
心臓を握られたように呼吸が止まり、冷や汗が額に流れ、液体窒素のような冷気が背骨を駆けた。
「違うよ、姉さん。一人暮らしが気楽で楽し過ぎたんだ。夜遊びも時々するけど学校は休んでないよ。」
「へぇ、そうなんだ。なら女遊びはしていないっていうのかしら。お姉ちゃんはとても心配だわ。」
心配、という姉さんの表情はとても楽しそうで、それでいて凍て突くように鋭い。
姉さんの目はじっと俺の目を見詰めて、心の奥を覗き込もうとする。
『もちろんそんなことしないよ。』
そういうつもりだったのに姉さんのほうが先に動いていた。
姉さんはあっという間もなく俺に近付いてきて、正面から抱きついてきた。
押し入れに隠した莉乃が息をのむ音が聞こえたような気がした。
でもそんなことを考える暇が俺にはなかった。
押し付けられる姉さんの胸が俺から思考力を奪っていく。
懐かしい匂いが頭の中に溶けていく。
「あぁ、これが正人の喉仏。荒々しくて男っぽくてつい食べたくなっちゃいそうになるわね。」
白く長い指が俺の喉仏を愛おしそうに撫でる。
その指使いが懐かしくてついつい身を委ねてしまう。
「ねぇ、正人。お姉ちゃんの身体、今でも覚えているのかしら?答えなくていいよ、身体に聞くから。」
長い睫毛が見えた。
ラメ入りのアイシャドーが昔よりも女らしさを強めているような気がした。
姉さんの吐息が間近に聞こえる。
瞼がおもりを乗せたように重くなっていき、閉じていった。
久しぶりの実乃里の温もりに触れたときに物音が聞こえた。