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GL短編集

人魚病

作者: りんくま
掲載日:2026/06/09

今年、私の街で奇妙な病気が流行った。

【人魚病】と呼ばれる不治の病。

肌の一部分に魚のウロコの様な模様が現れ、それを放置していると本物のウロコになっていき、最後には泡となって消えるという。

それが発症するのは、女性のみだった。

男の人が女の人になった時は?

もちろん、その人も【人魚病】を患った。

ただ、女性よりはウロコが現れるのは遅いらしいケド、泡になって消えるという事は変わらなかった。

世界でその病が広まっているのかと思っていたけど、その病が特に発症している場所は海側の地域だけだそうで。

引越しをして海から遠ざかると自然とウロコが消えるという噂もあった。

まあ、噂なだけで、結局は急に泡となって消えるらしいけど。

だから一日に一回は【人魚病】にかかって泡になって消えるというニュースは必ず流れたし、泡となって消えた人の名前も表示されることが多かった。

でも、それが本当に辛い病気なら良かったのかも知れない。

だって【人魚病】を患った女性は、童話の人魚姫の様に美しい顔に綺麗な身体、太らなくて、スタイルがいいのを維持出来て、それに透き通るような綺麗で人を魅了する声を発することが出来る。

女の子ってずっと綺麗にいたいと思うのは誰でも思うわけであって。泡にならない様に気をつけていればいいだけという人も大勢いた。


泡にならない条件というのは…そう、自分の【王子様】を作らない事。

【王子様】に恋をしてはいけない。

【自分だけの王子様】を作ってはいけない。

例え運命の王子様じゃなくとも、一度でも恋をしてしまったら、おしまいだ。



「私も人魚病にかからないかなー。そうすれば片想いしてるサッカー部のエースと付き合えるのに」

「でも泡となって消えるの、怖いじゃん?」

「まあそうだけど、すぐってわけじゃないらしいし、世界一の美人になれるなら一回くらいはなりたいじゃない?」

「うーん……確かにね。でも王子様ってそんな高校の時に決めていいのかしらね?大人になったらもっと高収入の男の人ゲットできるじゃない?その時でもいい気がするけど。だっておばさんになってもスタイルのいい綺麗な、美魔女?っていうの?あんな感じになるんだし」

「あー。それもいいかもー!」

何がいいのだろうか。

考えてもみなよ。泡になって消えちゃうんだよ?

たった一度の恋をしただけでだよ?

どういう気持ちで消えるとか思わないの?

だって王子様とお付き合いしたって死ぬまで一緒にいられないんだよ?

今の医療機器で治せない不治の病だと言われているのに。

私はそう思いながら窓の外を見る。

人魚病。

私の従姉妹の女の子もその病気になって泡となって消えた。

しかも年齢は八歳。八歳で人魚病だ。

ウロコが現れて、初恋の男の子とキスしちゃって。

そして泡になって消えた。

おばさんが朝、何度呼んでも降りて来なかったから部屋のドアを開けたら、ベッドの上は水に濡れた様に湿っていて、着ていたパジャマだけが残っていて、泡が少し残っていたって。

悲鳴も何も聞こえなかったとおばさんは言っていた。きっと熟睡している時にフッと消えたのだろう。

その子のお葬式をしようにも肉体がない状態で。どうやってあの世に送り出すのだろう?

そもそも、肉体が消えた後の魂は何処へ行くのだろう?地縛霊としてとどまるのだろうか、それとも……また別の所に?

そして人魚病で亡くなった人を弔う風習が出来た。

お盆の日に、指定の海まで行って、泡となって消えた子のへその緒を沈めるという。

船に乗って、深い場所で行って。

「ねえ、テニス部のキャプテン、知ってる?」

「知ってる!凄い美人顔なのに男勝りな性格の先輩でしょ?人魚病になってないのに、あの顔とスタイルがいい先輩!女の子のファンもいるんだって。声も綺麗だし。いいよねー。生まれた時から恵まれた容姿を持ってるってさ」

「わかるぅー」

わかるのかよ。本当に?それって嫉妬じゃないの?

ええ、私は皮肉で性格も顔も標準より少し下……いや、底までブサイクですよ。

毛穴もあるし、思春期ニキビに悩まされているし、どんなけケアをしても綺麗にならないし。

体型もぽっちゃりしてるし。

入鹿(イツカ)先輩か……」

皆が噂しているテニス部のキャプテンは三年生の入鹿先輩。

整った顔をしていて身長が高く、黒のショートヘアーが似合っている美人だ。

容姿も整っていて頭もイイ。それに男勝りな性格でアッサリとしているのもあって人気も高い。

男も女も魅力してしまう声もある。

でも先輩の身体にはウロコがない。

だから人魚病にかかっていないのに、人魚の様に鮮やかで綺麗な人だった。

私も別にその先輩に興味がないという事はない。

カッコいいし、自分の容姿を自慢する事もなく、性格も最高で、優しくて、気遣いがあって。

恋する女の子もいるってさっき言ってたけど、私もその先輩に恋している、と思う。

相手は女性なのに、王子様のような……そんな感じ。

(今日も女の子に囲まれてるな)

私もあの輪に入りたい気もする。けど、きっとブスな私に声をかけてくれる事は無いだろう。

(憧れの先輩だから、声をかけて無視されると傷つくし)

私は机の中から小説を取り出して読み始める。

(私も人魚病になれば……先輩と釣り合う女の子になれるかな、なんて。泡になって消えるのはヤダな)

そう思いながら昼休みは読書にあてた。



「返却はこちらで」

「ども」

私は部活に入らず図書委員になった。

子供の頃から絵本が好きで、本を読むことが今でも好きだった。

将来は図書館で働きたいと思っていたのでその資格をとれる大学に行こうと思っていた。

本に囲まれた場所、静かな空間、本を読んでる時は何も考えずに物語に集中できるから。

本を書く職業もいいなと思ったが、私に文章を書くどころか想像、空想、アイデアなどがパッと思い浮かばない。そこに締切を迫られると……ああ考えただけで無理だ。

(タダでさえ小説投稿サイトの更新も毎日してないのに出来るわけがない)

ハァーと溜め息を吐きながら私は返却された本をしまっていく。

今日も受験勉強に覆われている三年生が多い。不良の溜まり場になってないのが幸いだ。

まあ図書室を管理している先生が脳筋で見た目がもうなんか……言ったらダメかもしれないけど、アッチ系の見た目だから。

(はあ、この本って結構高い所にあるのよね。脚立、脚立と…)

脚立を探そうとしていると、スッと腕が後ろから伸びてきて、本を取られた。

「あっ」

「しまってあげるよ。どこ?」

そこにいたのは入鹿先輩だった。私は驚いて目を開いていると、首を傾げながら『どこ?』と聞いてきた。

「あ、あの、そこの棚です」

「ココね」

先輩は少しだけつま先を立てて本をしまった。

やばい。

急に隣にいて、しかも声もかけてもらえて、こんなに近くに先輩がいるなんて初めて。

「ありがとう、ございます」

小さい声でお礼を言うと笑顔で手を振った。

先輩も受験勉強に来ているのだろうか。

確か……噂では都会のスポーツ特化の大学に行くって聞いてたケド。テニスのプロ選手を目指しているって。

「ねえ、君って本に詳しい?」

「えっ?!え、少しだけ、なら」

「じゃあ……そうだなー。有名な童話のさ【人魚姫】の書籍ってないかな?あ、児童書とか絵本じゃないやつ。タイトルはちょっと思い出せないんだけど、そういう感じの本ってある?」

「人魚姫をテーマにした書籍は沢山ありますね。ラノベとか漫画とか」

「じゃあ、君のオススメの本が読みたいな」

「え、えっ?」

「家で持っているのでもいいよ。まあ人魚じゃなくても君が呼んでる本が気になる。ねえ、名前は?」

「図書館では静かに!」

「あ、ごめんなさーい。じゃあちょっとだけ付き合って」

「えっ」

先輩は私の手をつかんで図書室から出ていく。



「私は三年の入鹿カナタ。君の名前は?」

「えと…二年の波島モエカです、先輩」

「で?モエカのオススメは何?」

「へぇっ?!い、いきなり下の名前を……」

「およ?ダメだったかい?私の事もカナタって呼んでいーよ。先輩とか後輩とかそんな壁とかいらないし」

「じゃ、じゃあ……カナタさん…あの」

「モエカのオススメの本!」

「あ、そ、そうでしたね!えっと…じゃあ、今持ってるのでこう言うのはどうでしょうか」

私は朝電車の中で読み切った短編の小説をカナタさんに渡す。

「へぇー。これってラブストーリー?」

「まあ、そうですね。シットリとした感じでシリアスなとこもちゃんとあってギャグもあるって言う感じの。人魚は出ないですが別の人外が出てきますね」

「ふーん。面白そう。これ貸して!」

「い、いいですよ!」

「サンキュー」

先輩は部活のバッグにしまった。

「今日は練習ないのですが?」

「ん?あるよ。今男子テニス部がコート使う時間だから、その間にちょっと、ね」

「そうなんですね」

まさか憧れの女性と話すことができるなんて。

テニスは野外のスポーツだから肌がこんがりと焼けてるかと思ってたけどカナタさんの腕は真っ白でウルスベでとても綺麗だった。目のまつ毛が長くて、瞳が黒く、目力がすごい。それに汗臭くないシャボンのいい匂いがする。

綺麗な顔、鍛えられたスラットした脚、体格、スタイル。間近で見てウットリしてしまう。

「ねえモエカ」

「は、はいっ!」

「今度私の試合、見に来てくれる?」

「えっ……いいんですか?」

「うん、モエカが来てくれると嬉しい」

「ぜ、是非!」

私はつい大きな声で返事をしてしまった。先輩はハハッと笑って、私の頭を撫でてくれた。



先輩の試合を観た。

どんな男子よりも輝いていたし、キラキラと輝いていた。

先輩のファンが奇声を上げて盛り上がっている中に私はいた。叫び声はキーンとなるしウルサイってなるけど、そんなの気にならないくらい先輩のテニスを観ていた。

「モエカー!」

先輩が笑顔で手を振ってくれたので振り返す。

周りの女子達に睨まれたが、気にしないようにした。気にしてしまったら、先輩と仲良くなれないし。

あの日、試合を観に来てとお誘いが来てから先輩と会話する事が多くなった。

お昼も一緒にお弁当を食べることも増えたし、部活が終わったら図書室に来てくれる。

他の子の誘いを全部断って私を優先してくれる。

本当に私の王子様になってくれたのかなって勘違いしそうになるくらい、先輩は交流してきた。

もちろんそれを面白いと思っていない人もいて。陰湿な嫌がらせを受けるけど、その度に先輩は怒り、私を守ってくれた。

「カナタさん、お疲れ様です」

「はぁー。ギリ勝てたよ。どう?カッコよかったでしょ。私のスマッシュ」

「うん、鳥みたいだった。あんな高く跳べるんだね。カナタさんは。凄いな。スポーツも出来るし勉強も出来るし、コミュニケーション能力高いし、カッコいいし、綺麗だし」

「モエカに褒められると凄く嬉しい。皮肉っぽい言い方でも全然平気。他の女の子達の皮肉って本聞いていてムカつくんだよね。陰湿だし」

「いや、私も結構陰湿な方だよ。妬むし、病むし、腹黒いし」

「そーかな?私は全然気にしないけど。ねえ、この後予定はあるかな?お嬢さん」

「ないけど」

「じゃあ、私とデートしよう」

「へ?!」

「モエカも化粧して、服もモット明るい系が似合うと思うんだけどなー。人魚病で綺麗になるより、自分の素の顔で綺麗になる方がいいよ。うん、そうしよう!私シャワー浴びて着替えてくるからそこのベンチで待ってて」

「あ、カナタさん!……もー。本当勝手にグイグイ決めるんだから……」

私はほっぺを膨らませる。でも、カナタさんは思った事をハッキリ言ってくれるし、私が皮肉屋だとしても笑ってツッコミを入れてくれる。

それに、こんなブサイクな顔でも『可愛い』とか『肌が白くて綺麗だよ』とか『もっと笑顔でいれば素敵なお嬢さんだよ』って言ってくれる。

「…カナタさんって本当王子様だよね。お嬢さんだって」

私は少し頬を赤くしながらベンチに座った。



「またクラスの子が数人、人魚病にかかったんだって」

「でもまだウロコが出てるだけで綺麗なスタイルに変わってないんだって。不思議よね。ウロコが出てきたら、美人になるって聞いたのに」

「やっぱ人魚に近いくらいにならないとダメなんじゃない?」

「そうね」

私は空をジッと見る。

最近人魚病が拡大してきて、街の女率が下がっていっているらしい。

子供を出産して女の子とわかったら即ワクチンそ打つ親もいるらしい。

そんなに医療技術は発展していないだろうし、そのワクチンで効くのかと疑う。

最近はそれで詐欺が増えて、意味のわからない薬やワクチンで借金している家庭もいるとか。

まあ私はまだ身体にウロコが出てないし、きっと人魚病には縁がないと思う。

そうそう。デートの日に私は行った事がない、むしろキラキラすぎていけなかったデパコス売場に連れてって貰った。

もちろんカナタさんが好きなブランドコスメのお店に。

「お姉さん!私のお嬢さんを可愛くしてあげてー」

「えっ?!いや、いいよ!そんな、化粧したってブスには変わりないんだし、その、お、お小遣いも持ってないし、買えないし、全部使いきれないし」

「大丈夫ですよ。購入して肌に合わないという場合もありますし、お試しだけというお客様もいらっしゃいますから」

「そうそう!私もお試しをしてから買うし、もちろんやって貰って買わないことだってあるよ。まずは試しにメイクしてもらお。絶対化粧映えすると思うんだよねー」

それでやって貰って、完成して……恐る恐る目を開けたら、そこに映ってた自分の姿に口を開けてしまった。

「ほらー!やっぱりモエカは化粧似合うよ!凄く可愛いよ?」

そういってカナタさんが頬を赤くしながら笑った表情に胸がドクンとなった。

この顔なら……カナタさんの隣を歩いても大丈夫だなって。

「……今度またカナタさんとデートする時、お母さんにお小遣い貰って、リップだけ買おうかな…」

デパコスでお試し後はプチプラのコスメコーナーに行って色々揃えた。それと帰りに古本屋に行ってコスメの本も買った。こんな本、一生買わないと思っていたのに。

「……ふふっ」

綺麗になるってこんなに楽しい事なんだ。

そう思っていたら、なんだか腕が痒くなってきた。

「……痒い。蚊に刺されたかな」

私は腕を見て、ヒっ!と声をあげてしまった。


ウロコ。魚のウロコが現れた。

嘘、嘘でしょ?人魚病?私、男子に恋なんてしてない。恋愛なんてしていないのに。

どうして?


「うわ、アイツ人魚病になりやがった」

「先輩と仲良くしてるバチが当たったのよ」

「いつ泡になって消えるのかしらね」


クスクス、クスクスとクラスの女子達に笑われる。


「いや、もしかしたら好きな男子がいるのかも」

「えーっ。誰だろう?あのモテ男くんとか?」

「いやいや、あの地味なオタクっぽいアイツじゃね?」


私は真っ青な顔をしていたと思う。血の気が引くってこういう感じなのだろう。

腕を隠して、カバンを持って、家に帰った。



「…ウロコが広がってる」

お風呂で全身を見ると、腕だけじゃなくて、脚にも、お腹にも、なんなら肩にも、一部だけウロコが見える。

触るとザラザラしているというか、本当、魚のウロコの様な感じ。

「痛いっ!」

ウロコを取ろうとすると激痛が走った。本当に身体にウロコが生えていた。

「どうして?異性に恋をしたら発病するんじゃないの?私、誰にも恋していないのになんで?なんで……?」

好きな人というか、その人は憧れで、王子様だなって思ったことはあるけど、そう、カナタさんのことだけど。

「……同性でも、ダメ、なの?」

私の目からポロポロと涙が出た。涙が床に当たった音がする。床を見るとコロコロとした綺麗な玉が落ちていた。

「真珠……?」

私は目を擦って指の上に涙を乗せるとみるみると涙が丸い形になって白濁した色に変わり真珠へと変化していった。

「ひっ」

私は夢だと思ってシャワーをお湯から水に変えて顔にビシャビシャっとかけた。そして、ふと鏡を見てしまった。

「……えっ?」

鏡に映る自分に驚いてしまった。

パッチリとした二重になってまつ毛が長くなっていて、肌荒れや毛穴の黒ずみ、そばかすが綺麗さっぱりなくなっていた。ぷっくりとした色っぽい唇がパクパクとしている。

「これが私?」

もちろんウロコも綺麗に見えている。ウロコの色もエメラルドグリーンをメインにしたグラデーションカラーで。本当にお伽話の人魚姫の様になっている。

「凄い……こんなすぐに変化するの…?え、こ、声もなんかいつもと違う……」

試しにいつも出ない高音の歌を歌ってみた。凄く澄んだ声が出た。まるでオペラ歌手になった気分。

「……」

もう一度鏡で全身をじっくり見る。胸が少し大きくなって、くびれがキュッとして、お尻がもっちりスベスベになっていた。

「人魚病って、本当女の子が欲しいモノが詰まった病気なのね」

私はウロコの部分を丁寧に洗って、風呂場から出た。

お母さんは私の姿を見て驚いていたけど、綺麗になった娘を自慢できるわと言っていた。

兄さんも私の姿を見て目を丸くしていたし。

「モエカがまさか人魚病になるとはなぁ。で?好きな男の子はどんな子なんだ?」

「別に男の子に恋をしたわけじゃないのにウロコが出てきたの。恋愛なんてしてないのに。ネットで調べても、恋をしていないのに人魚病にかかるわけがないって書いてたんだよ。知恵袋に」

「ネットは所詮ネットだしな。ガセネタもあるし。病院に行くのが一番だな」

「医療が発達していないのに、診断して貰って治るものなの?」

「さあ。まあ治った人はいるんじゃねーの?低確率だろうけど」

「治るかな」

「泡になって消えるかもな」

「兄さん、ひどい」

「ま、恋をしていないなら泡にならないんじゃないか?人魚は人間に恋をして、泡になって消えたんだろう?じゃあモエカはずっと恋をしなきゃいいだけだろ」

「そうだけど」

「それは困るわ。孫を見せて貰わないと。女の子に産まれたんだから」

「お母さんまで、ひどい」

私は涙を流して自分の部屋に戻った。コロコロっと真珠が床に転がったのを見た母さんがビックリしていた。



「え?モエカ、人魚病になったの?!」

「うん、私……男子に恋愛感情なんて持ったことないし、今も好きな男子いないのに、ウロコ出てきちゃって……顔も声も変化しちゃったし、私じゃないみたいでなんかやだ。それに……泡になっていく自分を見るのも怖い」

カナタさんは紙パックの緑茶を飲みながら私をじっとみる。

「じゃあさ」

「うん?」

カナタさんはニッと笑って私の唇に指を滑らせた。

「好きになった王子を殺してみる?」

「えっ」

「人魚姫のお話、思い出してみなよ。王子を殺す選択があったでしょ?でも人魚姫は王子が好きだったから殺す事ができず、海に身を投げて泡となって消えたっていう話だろ?じゃあ、泡になりたくなかったら王子を殺せばいいだけの話じゃない?」

「それは……そう、だけど。じゃあ人魚病にかかった女の子は好きな人に振り向いて貰えなかったりフラれたから泡となって消えたって事?」

「おとぎ話の通りなら、そうだと思うけど。実際死因はわからないわけじゃない?泡になって消えて肉体がないから解剖も出来ないわけだし」

「まあ……確かに」

でも私は王子様と思っている人は男じゃない。カナタさんを王子様だと思ってるし……。

「モエカの好きな人って誰?」

「いないってば」

「本当に?」

「う、うん、好きというか憧れの人はいるけど、その人は女の人だし……そ、その……」

私がチラッとカナタさんを見るとカナタさんの口元が上に上がっている。

「ン?」

「……その、カナタさんが私の王子様って言ったら……気持ち悪い?」

「そんな事ないよ。むしろ嬉しい。私ずっとモエカの事が好きだったんだよね。女の子に恋するなんて変かなーって思ってたけど、でもモエカならなんでも許せちゃうんだ。妬みも嫉妬も全然気にならないし、陰湿って自分で言ってるけど、そうでもないし。へへ。お嬢さん。僕と付き合ってくれるかな?」

「かっ、カナタさん!?」

「大丈夫。人魚姫の王子様は別の女と結婚したじゃん。でも私はモエカしか見てないし。いつか

私が人魚病を治してあげる。ね?私はモエカしか見てないよ。顔も綺麗だし、肌も綺麗。目も、声もどれも綺麗。もちろん人魚病になる前のモエカも好き」

カナタさんはそういうと私の腕に優しく触れる。

「綺麗なエメラルドグリーンのウロコだね」

「う、うん」

「一枚ちょうだい」

「え?」

ペリッと一枚剥がれたウロコをカナタさんは太陽にかざした。剥がされたのに痛くなかった。自分で引っ張った時は痛かったのに。

「綺麗だね。私のお守りにしよ」

「えっ」

「で?私と付き合ってくれる?お嬢さん」

「よ、よろしくお願いしますっ!」

私は顔を真っ赤にさせてカナタさんの手をギュッと握った。



それから数十年が経ち、街で流行った人魚病は徐々に消えて無くなっていた。

人魚病を治す薬が出回ったのだ。もちろん偽物じゃなくて、ちゃんと生物研究者達が実験を重ねて出来たものだった。

「モエカ、ただいま」

「おかえりカナタ」

私の王子様は、その生物研究者の一人だった。

そう、私は唯一、人魚病にかかったのに泡になって消えなかった人間としてメディアに取り上げられた。もちろん今でも私の身体にはエメラルドグリーンのウロコがある。

「モエカ、ごめんね。実験体に使ってしまって」

「いいよ。私のおかげで世の中の女性が一人でも救われるなら、別に。それに……カナタがいるし、カナタが他の人を好きにならなきゃいいだけだし」

「そーだね。あ、モエカ。また血を摂取してもいいかな。今度の検診で」

「うん、いいよ」

「もうじきね、人魚病が完全になくなる薬が開発完了するんだ」

「へぇ。カナタって本当秀才だね。いいね」

「惚れ直した?」

「うん、もっと好きになった」

私はカナタの唇にチュッとキスをする。

「へへ。その研究が終わったらさ、日本から離れて、海の近くの国に住まない?」

「海の近く?この街も海近いよ?」

「だって日本じゃ結婚出来ないじゃん。同性婚が認められている国にいこう。ねえモエカ、私のお嫁さんになってよ。お嬢さんじゃなくて、奥さんにさ」

「えっ?!」

「それで生活が安定したら養子を貰おう。私、今の研究が成功したらね、海外の研究所に行けるんだ。そこ、同性婚が出来るんだって。ね、約束しよ」

「う、うん、約束」

私はカナタの薬指に指を絡めて約束した。



でも、その約束が叶う事は無かった。私は、カナタを殺した。包丁で心臓を刺した。

実験は成功した。そう、実験というのは……王子様が別の人に恋をして、人魚姫が王子様を殺すというエンディングの事だった。

研究所で私は愛するカナタを殺し、その返り血で身体のウロコは剥がれていって、床に落ちた瞬間泡となって消えていった。

もちろん、私の顔や身体は元に戻っていき、前よりも、もっと醜い姿になって、そして海に身を投げた。


もし、もしもだ。あのまま王子様と結婚していれば幸せでいられたのだろうか。

それとも、最初から王子様に出会わない方がよかったんじゃないだろうか?

そう思いながら私は深海に沈んでいった。

そして街から人魚病は消えたと、海の中にいた【仲間達】が言っていた。

私は王子様を殺した人魚として、今はこの深海の中で生きている。本物の人魚姫になって。

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