帰り道
それは、学校の帰り道でのできごと。
雪が降り始めた日だった。
駅前にあるポストを行ったり来たりを繰り返すこと、小一時間。
ポストに何度『それ』を入れかけ、引っ込めたことか。
もうすぐ受験が始まるというのに、私は何をしているんだろう。
読んでくれるだろうか。
もし、返事がこなかったら。
返事が、NOだったら。
そんなことを繰り返し、繰り返し考えながら、ポストに近づいたり、遠ざかったり。
やがて何度目になるか分からない、ポストへ『それ』を入れかけたとき。
「高辻」
背後からのその声に、私はポストの中に『それ』を落としてしまった。びっくりして肩を浮かせながら。
聞き慣れた声に振り返ると、やっぱり彼だった。
そして彼も、『ああ、やっぱり高辻だ』といった顔で私を眺めている。
「手紙でも出したの?」
「……」
あまりにもびっくりしたものだから、小さく素早く頷くのが精一杯だった。
でもって、そのまま俯いてしまう。
とても見せられない、今の自分の顔。マフラーをぐるぐる巻いて半分は隠れているとはいえ。
そして、見ることが出来ない彼の顔。
手紙を、出してしまった。
しかも、出した相手が今目の前にいる。
心臓がバクバクする。
何てことだ。
きっと、私は顔が赤くなっている。
そんな、漫画の様に真っ赤っ赤というわけではないだろうけど。
頭の上からは既に湯気が上っている。そんな感じだ。
間もなく受験本番。
授業は終わり、年が明けると卒業式近くまでクラスメイトとは会えなくなる。
――遅まきながら高辻葉月、恋をしました――
誰に言うわけでもなく、心の中で呟いていた自分。
あれは5月の連休が終わって間もない頃。
このまま何もせずに終わるよりも、せめて自分の想いだけでも伝えたら。
何度そう思い、書き始めては止めてしまったペン。
あれよあれよとカレンダーはめくり変わり、気付けば12月。
やっと決心し、思い立ったのが昨日の今頃。
その晩遅くまで時間をかけたのに、書いた手紙は1枚。
クドクド書くよりも、シンプルにいこう。
堂々巡りをして、そこに落ち着いた。
高校3年生になって、初めて自覚した恋。
親友にさえ打ち明けていない。
遠巻きに見る彼はいつも明るくフザけていて、自然と周りから皆が彼の所に集まっていって。
最初は全く気にもならなかったのに。
それは、たったひとつのきっかけから。
多分誰も知らない、見ていない、私だけの秘密。
その彼が、今目の前にいる。
「あのっ、じゃあ」
とりあえずこの場から逃げようと、俯いたまま体の向きを変えた瞬間。
私の右手を、彼が握った。
これまたびっくりして、私は反射的に彼の顔を見た。
「一緒に帰らない? お前ン家、確か同じ方向だったよな?」
そう言う彼の顔は、いつになく真面目で落ち着いていない。
いつになく、というけれど。
実はまともに会話をしたのはこれが初めてで。
そして、帰り道。
私はまだ届いていない手紙の返事を貰った。
いえ、貰ったんじゃなくて。
「高辻が好きだ」
突然だった。
何だそれは。
まさか、先手をとられるとは。
しかもこんな時期に、よく告白したものだ。
ところがすぐに気付く。
自分も同じことをしようとしていたではないか。既に現在進行中だけど。
恥ずかしさが可笑しさに変わり、
緊張が心地良さに変わり、私は笑った。
「何で笑うんだよ」
彼が少しだけ不機嫌そうに口を尖らせる。
私は慌てて姿勢を正した。
「ごめん。違うの。あまりにもビックリしたから」
「びっくり?」
彼はますますワケが分からない様で、眉をひそめた。
そりゃあそうだ。
真剣に告白したのに笑われたのだから。
それでも私の中で、少しだけ意地悪が芽生える。
「私の返事、今訊きたい?」
「はあ?」
口を開けたままの彼の頭の中では、きっと「?」が星の様にたくさん浮かんでいるに違いない。
「明日になれば分かるよ」
そう言って私は構わず歩き出す。
「明日?」
彼も慌てて歩き出す。
嬉しさ。
喜び。
恥ずかしさ。
清々しさ。
温かさ。
飛び交う、感情。
それは素敵な素敵な、学校の帰り道だった。




