第5話 俺が何もしないと、みんなが勝手に震え出すωω
異世界五日目。
俺は、何もしていない。
本当にだ。
起きて、顔を洗って、呼吸しているだけ。
なのに――
「勇者が起きたぞ!!」
鐘。
「本日一回目だ!」
「早い! まだ朝だぞ!」
「予測不能だ、備えろ!」
城内が走る。
兵が走る。
司祭が走る。
なぜか料理人も走る。
「おはようございます」
「伏せろおおお!!」
「挨拶しただけだって!!」
リーナが来た。目が死んでいる。
「……聞いてくれ」
「やだ」
「街で、お前が“都市伝説”になっている」
「は?」
「今の噂」
リーナは紙を読む。
「『勇者が咳をすると橋が落ちる』」
「してない!」
「『勇者が空を見ると隕石が降る』」
「見てない!」
「『勇者が考え事をすると税率が上がる』」
「それ俺関係ないだろ!!」
俺は街に出た。
何もするな、という命令付きで。
半径五メートル、無人。
遠巻きの視線。
祈る人。
逃げる人。
売り物を隠す商人。
「……楽だな」
「は?」
「人がいない」
「感想が最低だ」
俺は歩くだけ。
――パン屋の前を通る。
「伏せろ!!」
人々が逃げる。
パンが焼けすぎる。
焦げる。
「……勇者のせいだ」
「俺何もしてない!」
誰も聞いていない。
次。
噴水の前。
俺は立ち止まった。
「待て! 止まるな!」
「止まっただけだ!」
噴水の水圧が上がる。
理由:老朽化。
「……やはり」
「やはりじゃねえ!」
昼。
俺はベンチに座った。
座っただけ。
――鳥が飛び立つ。
それを見た誰かが叫ぶ。
「合図だ!!」
なにの!?
結果、
街全体が自主避難。
被害ゼロ。
俺は理解した。
「……俺、もう“何もしなくても犯人”だな」
「今さらだ」
リーナは淡々と言う。
そこに、白髪の少女。
厄災担当ヒロイン。
「都市伝説、完成したわ」
「完成させるな」
「あなたが存在するだけで、人が備える」
「俺、置物じゃん」
「最高の置物」
彼女は紙を差し出す。
新条例案。
『勇者が動かない場合、最大警戒』
「動いた方がマシなの!?」
夕方。
俺は城の屋上にいた。
空を見る。
誰もいない。
静か。
何も起きない。
「……平和だな」
その瞬間、鐘。
「勇者が空を見た!!」
「避難!!」
「だから何も起きてないって!!」
でも――
誰も怪我しなかった。
夜。
借金台帳。
「……また減ってる」
「被害ゼロ」
「俺、何もしてないのに?」
「それが功績だ」
俺はベッドに倒れた。
異世界五日目。
俺は悟った。
この世界では、
俺が一番危険なのは“普通に生きてる時”だ。
なお。
今日できた新しい噂。
『勇者が寝返りを打つと国境が揺れる』
――俺、もう夢も見られない。




