第19話 勇者は詰んでいることを指摘されるωω
異世界十九日目。
今日も俺は広場に立っていた。
魔王城とは逆方向に。
昨日「詰んでる」と言ったら、坊主が変な顔をした。
変な顔のまま寝て、変な顔のまま起きたらしい。
「……おい変態」
下から声。
坊主のクソガキが、石畳にしゃがみ込んで俺を見上げていた。
「変態言うな」
「じゃあ勇者」
「それも嫌だ」
「じゃあ立ってる人」
「長い」
坊主は舌打ちした。
「昨日の続きな」
「嫌だ」
「続ける」
続けるな。
「勇者が魔王倒さない」
「敵に会うと街が壊れる」
「勇者しか魔王に届かない」
坊主は指を折りながら言う。
「この世界さ」
一拍置いて。
「どう足掻いても詰みじゃね?」
「詰みだ」
「即答すんな!」
「長考すると壊れる」
「その理屈、万能すぎて腹立つ!」
坊主は地面を蹴った。
「普通さ」
顔を上げる。
「魔王がいるなら、倒しに行くだろ」
「行けない」
「行けないのが問題なんだよ!」
正論だけは元気だ。
そこへ、剣の鞘が石畳を叩く音。
「……坊主」
横柄な声。
リーナだ。
「邪魔だ。どけ」
「今いいとこなんだよ」
「勇者の足元で喚くな」
「喚いてねえ」
「喚いてる」
リーナは俺を見た。
「勇者」
「何だ」
「今日も行かないのか」
「行かない」
「即答だな」
「迷ってない」
「それが腹立つ」
理不尽だが、いつも通りだ。
坊主がニヤッとする。
「なあ女騎士」
リーナの眉がピクッと動いた。
「……女騎士って呼ぶな」
「じゃあ何て呼べばいいんだよ」
「名前があるだろ」
「知らねえ」
「覚えろ」
「めんどくせえ」
「私の方がめんどくさいわ!」
リーナが一歩近づく。
坊主は一歩下がる。
「盾で殴るぞ」
「盾は殴る道具じゃねえ!」
「黙れ。殴る」
坊主は口を閉じた。
素直でえらい。
「で?」
坊主が俺を見る。
「じゃあ誰が魔王倒すんだよ」
「俺だ」
「お前が行けねえって話だろ!」
「そうだ」
「だから詰みだって言ってんだ!」
坊主は頭を抱えた。
「なあリーナ」
「呼んだな」
「名前覚えてたんじゃねえか!」
「今覚えた」
「最悪の覚え方だ!」
リーナは腕を組んだ。
「坊主」
「何だよ」
「お前はどうしたい」
「魔王倒したい」
「勇者が動いたら壊れる」
「壊れたくない」
「なら結論は一つだ」
リーナは言い切る。
「壊れない動かし方を探せ」
坊主が固まる。
「……そんなのあるの?」
「ないなら、世界が終わる」
「結論が急に重い!」
坊主は俺を見た。
「勇者」
「何だ」
「お前さ」
妙に真面目な声。
「本当は、怖いんだろ」
「別に」
「嘘つけ」
「嘘ではない」
「じゃあなんで行かねえんだよ」
答えなかった。
答えると、たぶん余計なことが起きる。
リーナが代わりに言った。
「坊主」
「何だ」
「勇者は怠けてるんじゃない」
「知ってる」
「じゃあ何だよ」
「勇者は」
リーナは言葉を探すみたいに一拍置く。
「被害を最小にしている」
坊主が唇を噛んだ。
「最小って」
「立ってるだけで被害出るのに?」
「そうだ」
リーナは吐き捨てた。
「だから腹立つ」
「理不尽だな!」
「理不尽は世界だ!」
坊主は黙った。
黙って、地面に指で線を引き始めた。
「何してる」
「考えてる」
「やめろ」
「やだ」
即答だった。
「勇者」
リーナが言う。
「お前は考えるな」
「分かってる」
「坊主も考えるな」
「無理!」
坊主が叫ぶ。
「考えねえと詰んだままだろ!」
リーナが眉をひそめる。
「……なら」
リーナは腕を組んだまま言った。
「私が考える」
「リーナが考えたら?」
「壊れる」
「お前が壊れるんじゃねえのかよ!」
「壊れるのは世界だ!」
坊主は両手を広げた。
「ほら、やっぱ詰みだ!」
少し間が空いた。
坊主が、急に真顔になった。
「じゃあさ」
「何だ」
「俺が考える」
「やめろ」
「違う」
坊主は俺から三歩下がった。
「勇者から離れて考える」
「距離で変わるのか」
「変わるかもしんねえ」
「希望的観測だ」
「希望がないと死ぬだろ!」
リーナが小さく息を吐いた。
「……坊主」
「何だ」
「余計なことをしていい」
「おっ」
「ただし」
リーナは指を立てる。
「勇者に近づくな」
「分かった」
「勇者に触るな」
「分かった」
「勇者を神にするな」
「分かった」
「絶対守れよ」
「……最後のは無理だわ」
「死ね」
「やめろ!」
その日、
魔王は倒されなかった。
勇者も動かなかった。
だが、
坊主は動いた。
頭を使うという、
一番危険な方向に。
異世界十九日目。
世界はまだ詰んでいる。
でも――
詰みを殴ろうとするクソガキが現れた。




