第10話 俺は何も考えなさすぎて、自分が誰か分からなくなったωω
異世界十日目。
俺は――
何も考えていなかった。
本当に、何も。
朝起きた時、
「起きた」という認識すらなかった。
気づいたら立っていて、
気づいたら歩いていて、
気づいたら飯を食っていた。
「勇者様、本日のメニューです」
差し出された皿を見る。
……見るだけ。
「……?」
「食べてください」
俺は箸を持った。
口に運んだ。
味?
知らない。
「……どうですか?」
俺は答えなかった。
考えていないから。
「……深い……」
「深くねえよ!!」
声が出た。
俺自身が一番驚いた。
「今、俺、喋った?」
リーナが即座に距離を取る。
「……思考レベル、上昇したな」
「喋るのもアウトなの!?」
「喋る=言葉を選ぶ=思考」
「会話できねえじゃん!!」
城内がざわつく。
「勇者様が自己認識を……」
「危険だ……」
「一度、座らせろ!」
俺は椅子に座らされた。
考えない。
無。
……。
……。
正直に言う。
怖くなってきた。
自分が何を考えているか、
分からない。
いや、
考えているかどうかすら分からない。
白髪の少女――厄災担当ヒロインが来た。
真顔。
「異常値」
「どこが」
「あなた、“思考停止”が進みすぎてる」
「進むな」
「このままだと――」
彼女は淡々と言う。
「自分の意思で行動できなくなる」
「……え?」
「考えない=選ばない
選ばない=人形」
俺は笑った。
乾いたやつ。
「もう人形みたいなもんだろ」
ヒロインは否定しなかった。
それが一番キツかった。
街に出た。
命令だ。
「刺激を与えて反応を見る」
「それ、完全に実験だよね?」
返事はなかった。
俺は歩いた。
人々が道を空ける。
祈る。
逃げる。
俺は何も感じない。
……感じない?
「……おい」
声が出た。
「今、俺、
怖いって思った?」
誰も答えない。
鐘が鳴らない。
事故も起きない。
完全な平和。
それが――
気持ち悪かった。
「なあ……」
俺は足を止めた。
「俺がここにいなくても、
世界、変わらないんじゃないか?」
――考えた。
一瞬。
でも。
何も起きなかった。
全員が固まる。
「……?」
ヒロインが目を細める。
「今、考えた?」
「……分からない」
「……分からない?」
「考えようとしたのか、
ただ言葉が出ただけなのか、
分からない」
沈黙。
初めて、
彼女が戸惑った顔をした。
「……それは」
リーナが呟く。
「もう“思考”じゃないな」
「じゃあ何だよ」
「本音だ」
何も起きなかった理由が、
分かった気がした。
俺は、自分をどうしたいか、
もう選んでいなかった。
ただ――
疲れていた。
夜。
部屋。
俺はベッドに座っていた。
考えない。
……。
でも。
「……このままじゃ、
俺、生きてるって言えなくないか?」
言った。
はっきり。
選んで。
――その瞬間。
小さく、揺れた。
ランプが揺れる程度。
「……来たな」
ヒロインが言う。
「思考、再起動」
「……被害、小?」
「感情を伴った思考は、
まだ“軽い”」
俺は息を吐いた。
久しぶりに。
「よかった……
俺、まだ人間だ」
リーナが苦笑した。
「世界にとっては
あまり良くないがな」
「だろうな」
異世界十日目。
俺は知った。
考えないことで世界は守れる。
でも、
考えないと自分が壊れる。
どっちを取るか?
……それを考え始めた時点で、
たぶん、また何か壊れる。
明日は――
どうなるんだろうな。




