逆転の一手と裏切り者の告白
王都の最も格式ある金融組合の応接室は、凍えるような空気で満たされていた。ルーカス様は、王都の金融界を牛耳る重鎮たちに囲まれ、鋭い非難の視線に晒されていた。
「公爵閣下。我々は、公爵家が意図的に市場を混乱させたのではないかと疑っております。あの売却指示書は、公爵様ご自身の私印が押された、紛れもない正式な文書でございます」
「それに、ユーカ元夫人の横領事件に続き、このような大規模な市場操作を行えば、グロース公爵家の信用は地に落ちますぞ。我々は、公爵家に投じていた全ての資産を引き揚げる準備がございます」
重鎮たちの言葉は、一つ一つが鉛のように重く、私の愛する殿方、この公爵の威厳を削り取ろうとしていた。彼らは、ルーカス様が、彼の継母の仕掛けた最後の悪意によって、絶体絶命の窮地に立たされていることを知っていながら、容赦ない追及を続けていたのだ。
ルーカス様は、冷静に、しかし厳しい表情で、彼らの追及に耐えていらっしゃった。このままでは、彼の信用が回復することはない。公爵家の財政危機は、金融界全体を巻き込む大混乱へと発展してしまう。
その時である。
扉が激しくノックされ、彼の小姓が、顔面蒼白で室内へと飛び込んできた。
「公爵様!アエナ様より、緊急の書簡でございます!『緊急の贈り物です』と」
小姓から差し出された、私、公爵夫人からの書簡を受け取ったルーカス様は、わずかに目を見張られた。彼は、その場で封を開け、一気に読み上げられた。
書簡の内容を読み終えた瞬間、私の夫君、公爵閣下の顔に浮かんでいた疲労と緊張が、一瞬にして、自信に満ちた、獰猛な笑みに変わった。
「諸君。静粛にしたまえ」
ルーカス様の声は、それまでの非難の応酬を打ち消す、力強い響きを持っていた。
「私の妻、アエナからの贈り物は、君たちの疑問に対する、最も明確な回答となるだろう」
彼は、椅子から立ち上がり、自信に満ちた態度で、重鎮たちを見下ろした。
「ホライズン株の暴落による公爵家の資産減少は、確かに事実だ。しかし、公爵家は、その損失を遥かに上回る、新たな資産を有している」
重鎮たちは、訝しげな顔でルーカス様を見つめている。
「君たちも知っている、王都郊外にある公爵家所有の広大な土地だ。あの土地は、近隣の商業開発計画により、現在、未曾有の価値上昇を遂げている」
「その土地の現在の担保価値は、ホライズン株の暴落による損失額の、実に三倍に達する。公爵家は、その土地を担保として、新たに王都の発展に貢献する共同事業を立ち上げることを、この場で提案する」
ルーカス様は、私の提案に基づき、その土地を**「王都の新たな物流と商業の中心地」**とする壮大な共同事業の計画を、淀みなく語り始められた。
「公爵家は、この土地を提供し、諸君の金融組合と王都の富豪たちから、開発資金を募る。これにより、公爵家は失った資産を瞬時に回復するだけでなく、共同事業による長期的な利益を、諸君と共に享受することになる」
彼の、その大胆な、そして計算し尽くされた提案に、応接室の重鎮たちは沈黙した。彼らの顔は、先ほどの非難の色から一転、貪欲な投資家の眼差しへと変わっていった。
「公爵様。その計画は、誠に大胆…しかし、極めて魅力的でございます」
「その土地の価値は、我々も認識している。もし、公爵家がそれを担保とし、共同事業を約束されるのであれば、公爵家の財務の健全性は、疑う余地がございません」
批判の急先鋒であった金融組合の会長が、すぐに態度を翻した。
「公爵閣下。我々はその事業に、全面的に投資させていただきます。公爵家への不信は、我々の誤解でございました」
ルーカス様は、勝利を確信した笑みを浮かべ、静かに言われた。
「では、早速、共同事業の契約締結に向けて動くとしよう。今回のホライズン株の暴落は、公爵家にとって危機ではなく、諸君との新たな繁栄の機会となった」
私の愛しいダーリンは、私のたった一枚の書簡を、見事に、絶体絶命の状況を覆す逆転の一手へと変えてくださったのだ。
その夜、公爵邸に戻られたルーカス様は、書斎で私を待っていらっしゃった。
「アエナ。君は、またもや私を救ってくれた」
彼は、私を抱きしめ、深く、情熱的な口付けを落とす。
「君の送ってくれた提案書は、まさに天啓だった。君のその知性と、危機的状況下での冷静な判断力には、私の想像を遥かに超えるものがある」
「ルーカス様、あなた様の信用を守りたかっただけです」
「私の賢明な妻よ。君がいてくれて、私は本当に幸せだ」
私たちは、危機を乗り越えた安堵と、互いへの深い愛を分かち合った。
そして、ルーカス様は、この危機を仕掛けた最後の共犯者について、静かに切り出された。
「アエナ。君の提案に基づき、緊急で公爵家の財務書類を再調査した結果、ホライズンへの売却指示書を外部に送付した人物が特定できた」
「誰でしたか。ユーカ様の侍女マルタの親族でしょうか」
「いや、もっと身近な人間だ。君が財務書類をチェックしていた際、いつも君の隣にいた、あの会計担当者だ」
彼の言葉に、私は驚愕した。
「会計担当者のエミリオが!まさか」
エミリオは、長年公爵家に仕えてきた、温厚で、一見すると地味な男だった。私が公爵夫人に就任してからも、常に私に丁寧な態度で接し、忠実に職務をこなしているように見えた。
「エミリオは、以前、ユーカが公爵邸の財産を横領しようとした際、ユーカに協力していた元会計責任者の隠し子だった」
ルーカス様は、憎しみを込めた声で言われた。
「彼は、父の失脚を恨み、ユーカと結託し、公爵家への復讐を狙っていたのだ。ユーカが孤塔に連行された後、彼が最後の指令を受け取り、偽造された印章と書簡を使って、公爵家を財政破綻に追い込もうとした」
「卑劣な。彼もまた、ユーカ様の毒に侵されていたのですね」
「ああ。エミリオは既に衛兵に拘束された。これで、ユーカが公爵家に仕掛けた、すべての悪意の根源と、その共犯者たちは、完全に排除されたことになる」
公爵家は、ユーカ様と、その悪意に染まった共犯者たちの手から、完全に解放されたのだ。
「これからは、本当に君と私の二人だけの、愛と信頼に満ちた公爵家を築いていこう、アエナ」
彼は、私の手を持ち上げ、指先に口付けをした。
「君は、私の最高のパートナーであり、私の永遠の花嫁だ」
私たちは、夜の帳が下りた書斎で、新たな幸福の時代を誓い合った。私の華麗なるスルー術は、愛する夫の知恵と権力と結びつき、全ての毒を打ち破る、最強の盾となったのだ。この満たされた愛と平和こそが、私の求めていた、真のハッピーエンドである。




