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寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~  作者: 夏野みず


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8/11

孤塔からの呪詛と公爵家の財務危機

 ユーカ様が天空の孤塔へと収監され、公爵邸に平穏が戻ってから、三ヶ月が経過した。私たちは、北棟の改装に勤しみ、来たる完成の日を楽しみにしていた。私とルーカス様の生活は、公務と愛に満ちた、穏やかで幸福なものとなっていた。


「アエナ、君が選んだこの深い青の壁紙は、書斎に知的な深みを与えてくれる。さすが私の妻だ」


 愛しいあなた、私の公爵様は、改装中の北棟でそう言って、私を褒めてくださる。彼の言葉一つ一つが、私にとって何よりも甘い報酬である。


 すべてが順調に進んでいるように見えた、ある晴れた午後。私は公爵邸の財産管理室で、リリアや会計担当者と共に来月の予算案を確認していた。


「アエナ様、どうも今月の支出に、非常に不自然な点がございます」


 会計担当者が、顔色を悪くしながら、私に一枚の書類を差し出した。


「不自然、とは」


「はい。公爵家が長年にわたり投資していた、王都の最大手金融組合『ホライズン』の株式の価値が、この一週間で暴落しております。それに伴い、公爵家の資産の三分の一が、瞬間的に消滅いたしました」


「なんですって!」


 私の胸に、冷たい鉛を流し込まれたような衝撃が走った。公爵家の資産の三分の一が消滅とは、財政的に見ても、極めて深刻な危機である。


「この暴落の理由は何ですか。何か市場に大きな変動があったのですか」


「それが、奇妙なことに、ホライズンの株式のみが暴落しているのです。市場全体は安定している。しかも、この暴落は、公爵家がホライズンの株式を売却しようとしたことが引き金になっているようです」


「売却?誰が、そのような指示を」


 私、公爵夫人は、ホライズンの株式を売却するような指示を一切出していない。ルーカス様も、公務で多忙な折、私に一任されている公爵家の財政に、手を出すはずがない。


「それが、先週の火曜日の早朝、公爵家名義で、ホライズンに対して売却指示の緊急書簡が送られておりました。書簡には、公爵家の正式な署名と、私的な印章が押されておりました」


 私的な印章。それは、ルーカス様だけが所有する、公爵家最重要の書類にのみ使用される、秘密の印である。


 私は、すぐに書簡を確認した。確かに、そこにはルーカス様の筆跡を模した署名と、本物と寸分違わぬ私的な印章が押されている。


「これは、偽造です。ルーカス様が、このような重要な指示を、私に一言の相談もなく行うはずがありません」


 しかし、私の主張は、外部の金融組合には通用しない。彼らにとっては、公爵家の正式な書簡であり、売却手続きは、既に完了している。


「ユーカ様が仕込んだ罠だ」


 私は、直感的にそう確信した。あの毒婦は、永久追放される直前か、あるいは、その準備中に、公爵家に致命的な打撃を与えるための、時限爆弾を仕掛けていたのだ。


 私は、この重大な危機を隠すことなく、直ちにルーカス様へ報告した。


 執務室に戻られた彼、私の愛する旦那様は、私の報告を聞くと、その優しげな顔を一瞬にして怒りに染められた。


「ユーカめ。自らが囚われの身となっても、なお、私たちを苦しめようとするとは」


 彼は、私的な印章の押された書簡を手に取り、その精巧な偽造技術に驚愕されていた。


「この印章は、私が最も厳重に保管していたものだ。ユーカが、どのようにしてこれを入手したのか」


 私は、落ち着いて推理を巡らせた。


「ルーカス様。恐らく、印章そのものを盗んだのではありません。ユーカ様が、謹慎中に北棟で、あの忠実な侍女マルタを使って、精巧な複製を作成させていたのではないでしょうか。彼女は、王都の裏社会に、そうした技術を持つ人間を抱えていた可能性があります」


 私の冷静な分析に、彼は頷かれた。


「君の言うとおりだろう。そして、この書簡を、彼女の共犯者が、彼女の収監直後にタイミングを見計らって送りつけたのだ」


「ホライズン株式の売却は、公爵家の信用を地に落とす、最も効果的な方法です。市場に不安を与え、他の投資家たちが連鎖的に売却に走る。そして、公爵家の資金源を絶つ」


 これは、ただの嫌がらせではない。公爵家を財政破綻させ、ルーカス様の地位と、私たちが築こうとしている幸福な未来を、根底から覆すための、悪魔的な計画である。


「ルーカス様、このままでは、公爵家の信頼と、今後の事業に大きな影響が出ます。早急に、この暴落を食い止め、失われた資産を回復しなければなりません」


「分かっている、アエナ。公爵である私が、この危機を乗り越えよう」


 彼、この家の主は、すぐに王都の金融界の重鎮たちとの緊急会合を設定された。


(その日の夜)


 ルーカス様が金融の重鎮たちとの会合に出かけられた後、私は一人、公爵邸の図書室で、金融と経済に関する古文書を読み漁っていた。私にできることは、ルーカス様の負担を少しでも減らすことである。


 そこに、ルーカス様の小姓が慌てた様子で駆け込んできた。


「アエナ様、大変でございます。先ほどの会合で、公爵様が金融界の重鎮たちから**『公爵家は、ユーカ元夫人の財産横領に加え、市場を意図的に混乱させた』**として、激しく非難されていると」


「なんですって」


「重鎮たちは、公爵様の偽造書簡を信じず、公爵様ご自身が、意図的に株を売り抜けて、利益を得ようとした、あるいは公爵家の財政がすでに破綻しているのではないかと、疑い始めているそうです」


 ユーカ様の呪詛は、天空の孤塔に収監されてもなお、私たちに届いていた。彼女は、ルーカス様の信用を失墜させることで、彼を社会的に孤立させようとしているのだ。


 私は、深い絶望に襲われた。私の愛する夫が、その高潔な精神を疑われ、非難されるなど、耐えられない。


(私は、どうすればいい。この状況を、ルーカス様への負担をかけずに、どうにか打破しなければ)


 私は、立ち上がり、図書室の窓の外の月を見上げた。満月は、冷たく、私の不安を煽るようだった。


 その時、私の頭の中に、ある閃きが走った。


「リリア。すぐに、あの時、ユーカ様が横領しようとしていた、王都郊外の広大な土地に関する書類を持ってきて」


 リリアは、私の指示に驚きながらも、すぐに書類を持ってきてくれた。


 私は、その土地の登記簿と、近隣の不動産市場の動向をすぐに確認した。


(そうだ。この土地の価値は、現在、王都の近郊開発計画によって、数ヶ月前に比べて大幅に上昇している。ユーカ様がこれを横領しようとしたのも、この価値の上昇を見越してのことだったに違いない)


 私は、ペンを手に取り、一枚の緊急提案書を書き始めた。


「リリア、この提案書を、公爵様が会合をされている場所へ、至急届けて。そして、ルーカス様へ『アエナからの緊急の贈り物です』と、必ず直接お渡しするように伝えて」


 私の提案は、一つ。


『ホライズン株の暴落による損失を、公爵家が所有する郊外の土地を担保とし、さらにその土地に王都の富豪たちを巻き込んだ共同事業の計画を発表することで、公爵家の財務の健全性と、信用力を一瞬で回復させる』


 これは、極めて大胆な計画である。しかし、この危機的状況を打破するためには、ユーカ様の悪意を上回る、華麗なる反撃が必要だった。


 私の愛する公爵様、ルーカス様。あなたなら、私のこの提案を、必ずや受け入れ、そして成功させてくれるはずだ。私は、この公爵家を守るため、そしてあなた様の信用を回復させるため、再びその賢明なスルー術と、冷静な知性で、この毒に立ち向かう。

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