毒婦の資産隠しと公爵様の怒り
ルーカス様は、私が報告したユーカ様の資産横領の件について、翌朝すぐに調査を開始された。彼は私に、公爵邸の財産管理に関する全ての帳簿と、過去数年間の収支報告書を執務室に集めるよう指示された。
「アエナ、君は公爵夫人として、この調査に全面的に協力してほしい。君の鋭い視点が必要だ」
私の愛する夫はそう言って、私に重要な役割を与えてくださった。彼が私をただの装飾品としてではなく、公爵家の経営に欠かせないパートナーとして見てくださっていることが、何よりも嬉しかった。
私はリリアと共に、膨大な量の帳簿を執務室に運び込んだ。数年分の書類を前に、私は公爵夫人になってからの知識と、子爵家時代に身につけた几帳面さをフル活用し、ルーカス様と共に細部まで確認していった。
「ルーカス様、この『庭園の改修費用』という名目で計上されている金額ですが、去年の報告と比べて、今年の支出が不自然に多くなっております」
私が指摘したのは、庭園の改修費だ。この一年で、公爵邸の庭園には大きな改修は行われていない。にもかかわらず、計上されている金額は、新しい噴水を設置できるほどの額になっていた。
「『庭園の改修』か。ユーカ様が、庭園の管理を全て任せていた時期だね」
ルーカス様は、顔を曇らせながら、その項目に赤線を入れる。
「そして、こちらをご覧ください、あなた様。『公爵家の秘蔵の古美術品の修繕費』として計上されているこの支出。この金額で修繕されたとされる美術品は、現在、公爵邸のどこにも見当たりません」
私は、美術品の管理台帳と照らし合わせ、不自然な消失と高額な修繕費の計上を指摘した。
ルーカス様の表情は、みるみるうちに硬直していった。彼は、怒りよりも失望の色が濃い顔をしていた。
「ユーカ様は、謹慎中の今も、君の侍女を陥れようと画策したばかりか、公爵家の財産まで私的に流用していたということか」
彼は、椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。その背中は、公爵としての責任感と、家族への裏切りに対する深い苦悩を物語っていた。
「私の継母は、一体どこまで私を裏切れば気が済むのだろうか」
彼の苦しむ姿を見るのは、私の心も引き裂かれるように痛む。彼の心をこれ以上、ユーカ様の毒で蝕ませたくない。
「ルーカス様。あなた様は、何もご心配なさる必要はございません。ユーカ様の悪意は、あなた様の公爵家を揺るがすものではございません」
私は、彼の背中にそっと寄り添い、優しく抱きしめた。
「あなた様は、この国の英雄であり、公爵家を支える唯一無二のお方です。このような小さな横領事件で、ご自身を責めないでください」
私の言葉に、彼は振り返り、私を強く抱きしめ返してくれた。
「アエナ、君がいてくれてよかった。君の優しさと知性が、私を支えてくれる」
彼は、私の額に深い口付けを落とし、決意を込めた目をした。
「分かった。この件は、私自身が責任を持って裁く。公爵家の財産を私的に流用したことは、許されない犯罪だ」
数日後、ルーカス様は、弁護士と財産管理の専門家を北棟の別邸へと派遣し、ユーカ様が管理していた全ての私的な資産と書類を調査させた。
その夜、ルーカス様は、私に調査結果を報告してくださった。
「アエナ、君の推測は正しかった。ユーカ様は、この数年間で、公爵家の財産を相当な額、私的に流用していた」
ルーカス様は、一枚の書類を私に見せた。それは、ユーカ様が、公爵家の名義で複数の高級な美術品を購入し、それをすぐに自分の知人に格安で転売していたことを示す証拠だった。その知人こそ、社交界で私に嫌がらせをしたセリーナ侯爵夫人である。
「やはり、セリーナ様も関わっていたのですね」
「そうだ。セリーナ侯爵夫人は、ユーカ様から不正に安く買い取った品々を、さらに高値で第三者に売りさばいていた。彼女もまた、この公爵家を欺いた共犯者だ」
ルーカス様の声は、冷徹で、もはや義母に対する情は一切感じられなかった。
「だが、最も深刻なのは、公爵家が所有する王都郊外の広大な土地を、ユーカ様が密かに自分の名義に変更しようと画策していた証拠が見つかったことだ」
「なんですって」
その土地は、公爵家にとって非常に重要な場所だ。ルーカス様が、その土地を将来的に慈善事業のために使うことを計画されていたことを、私は知っていた。
「幸い、まだ名義変更は完了していなかった。だが、彼女は、公爵家を継ぐ私を差し置いて、公爵家の基盤となる財産を盗み取ろうとした」
これは、もはや単なる横領ではない。公爵家の権威と、ルーカス様への反逆行為である。
「ルーカス様。私は、あの人がそこまで恐ろしいことを考えていたとは」
私の顔は、恐怖で引き攣った。彼女は、私を陥れるだけでなく、ルーカス様の全てを奪おうとしていたのだ。
「アエナ、君に辛い思いをさせてすまない。だが、君のおかげで、公爵家は危機を免れた」
ルーカス様は、私を抱きしめ、深く感謝してくださった。
「この件は、もう公爵家の内部で処理できるレベルを超えている。彼女の行為は、王国の法に基づき、裁かれるべき犯罪だ」
彼は、そう言って、すぐに王都の最高裁への訴訟準備に取り掛かった。
(一週間後)
ユーカ様に対する公爵家からの訴訟は、王都の貴族社会に激震をもたらした。公爵家の継母が、公爵家から財産を横領しようとしたという事実は、瞬く間に社交界に広まった。
ユーカ様を擁護していた貴婦人たちは、手のひらを返したように彼女から離れていった。特に、共犯者であったセリーナ侯爵夫人は、公爵家からの厳しい追及を受け、不正に得た利益を全て返上させられ、社交界からも追放されることになった。
ユーカ様は、別邸で自分の運命を待つ間も、私への呪詛の言葉を吐き続けていたという。
「あの子爵の娘が、私を陥れた。ルーカスは、あの女に騙されている」
しかし、彼女の叫びは、もう誰にも届かなかった。ルーカス様の公正な裁定と、動かぬ証拠の前に、彼女の悪意は完全に打ち砕かれたのだ。
そして、ついに裁判の日がやってきた。
ルーカス様は、裁判所へ向かう前に、私に言った。
「アエナ、私は君と、そしてこの公爵家の未来のために、公正な裁きを下してもらう。もう二度と、君に悲しい思いはさせない」
「はい、ルーカス様。私も、心からあなた様の決断を支持いたします」
私は、彼が法廷で正義を貫くことを信じていた。彼の強さと、私への愛が、彼を導くことを知っていたから。
その夜、ルーカス様は疲れた表情で帰宅されたが、その目は晴れやかだった。
「アエナ、裁判は終わったよ」
「ルーカス様、結果は」
私は、緊張しながら尋ねた。
「ユーカ様は、公爵家の財産横領と、公爵家への背信行為により、有罪判決を受けた。彼女は、公爵夫人の称号を剥奪され、王都から遠く離れた修道院での永久追放処分が決定した」
永久追放。それは、彼女にとって、社交界での地位と、公爵家の栄光を全て失うことを意味する。
「ああ、良かった」
私は、思わずルーカス様の胸に飛び込み、安堵の涙を流した。
「もう、大丈夫だよ、アエナ。これで、本当に全てが終わった」
彼は、私の髪を優しく撫でながら、そう言ってくれた。
私の愛する公爵様は、私との穏やかな日々を守るために、自らの血族であっても、悪意ある者を断ち切るという、厳しい決断を下してくださったのだ。
この瞬間、私は、彼への愛が、より一層深くなったことを感じた。私の華麗なるスルー術は、彼の愛という名の大きな船に乗り、嵐を乗り越えることができたのだ。
私たちは、公爵邸に平和が戻ったことを祝い、その夜は、お互いの愛だけを確かめ合った。私たちが築く新しい公爵家には、もう毒は存在しない。未来は、私たち二人の愛によって、明るく照らされている。




