第9話 手合わせ―①
「なんだってこんなことするんだ……?」
「いいでしょ、別に。理由なんてなくても」
「エリィお前そんな戦闘狂じゃなかっただろうが……まぁやるけどさ」
エリィとカルラは、向き合っていた。組合所裏手の、戦闘用広間での話だった。なぜここに立ち会っているのかといえば、十分程前に遡る。
「ルル、今トレルって空いてる?」
「第2ブースがちょうど空いてますねぇ、予約もないですよ」
「じゃあそこ取っておいて、10分後くらいに」
なんてルルとのやり取りがあった後いくらかの準備をして、二人はこうして向き合っているというわけであった。だが、未だにカルラはこんな所に呼ばれた理由を聞かされていない。赤の瞳は困惑に伏せられていた。まあ相棒が変なことを言い始めたら多分エリィもこんな顔をしているだろうので、お返しではあるが。
「……確認したいし、してもらいたいのよ」
「確認……?何をだよ」
「端的に言えば、私の力。もっと言うなら、私たちの、今の実力よ」
エリィが口数少なく告げると、だがしかしカルラには伝わったようだ。ハイドロキサに来るまでの道中、竜の襲撃の大抵はカルラが一刀のもとに切り伏せていた。なので、カルラはエリィの実力を今の所見ていないはずだ。そして、エリィの実力を見ていないことがカルラも思い当たったようだ。何度かふんふんと頷いて、それから笑みを浮かべる。
「いいぜ、やろうか。ルールはどうする?」
「二本先取、防御魔術破ったら勝利って感じでどう?普通の手合わせよ」
「…………それならこっちからは異論ないな。ところで、勝ったらなんかあるのか」
確かに、報酬もないのに戦ってハイオシマイなんてやる気が湧かないだろう。こちらとしては真面目に取り組んで欲しいので、何かモノで釣る方がいいか。
「そうね、刻印魔術を勝った方がひとつ奢りっていうのはどうかしら?」
「いいねぇ、やる気がでる」
刻印魔術は、意外と面倒だしほんの少し値が張るのだ。絶妙に自腹でやりたくない、というラインのそれだ。だから、刻印魔術の奢りは喜ばれることが多い。エリィも最近ちょうど足防具を買い換えたところなので、刻印してもらいたいのだ。
「OK、それでやろう。ただ、エリィに言っておくぜ」
「あら、何かしら?」
「俺は【加速】を二倍速までしか使わない」
それはまた……随分と舐められた話だ。たしかに、カルラは強い。それは認めよう。だが、エリィだって、B級冒険者であるのだ。それなり以上に修羅場を潜ってきた、戦士であるのだ。舐められっぱなしで、いられるわけがない。プライドが、無いわけがない。自信満々なその龍骨の下で、吠え面をかかせてやろうではないか。
「……その余裕ヅラを、喰い散らかしてあげるわよ」
「フッ、たんと味わわせてもらうおうか」
防御魔術はエリィが冒険者になった時一番最初に覚えた魔術であり、故に最も発動してきた魔術だ。十分あれば二人分の詠唱は終わる。なんなら、今回は手合わせということで簡易的な防御魔術である。略式詠唱で間に合うだろう。
「【守りよ】、そいで私にも、【守りよ】」
「サンキュー」
「ちゃんと魔術覚えておきなさいよ、絶対いつか役に立つから」
「オカンかよ……わーった、そういう御託は後でな」
やはり彼も戦士、大なり小なり戦闘というのはワクワクするのだろう。こちらからふっかけた手合せであるが、その紅の目は生き生きとしている。カルラは腰からバスタードソードを抜き放ち、笑みを浮かべる。いつでも来いよ、と言わんばかりだ。
エリィもレイピアを構える。見据えた黄金の瞳の先は、龍骨を被る戦士が一人。表情筋を締めて、息を吸った。
「じゃあ、行くわよ………第1試合開始ッ!!」
先に飛び出したのは、エリィだ。地面を蹴って、勢いよくカルラに向かう。
勝ちたい以上、カルラがこちらの戦い方をよく知らないということは大きなアドバンテージだ。故に、それを押し付ける。いわゆる、知らない殺しというそれである。「【加速:──」こちらの魔法は主は肉体の強化ではないが、それな────ちょっと待て。
「──二倍速】」
やられた。忘れていた。いや、それをしないと思い込んでいた。だが、やるならやるだろう。カルラの魔法は、文字通り後の先を取ることができるのだから。この場合の後の先は、カウンターという意味では無い。後から動いても先に行動できるという、究極の後出しジャンケンなのだ。反応しようと思っても、遅い。
カルラが魔力の輝きを帯びていき、溜めの姿勢を作った。
(どこからくる────ッ!!)
エリィは勘で、しかし確信を持って左にレイピアの細い刀身を構える。そこに、カルラが突っ込んできていた。振り下ろされたバスタードソードを滑らせるように受け流しつつ、鍔迫り合いのそれに巻き込んでいく。カルラの龍骨がこっちの顔に当たりそうなほど近く、近くで刃を押し付け合う。
「不意打ちの反応は上々!いいな、エリィッ!!」
「そっちがその気なら……こっちも!【纏雷】!!」
カルラは鍔迫り合いを嫌って一度後退する。その隙を狙ってエリィは魔法を発動した。魔力が変換されて、レイピアの刀身が白みを帯び始めた。パチパチと音や光が弾けて、白く見えているのだ。エリィのポニーテールの髪がふわりと広がる。その様子は、まるで風を受けてはためく旗のようであった。あるいは、風に揺れる木の葉の如く。
「……電撃、か?」
「そうよ。私の魔法は、電撃の付与……覚悟なさい、ちょっとビリッとするわよ」
そう言って、カルラがこちらの魔法に見とれている間に、踏み込み始める。カルラは笑みを深め……その目を驚きに見開いた。エリィの速度が上がっているからだ。電撃の付与は攻撃の属性の追加だけではない。筋肉を電気で刺激して、強化できるのだ。電撃の痛みは、もう慣れている。
カルラはこちらの出方を伺っている、今がチャンスだ。
「シッッ!!!」
一気に距離を詰め、レイピアの射程圏内へとカルラを収める。彼我の距離は五メートルもない、雷纏状態のエリィにとっては目と鼻の先に近かった。そのまま驚いたままのカルラの身体に向かってレイピアを一閃。大振りであるが雷撃を纏った、確かに防御魔術を破る一撃だった。だが。
「速くなったとはいえ、足りねぇなァ!!」
カルラにとっては達人の一閃も素人の児戯でも等しく遅い。不敵な笑みをかまし、余裕で前に踏み込んで近づきながら回避し──────。
「そう来ると思ったわよ、自信家だからね」
剣を捨てた故に空いたエリィの拳が、カルラの胸に直撃した。バヂヂ!!という電撃と、ゴッ!!という殴打の衝撃。いとも容易く防御魔術を喰い破って、カルラは軽く吹っ飛んだ。
「────必殺、レイピアパンチ」
「それ、レイピア関係ねぇだろ……」
負け惜しみの言葉がカルラから漏れる。エリィが、凡人が、『喰龍』から一本取ったのだった。




